第7話 罰

「お茶をお淹れすると言いましたよね、私?」


 ひとまず怖い顔のアンディ様に説明をする。


「その恰好は何だ!?」

「メイドの服ですが」

「それはわかっている! なぜそんな恰好をしているのか聞いているんだ!」


 ちゃんと答えているのに、アンディ様はますます怒る。


(怒りっぽい方なんですね)


 でも、さきほどの冷ややかな表情と違って、彼の感情がストレートに出ているのが良い。


「お茶を淹れるのに、最適な恰好だと思いましたので」


 お客様へ口にする物を出すのだ。清潔にするのは当たり前だと思う。

 説明する私に、アンディ様は溜息を吐いた。


「……君は形から入るタイプだったのか」

「なっ!?」


 これも彼へのおもてなしに入るのに、私は軽くあしらわれ、ムッとした。


「あの、ハークロウ様……差し出がましいかもしれませんが、お嬢様のおっしゃることは、ごもっともなのです」


 そこへ、おずおずとダンさんが助け舟を出してくれた。


「お嬢様は、綺麗だった爪も短くされて……」

「は!?」


 ダンさんの説明にアンディ様が私の手元を見る。


「はい。長い爪で給仕するのは、不衛生ですので」


 私は両手を見せるようにアンディ様へと差し出した。


「なぜそこまで……」

「形から入るタイプですので?」


 私は仕返しとばかりに、にやりと笑ってアンディ様に言った。


「あ~その……君を見くびってすまなかった」


 バツが悪そうに私に謝るアンディ様は可愛くて、そんな一面もあるのだと知れて嬉しかった。


「はい!」


 すぐに非を認めて謝れる人は、良い人だ。私は笑顔で彼の謝罪を受け入れた。


「あの! お嬢様とは知らず、無礼な態度をとり申し訳ございませんでした!!」


 気付けばダンさんが、厨房の床に手を付き土下座をしていた。


(このやり取り、アネッタを思い出しますね)


 私はダンさんの目の前に屈んだ。

 彼の身体がびくりとしたのが目に入った。でも私は厳しい声で言う。


「ダンさん、コックコートを着た状態で床に座り込むのは、不衛生ですよ」


 目を点にしてダンさんが顔を上げる。


「俺に皿を投げつけないので?」

「投げません!!」

「食事を何食抜けばよろしいのでしょう?」

「厨房の従事者が食事を疎かにするのは良くないです!」


 このやり取りも二度目だ。今度は落ち着いて受け答えができた。


(もう、リリーったら、ダンさんにも酷いことをしていたのですね)

「俺は家族を養わなければ……」

「クビにはしませんよ!」


 先手必勝。

 アネッタとのやり取りでダンさんが次に何を言うか想像できた。


「え……しかし……」


 困惑するダンさんに、私は不敵な笑みを浮かべて言った。


「では罰として、今日の夕食は私とお屋敷で働く皆さん、同じメニューにしてください」

「それのどこが罰なんですか!?」


 ダンさんが飛び上がる。


「そもそも、君が勘違いされるような姿で現れたのが悪いからな」


 私たちのやり取りを静かに見守っていたアンディ様が辛辣に言った。


「う……おっしゃる通りで――」

「でも、良い罰、だな」


 うなだれる私に、アンディ様がふわりと笑って言った。


(うわ……笑顔が一番素敵です)


 どんな表情でもアンディ様はイケメンだ。でも人間、笑顔が一番素敵なのは当たり前で。

 きゅんと鳴る心臓の痛みに思わず自身を抱きしめた。


「何だ? 傷が痛むのか? だから大人しくしていろと――」

「だ、大丈夫ですよ、お茶を淹れるくらい……」


 すっかりいつもの無表情になったアンディ様が私に顔を近付けた。

 私は急に恥ずかしくなり、慌てて彼と距離を取った。


「おい?」

「あ、ダンさんはコックコートを着替えてから夕飯の準備をお願いしますね!」


 怪訝な顔のアンディ様と目を合わせないよう、ダンさんに言った。


「はい! お嬢様、ありがとうございます!」


 ダンさんは涙を流して喜んでいた。

 私の行いが清算されるわけではないけど、これからは周りの人を笑顔にしたい。


「おい!!」

「ひゃい!!」


 ダンさんを見送り、考え込む私のすぐ近くにアンディ様がいて驚く。


「お茶はいいから、君は休め」

「いえ、せっかくここまでしたので……」


 メイド服まで着てお茶を淹れる準備をしたのだ。私は上目遣いで彼を見る。


「……君は強情だな」

「……悪女ですので?」


 ため息交じりで言ったアンディ様にそう返せば、彼は口元を緩めた。


「ふっ……なぜそれで悪女になるんだ……」

(また笑ってくれました!)


 鋭かったアッシュグレーの瞳が柔らかく細められる。

 キュン、キュン。


(痛いです……)


 脇腹ではなく、胸を押さえつける。


(耐性が無いと、イケメンは凶器なんですね)

「それなら、これを淹れてくれるか」


 戸棚からアンディ様が茶葉を取り出し、私に差し出した。

 なぜか真剣な瞳の彼に、私は頷くしかなかった。


「茶葉は光に弱いのに、瓶に入っていながら状態が良いです」


 私は手渡された瓶の茶葉を見て驚いた。


「ああ、遮光の魔石を施した魔道具だろう」

「え!」


 アンディ様の説明に瓶を目を落とすと、確かに小さな石が埋め込まれていた。


(異世界、凄すぎます……)


 魔法であふれたこの世界に、改めて驚かされる。


「……それよりも、君は紅茶に詳しかったのだな」

「えっ! ええ、そうですね……」


 前世の私はお茶、特に紅茶が好きで、それを仕事にしていた。

 民間の資格まで取り、お茶を美味しく淹れることには自信があった。


「良い香り……」


 誤魔化すように笑いながら瓶のふたを開けた私は、鼻をくすぐる茶葉の香りにうっとりした。

 それを聞いたアンディ様がなぜか怖い顔で固まっている。


「? では淹れますね?」


 ダンさんに付けてもらった火でお湯はとっくに沸いていた。

 私は茶器にお湯を通し、捨てる。

 茶葉を正確に測り、お湯を適量注ぐ。


(大きな葉ですから、三分しっかり蒸らすと良いですかね)


 茶器たちと一緒に置いてあった三分計の砂時計をひっくり返す。


「手慣れているが、君は自分でお茶を?」

「好きなので……」


 じっと私の作業を見ているアンディ様に、適当に濁した。

 リリーはきっと何でも人にやらせて、自分ではお茶を淹れることさえしないのかもしれない。


(まあ侯爵令嬢ですから、それくらいの嗜みがあってもおかしくないですよね?)


 砂時計の砂がさらさらと全て流れ落ちる直前に、温めておいたポットに茶こしを使って紅茶を移す。


「なぜわざわざ違うポットに移すんだ?」


 興味津々にアンディ様が聞く。


「茶葉が入れっぱなしだと、えぐみが出て苦くなりますので」


 あえてそうして、ミルクティーで味わうやり方もあるようだが、私はこちらの方が好きだ。

 ミルクティーにはその美味しい淹れ方があるし、何よりこの香りの良い茶葉は、ストレートで飲みたいと思った。


「……隣のダイニングでいただこうか」


 なぜか難しい顔をしているアンディ様の心の内がわからない。

 私はワゴンに一式を乗せ、アンディ様の後ろをついて行った。

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