第11話 悪女は打ち解ける

 アンディ様がお屋敷の使用人を派遣してくれたおかげで、私は怪我を治すことに専念できた。


「坊ちゃんは、旦那様に似て仕事人間ですからね! ちゃんと寂しいと伝えないとダメですよ、リリー様!」

「はい?」


 我が家のダイニング、私は働くみんなと昼食をとっていた。

 回復した私は、またみんなに混じってお仕着せに着替え、仕事を始めた。


「そうそう、夫婦円満の秘訣は、素直に気持ちを伝えることですよ!」

「ふっ!?」


 すっかり仲良くなった我が家のメイドたちとアンディ様のメイドたち。

 それぞれが私に夫婦のあり方を説いている。


「でも、堅物なところも旦那様にそっくりですからね! 浮気の心配はないですよ、リリー様!」

「グランジュのご当主はあちこちに愛人を囲っておいでですから……良かったですね! お嬢様!」

「はは……」


 メイドたちが嬉しそうに盛り上がる。

 私の行動に懐疑的だった彼女たちも、次第に心を許してくれるようになった。

 ダンさん、アネッタと囲む食卓に一人、また一人と増えていき、今ではみんなと食事をするようになった。

 ダンさんが美味しい食事をみんな同じメニューで作り続けてくれているおかげでもある。


「お茶、淹れましょうか」


 食後にみんなへお茶をふるまうのも、日課になっていた。逃げるように準備に向かう。


「しかし、お嬢様が嫁ぐとなると寂しくなりますね」

「あら、二人の新居でダンさんも雇ってもらえばいいのよ! ねえ、リリー様?」

「はは……そうですね」


 私は苦笑しながらも返事をした。


(結婚もなにも、私は牢屋行きでアンディ様にも婚約破棄されるのですが……)


 盛り上がるみんなに水を差したくなくて、私は笑顔を作ってお茶を淹れる。


「それにしても、今回の遠征は長いですわね」


 メイドの一人が溜息混じりに言った。

 アンディ様は魔物討伐のため、王都を離れられていた。


(もう一週間になりますね)


 彼に会えなくなり、私は寂しさを紛らわすように仕事に没頭していた。


「……にぎやかだな」

「アンディ様!」


 わいわいと騒がしいダイニングの入り口にアンディ様が現われ、私は驚く。


「噂をすればですね、リリー様」


 メイドの一人がニヤニヤと私を見ていった。


「あ……アンディ様もお茶、いかがですか?」

「いただこうか」


 ごまかすように席をすすめた私に、アンデイ様は気付かず足を進める。


「私たちは仕事に戻りますね、リリー様!」

「えっ!?」


 一人のメイドの言葉でみんなが立ち上がる。


「そ、それなら私も――」

「リリー様は、遠征帰りの坊ちゃまを労ってくださいませ! これも立派なお仕事ですよ?」


 バチンとウインクをされてしまった。そして、風のようにみんながいなくなる。


「邪魔をしたかな?」

「いえ、そんなことは!」


 眉尻を下げ、席へつくアンディ様に紅茶をお出しする。


「……あいかわらず、美味い茶を淹れるな」

「ありがとうございます……」


 少しだけ口元を緩めたアンディ様に釘付けになる。


(やっとお会いできた)


 ハークロウ領のお茶は私が出頭するときに飲んでもらう最後のお茶のため、何となく淹れられなかった。今お出ししたのは違う茶葉だった。


「魔物討伐はいかがでしたか? その……お怪我とかは」

「ん? ああ。問題ない。君のような怪我はしていない」

「私ももうすっかり治りました!!」


 心配して聞いたのに、アンディ様に意地悪く返され、私もむきになってしまった。


「はは、すまない! いつのまにかうちの使用人たちと打ち解けていたのが面白くなかったようだ」

「みなさんは、ちゃんとアンディ様にお返ししますよ」


 冗談めいて笑う彼に、私の頬も膨らむ。

 こんな風に笑う彼を見るのは初めてで、私はますますアンディ様から目が離せなかった。


(また浮かれてしまいそうです)


 紅茶を口に運びながらそっと視界の端でアンディ様を見つめていると、アネッタが入って来た。

 彼女は今日、家族に会うためお休みを取っていた。


「アネッタ、今日は泊まってくるんじゃなかったですか?」

「リリー様……」


 彼女のただならぬ様子に、私はすぐに駆け寄る。


「どうしたの!?」

「母が……病にかかり、私は家にも入れてもらえませんでした」

「ご病気!?」


 泣きそうなアネッタを落ち着かせるため、私は彼女の背中を撫でた。


「……例の流行り病か、アネッタ」

「…………はい」


 アンディ様の問いに、アネッタは重々しく答えた。


「流行り病……?」


 私が目覚めたとき、確かアンディ様はそのことについて話していた。


「確か、治療院があるのですよね?」

「……私のお給金では、とても母を入れてあげることはできません」


 確か、お金のある人しか入れない仕組みだったか。……私のせいで。


「このままでは、王都の外れの治療院に入れられてしまいます!!」


 アネッタはついに泣き出してしまった。

 彼女を抱きしめ、慰める。


「あの、アンディ様……そこも治療院なのですよね? なぜアネッタは怯えているのですか?」


 私の疑問に彼は厳しい顔になった。


「言っただろう。隅に追いやり、蓋をすると。そこは、治療院とは名ばかりで、患者を閉じ込め放置に近い状態だ。多くの者がそこで命を落としている」

「えっ……」


 私は自分が甘い考えだったことを恥じた。前世の病院のイメージが楽観視させていた。


(まさか、救いの手も伸ばさず、本当に見向きもしていなかったなんて)


 自分の非道な行いに身震いがした。


「では……一度、その治療院に赴く義務が私にはありますね」

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