【短編】闘争を求めて神様狩り
科威 架位
一話 プレゼンテーション
「母さん……俺、ディスシールになる!」
「ごめん、母さん耳が悪いみたい。何て言ったの?」
「俺、ディスシールになる!」
早朝の朝飯時、空になったお椀と箸を置いて、三人の家族の前で、俺はそう宣言した。
それを聞いた三人は、それぞれ色の違う反応を見せる。母は唖然とし、父は眉間にしわを寄せ、クソ妹は首を傾げて「お兄ちゃんバカなんじゃないの?」と言いたげな表情を見せた。
三人の反応は予想通りだ。俺は三人────特に両親────を納得させるため、徹夜して考えたプレゼンを開始する。
「そういう反応になりますよね? 分かります。ディスシールははた迷惑な狂人集団……それが世の中の認識ですから」
「え、うん。だからやめて? 母さん怒るよ?」
「で・す・が! 俺がディスシールになることで、あなたたち三人にもメリットがあります! それを今からお話ししましょう」
「お兄ちゃん、何を言ってるの?」
妹の疑問を無視し、俺は持ってきていたノートを取り出す。それをパラパラとめくり、目的のページを見つけた俺は、三人が見やすいよう、そのページを高く
「まず、ディスシールとは何か」
「
「母さん、とりあえず話を聞こう。春樹の説教はそれからだ」
「父さん……」
母さんにプレゼンを止められそうになったが、父さんがそれを制してくれた。さすが父さんだ、物分かりが良い。
俺は続けて、ディスシールがどういうものかを語り始める。
「世界中、各地に封印されている神々。その封印を、ただただその神と戦いたいがために解き放つ、それが『ディスシール』です!」
「そうだな。その度に、戦いの余波で周辺一帯が消し飛ぶ……どんな犯罪者よりも迷惑な連中なのは間違いないだろう。それで?」
俺の説明を、父さんが補足してくれた。お陰で、説明の手間が省けてちょっと助かった。説明の言葉は、限りなく悪いけど。
掲げているノートのページを捲り、プレゼンを次の段階へと進める。
「俺は、そんなディスシールになりたい! ですが……今まで育ててくれた両親への親孝行を、忘れるわけにもいきません」
「春樹……」
「そこで! ディスシールになってお金を稼ぐ方法を考えました!」
ここからが大事だ。
これから俺が話すことは、俺がディスシールになる上で、父と母、妹にもたらされる恩恵の話だ。これを失敗すれば、両親を納得させることはできない。
体温が上昇し、手足が震えるのを感じる。俺が思っていたよりも、俺自身は緊張しているようだ。
体が震えても、声が震えることのないよう気をつけながら、俺はプレゼンを続ける。
「色々考えました。他のディスシールの、神との戦いの最中に火事場泥棒をするとか、神を捕獲してダークウェブで売り飛ばすとか」
両親の表情が険しくなってきた。
だが、それも予想の
残っていたコップのお茶を飲み、俺は言葉を続ける。
「ですが、そんな汚い金を家族に使わせたら、三人に危険が及ぶかもしれません」
「ほっ……お兄ちゃんもそこまで馬鹿じゃなかった」
「ですので、逆に……他のディスシールを狩ってお金を集めようと思います!」
「……お兄ちゃん?」
俺のその言葉を聞き、今度は三人が呆けた表情になっている。
想像もしていなかった方法なのだろう。俺は、プレゼンが上手くいくかもしれないと感じ、この勢いに任せてプレゼンを進める。
「ご存じの通り、ディスシールには全員、懸賞金がかけられています。俺はそんなディスシールたちをひっ捕え、警察に引き渡して、お金をもらい、そのお金を三人に送ろうと思います!」
この方法であれば、綺麗なお金を両親に渡すことができる。
俺の提案を聞き、父は考え込み、母は頭を抱えて考え込んでいる。
俺はノートをしまい、立ち上がって椅子の後ろに立ち、両親に向けて頭を下げた。
「俺ももう
「春樹……母さんは」
「その上で! 俺がディスシールになることを許してください。どうしても、やりたいことがあるんです」
母さんの言葉を遮って、俺は決意を口にする。
これで、俺のプレゼンは終わりだ。
プレゼンのために準備したことは、全部出した。少なくとも、俺が生半可な覚悟でディスシールになろうとしているわけでないことは、妹にも伝わったはずだ。
俺は頭を上げ、それぞれの様相を見せている三人を見る。
少しだけ間を置き、俺はおそるおそる口を開いた。
「どう……どう、でしょう?」
「一つ、聞いていいか?」
「は、はい」
俺の問いに対し、父が言葉を返してきた。どうやら、質問があるようだ。
この状況も想定し、ありとあらゆる問いへの返答も考えてきた。俺は心を強く持ち、父の質問を待つ。
「やりたいことってのはなんだ?」
「あっ……え、えーと────」
「なんだ? 話せないようなことか? それなら、俺は納得できんぞ?」
予想した中でも、最悪の質問が飛んできた。
答えられないわけではない。答えたくないのだ、感情的な理由で。
俺が言葉を迷っていると、父が追撃を重ねてくる。
「ディスシールは、それになる方も危険だ。神との戦いで負けたら当然死ぬし、警察に捕まれば問答無用で極刑……そのリスクを冒してまで、お前は何がしたい?」
「確かに……春樹、なんで?」
「お兄ちゃんが、戦いたいだけの狂人だからじゃないの?」
父の疑問を聞き、妹と母もそれに共感したようだ。これは、正直に話さなければプレゼンが大失敗に終わるだろう。
親とは厄介なものだ。息子が嘘をついていることなど、一秒で見抜けるのだから。
「み……」
「み? なんだ? 聞こえないぞー?」
「
「……」
父と母が唖然としている。ちなみに、妹は言葉の意図を理解したようで、大口を開けて大爆笑している。頭が良いな、あとでぶっ飛ばす。
俺が、あまりの恥ずかしさに何も話せなくなっていると、父がにやけながら口を開いた。
「み、美羽ちゃんって、少し前に失踪したお前の幼馴染だよな?」
「……はい」
「つっ、つまり……お前は、あの子のことが」
「うるせー! その通りだよ!」
笑いの混じった声でそんなことを言われるので、俺は父の言葉を遮って叫ぶ。
母も俺の言葉の意味を理解したようで、口角が少し上がってるのが分かる。だから言いたくなかったのだ。あまりに恥ずかしいので、三人と目が合わせられなくなり、俺は背後を振り返って両手で顔を覆う。
背後からは、大きい声で高笑いする父の声が聞こえてきた。
「ハハハッ! 大学生に恋した高校生かよ!『あの先輩があの大学にいるから、俺も同じ大学に』って? ハハハッ!」
「あー、うるさいうるさいうるさい! 悪いかよ、そんな理由で!」
顔を覆ったまま首を左右に振りながら、俺は父の言葉に抗議する。
顔も体も熱くなり、今、俺の体感温度は人生で一番高い。プレゼンは成功と言っていいだろうが、心情的には大失敗も良いところだ。
そんな俺に、落ち着きを取り戻し始めた父が、プレゼン中よりも優しい声で語りかける。
「春樹、最後に一ついいか?」
「な、なんだよ」
「ディスシールになって、美羽ちゃんを探すってのは分かったが、あてはあるのか?」
「ディスシールにはディスシールのコミュニティがある。それを使って探すつもりだよ」
この質問への答えも、あらかじめ用意しておいたものだ。そのため、スラスラと言葉を返すことができた。
「そうか……」
少し悲しげな声で、父がそんな言葉をこぼす。
いつの間にか妹の笑い声も止まり、部屋の中を沈黙が包んでいる。この状況で発するべき言葉を、俺は知らない。
迷っていると、再び父が口を開いた。
「母さん?」
「私は父さんと同じ意見だよ」
「一応、
「私も良いと思うよ。面白いし」
「分かった……春樹、こっちを向け」
「は、はい」
目を合わせられるか不安だが、父にそう指示されたので、俺は三人に向き直る。
そうして見た父の表情は、少しだけ微笑んでいた。
「お前がディスシールになることを許す」
「……マジ!?」
「マジだ。いつ家を出るんだ?」
「今日と明日で準備を終わらせるとして……明後日には」
「そうか」
────許してもらえた! やったー!
俺は、心の中で歓喜した。今にも飛び上がりそうだ。なんとか感情を抑えようとするが、ひょっとしたら表情には出てしまっているかも知れない。
早速準備を始めようとすると、母が問いを投げかけてくる。
「そういえば、ディスシールって神様とどうやって戦うの?」
「ああ、同じく別の神様の力を使うんだよ」
「へぇー……春樹は持ってるの? それ」
「力は持ってないけど……神様なら一人捕まえたよ、ほら」
「シャアアア!!」
俺はポケットから、コルクで閉じられた小さな瓶を取り出した。
三人は、その瓶の中身を不思議そうに見つめている。そんな三人を威嚇するように、瓶の中の生き物は声を出した。
まるで、分厚い画用紙をハサミで切り裂いたような音だ。見た目といい、それがまともな生き物でないことが一瞬で分かる。
「小さい……蛇?」
「瓶の底から浮いてる? すごっ」
「これは……なんの神なんだ?」
「分かんない。でも、色々と調べてそれが神様だってことは分かってる」
俺は小瓶をしまう。三人はもっと小瓶の中身を見たがっていたが、神様が怒っているようなのでそれを拒否する。
うきうきとした気持ちで、茶碗と皿を片付けて部屋を出ていこうとした俺を、父が「ちょっと待て」と引き留める。
「…金が送れないとしても、家には偶にでも帰って来いよ」
「……気が向いたらな」
本来は帰る気はなかったのだが、どうやら本当に帰ってきて欲しそうだったので、俺は仕方なく、そう返した。
【短編】闘争を求めて神様狩り 科威 架位 @meetyer
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