第5話 いじめ

「……とりあえず下に向かえばいいでしょうか?」


 部屋を出た私は、さっそく迷子なった。

 広い廊下を進み、ようやく階段を見つけたところで下へ向かうことにした。


「お願いです、お嬢様の所へ戻らせてください!」


 下のフロアに辿り着くと、アネッタの叫ぶ声が聞こえた。


(アネッタさんの声です! 何があったのでしょうか?)


 声のする方へ私は足を向けた。


「平民のくせに、私たちに逆らうなんて生意気よ!」

「そうよ。リリー様は今、怪我でお辛いのよ! だから粗相をしたなら、代わりに私たちが罰を与えてあげる!」


 掃除用具が並ぶ小さな部屋で、アネッタは三人のメイドに囲まれていた。


(これは……いじめでしょうか!?)


 前世でパワハラにあっていた女の子とアネッタが重なり、身体が強張った。


「わ、私が仕えているのはリリー様であって、あなたたちではありません……!」


 負けじと言い返すアネッタに、私は我に返る。


「なんですって!?」

「私たちはあんたみたいな下働きと違うのよ!?」

「リリー様のお気持ちを汲んで、あなたに罰を与えるのが私たちの仕事よ!」


 ひゅっとメイドの一人がアネッタに手を上げた。


「アネッタさん!!」


 私は気付けば飛び出していた。

 バシッと私の頭にメイドの平手が当たった。


「リリー様!?」

「アネッタさん、大丈夫ですか?」


 庇うように抱きしめていたアネッタから身を離し、彼女を覗き込む。


「リリー様……どうして」

「アネッタさんを追いかけて来て良かったです」


 今にも泣きそうな彼女に私は笑顔を作った。そして、三人に振り返る。


「リリー様……ど、どうしてそんな平民を庇われますの?」


 私を叩いたメイドが青ざめて言った。


「逆に聞きますが、どうして皆さんがアネッタさんのお仕事の邪魔をされているのですか?」

「アネッタは、リリー様の部屋で粗相をしたと伺いました!」


 怯みながらも後ろにいたメイドが訴える。


「アネッタさんは粗相などされていませんよ。私のためにお仕事中のはずですが?」


 ぎろりと睨む私に、三人の中でリーダー格であろう子が前に出た。


「リリー様……どうされたのですか!? リリー様は私たちがアネッタに罰を与えるのを楽しそうにご覧になっていたではないですか!」


 彼女の言葉に私は頭を押さえた。


(私が元凶……ですか)


 リリーの態度が彼女たちの行動をエスカレートさせていたのだ。

 私はアネッタに振り返ると、頭を下げた。


「アネッタさん……私のせいで辛い思いをさせていたようで、本当にすみませんでした」

「リリー様!? 頭を上げてください!」


 慌てふためくアネッタに申し訳なく思いながら、私はメイドたちに向き直った。


「あなたたちもアネッタさんに謝罪を」

「は!?」


 真剣な顔の私に、リーダー格の子は顔を引く付かせると、エプロンを脱ぎ捨てた。


「私たちは由緒正しき家の令嬢ですのよ? それを庶民に頭を下げろだなんて……そんな品格のないことできませんわ! リリー様にはがっかりです! 私たち、今日で行儀見習いを辞させていただきます!」


 彼女はそう言い捨てると、二人を引き連れて屋敷を出て行ってしまった。


「お、お嬢様! 追いかけなくていいんですか!?」

「アネッタさんに謝らせることができませんでした……」


 私は彼女たちに退職金を出す気はもちろん無い。でも、これではアネッタの気持ちはどうしたらいいのだろう。


「お嬢様……変わられましたね」


 アネッタは私の暗い顔を見て、優しく笑った。


「私は平民だから、貴族からされる仕打ちは、当然のものだと思ってきました」

「そんなもの、当然だと思ってはダメです!」


 私の必死の形相にアネッタはふふっと笑った。


「はい。お嬢様のおかげで、私は人として扱ってもらえて救われました」

「でも……今まで私がしてきたことは消えません」


 こんな私へ笑いかけてくれるアネッタに、泣きそうになった。


「それでも……私は今のお嬢様なら、安心して仕えられると思いました」

「アネッタさん……」

「お嬢様、メイドにさんは付けないでくださいませ」

「……じゃあアネッタも私を名前で呼んでくれますか?」


 アネッタの嬉しい言葉に私は涙をこぼしていた。


「リリー様、私はあなたにお仕えできて幸せです」


 ふわりと笑ったアネッタに、ますます涙が溢れる。


「すみません、すみません……」


 何度も繰り返す私の言葉を、アネッタは黙って頷いてくれていた。


「うっ……痛……」


 久しぶりに動いたせいか、脇腹の痛みが今になって襲ってきた。


「リリー様!? 大丈夫ですか!?」


 心配そうなアネッタを安心させたいのに、私は痛みで顔を歪めた。そして立っていられなくなり、身体が前に倒れる。


「リリー様!!」


 悲痛なアネッタの叫び声が響き、床に私の身体は叩きつけられると思った。しかし――


(あれ? 痛くないです)


 ふわりと身体が浮く感覚とともに、低音イケメンボイスが私の耳のひだをくすぐった。


「まったく、君は何をやっているんだ?」

「アンディ様!?」


 私はアンディ様に軽々と抱きかかえられ、その逞しい腕の中へと収まっていた。

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