第12話 聖女の力

「本気で言っているのか?」

「はい」


 アンディ様が驚きで目を見開いて言った。


「でもお嬢様、伝染ったらどうするんですか?」


 抱きしめていたアネッタが顔を上げて訴えた。


「そうですね、私が倒れては意味がないですからね。無策では行きませんよ」


 アッシュグレーの瞳を揺らし、私を見ていたアンディ様に向き直ると言った。


「その病について、詳しく教えていただけますか?」




 私はお茶を淹れ直し、アンディ様とアネッタに出した。

 私も席につき、アンディ様の説明を聞く。


「その病は、毎年この時期になると流行りだす」

「時期がわかっているのに、防げないんですか?」

「ああ……」


 アンディ様の辛そうな表情に失言だったと反省する。


「すみません……よく知りもしないで」

「いや……俺たちも魔物討伐に追われ、役に立てていないからな」


 アンディ様は苦しむ国民に心を痛めてきたのだろう。


(しかも、その元凶が婚約者ですもの)


 魔物は冬を迎える前に活発化するようだ。


「アンディ様にはアンディ様のお仕事があります。魔物討伐は私たち国民を守ってくれているのですから」


 彼を真っ直ぐに見て言えば、またアッシュグレーの瞳が揺れていた。


「それで、その病はどのような症状なのですか?」

「あ、ああ。皆、かなりの高熱を出す。高齢者はそれで命を落とす者も多い」


 私の質問に表情を戻したアンディ様は淡々と説明をしていく。私は頷きながらメモを取る。


「あとは……喉の痛み、関節の痛み、頭痛を訴える者もいる」

(待ってください?)


 思い当たる症状に、メモを取る手が止まる。

 教会の式典で多くの人が集まり、蔓延する――――。


(それって、インフルエンザでは?)


 この国のことはわからないし、私は医者でもない。でも聞く症状から、似たような病気だとはわかる。


「あの、薬とかは……」


 一応、聞いてみる。


「薬は無い。中央の診療所では、聖女が順番に治癒魔法を施していき、二日ほどで快癒すると聞いた」

「二日!?」


 アンディ様の説明に驚いた。これが本当にインフルエンザなら、熱が引いても体内にウイルスが残るはずだ。


(それとも、聖女の力はそれすら治してしまうのでしょうか?)


 まだわからないことは多いけど、とりあえず対策はできる。あとは……。


「私、どうやって治癒魔法を使っていたんでしょう?」


 リリーが大聖女と言われるほどの力の持ち主なら、私にも使えるはずだ。


「……どうするんだ?」

「もちろん、アネッタのお母様や、治療院の人たちに使うんです!」

「……治癒魔法は、患者に触れるんだぞ?」

「そうなのですね! それなら時間がかかるのも納得です」


 何を言いたいのかわからないけど、アンディ様が見定めるように言った。


「待て、君一人で全員診るつもりか!?」

「必要ならそうするしかありませんが……他の聖女さんたちはどうしているのでしょう?」


 驚くアンディ様に、私は人差し指を頭につけた。


「聖女は教会のトップしか動かせない」

(独占事業みたいなものですね)

「聖女は貴族たちが入る治療院でしか働いていない。外れの治療院に聖女が来るとしたら、その者も罹患しているときだ」

「……! 貴族を治療しているせいで感染ったんですよね!? 自身は無理でも、他の聖女に治せるはずでは!?」


 人のために働いた聖女が、どうしてそんな仕打ちを受けるのか。私は憤った。


「……聖女は勝手に力を使うことも許されていない。そして、聖女をそんな使い捨てのようにしているのは君だ」


 アンディ様の言葉に息を呑んだ。

 私は屋敷の外で、聞いていた以上の非道な行いをしていたのだ。


「……幸い、聖女は君と同じ年代の女性が多い。体力のある彼女らは回復し、聖女業を続けている。……ただ、戻ってもまた同じ目に合うだけだがな」

「では……私はその方たちにも償いをしないといけませんね」


 落ち込むのも、嘆くのも、全部後だ。


「アンディ様、私に治癒魔法を教えていただけないでしょうか? 私なら、好きに動けるはずです」


 彼はしっかりと見据えた私の目を捕らえ、しばらく考え込んだ。


「……わかった。俺も聖魔法を使う騎士だ。治癒魔法は使えないが、魔力の使い方を教えることはできる」

「! ありがとうございます!」


 こうして私はすぐにアンディ様と客間へ移動した。

 アネッタには治療院訪問に必要な物を手配してもらうため、おつかいを頼んだ。



「時間がない。さっそく始めよう」


 アンディ様はまた明日、魔物討伐に出る。

 お忙しいのに私に付き合ってくれるのだ。


「まず、君の中に聖魔法が流れている。それを感じ取って欲しい」

「聖魔法が?」


 私はうう~んと身体に力を入れてみるが、わからない。

 そもそも、魔法なんて前世には当たり前になくて、そちらの感覚の方が強いのだ。


「……仕方ないな。ほら」


 見かねたアンディ様が手を差し出す。


「?」


 おず、と出した私の手を彼が引っ張った。


「聖魔法同士は魔力を受け渡しできるんだ。どうだ?」


 強引に手を引かれ、アンディ様との距離が近い。


「集中しろ」

「は、はいっ!」


 ドキドキする心臓を落ち着かせ、私は目を閉じて集中する。

 握られた手からじわりと温かい物を感じ、そこに集中して目を向けると、白銀に輝いて見えた。


「見えたか。それが聖魔力だ。治癒魔法は相手を選ばず、その力を流すことができるらしい」


 アンディ様の説明に、彼がやっている逆をやればいいとわかった・・・・

 自身の魔力をアンディ様に流し、唱える。


回復ヒール


 呪文を唱えると同時に、白銀の光が散らばるようにアンデイ様の身体の周りを包んだ。

 すうっとその光が消えると、アンデイ様が恐る恐る聞いた。


「――思い出したのか?」

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