第2話「鉄槌」
「何?何の音!?」
真夜中、カノアは熟睡していたはずなのに目が覚めた。マミは個室で
眠っている。何かが割れる音が聞こえたのは彼女の部屋。部屋にやって来ると
部屋の隅で震えていた。
「マミさん、大丈夫ですか?窓、割られていますね」
カノアは割れた窓から身を乗り出す。すぐに首根っこを掴まれ、後ろに倒れた。
そして彼女にレグルスは覆いかぶさる。シリウスも動き、蹲るマミに
覆い被さった。乾いた発砲音が暫く聞こえた。銃声。ようやく落ち着いたらしい。
「追いかけるか?」
「お願い」
シリウスは窓枠に手を掛け、外へ飛び出る。マミは窓から下を見た。二階から
飛び降りたシリウスは普通に走っている。
「こんな高い場所から…」
暗闇でもシリウスの眼にはハッキリ襲撃者の姿が見えている。それなりに依頼を
こなしてきた殺し屋と見た。堂々と実行するとは、中途半端な人間だろう。
袋小路に追い詰めたシリウスは獰猛な笑みを浮かべた。
「雇われた殺し屋か?」
「そうだ。あんな小娘を殺すのは簡単だぞ」
銃を見せつける。韓発入れずに発砲した…だが。
「は…?」
銃弾は容易く人体を貫くはずだ。今までだってそうだった。シリウスは胸部に
受けたはずだが血を流してすらいない。人間では無いのか、何か細工をしているの
だろうか。様々な可能性を網羅して考えた。一つだけ、都市伝説のような
戦闘者を知っている。殺し屋の顔がみるみるうちに蒼白になっていく。
Tシャツを捲り、何も細工をしていないことを見せびらかした。
「これで、正当防衛になるな。なってなくても、俺に銃を向けたんだ。勝つ算段が
あっての事だろ?」
「お前…まさか…その目…―」
特徴的なオッドアイ。捲ったときに見えたのは極限まで鍛え上げられ、鋼のような
肉体。否、ようななんて言葉は必要ないだろう。
シリウスはレグルス、カノアとは別の相手に連絡を取る。家柄故に汚れ仕事を
何度も経験してきた。
「掃除屋、死体の掃除を頼む。場所は―」
『りょーかい。でも、いやぁ、君を殺そうとか阿保だね~。君を殺すなら
ロケットランチャーぐらい持ってこないと』
掃除屋は笑いながら言う。シリウス、レグルス、どちらも星の名前。通り名のような
ものだ。素手で人を殺す、獣を殺す。そんな戦闘者一族で生まれ、中でも最高傑作と
言われているのがシリウスなのだ。相応しい性格を持つシリウスには心地いい場所
だったはずだが今ではカノアに手を貸している。
「あ、お帰り!」
「まだ起きてたのか」
出迎えたカノアに対して呆れるように言った。
「さっきまで寝てた。シリウス、ごめん」
「何がだ」
シリウスはベッドに腰掛け、仰け反るように倒れ込んだ。
「戦闘は俺の好きな事だ。謝る必要なんて無い。あの殺し屋、依頼主を
虐めていた奴に雇われてたみたいだぜ」
手渡されたスマートフォン。証拠保全も完璧だ。グローブ越しで操作して、
データをパソコンに移して保管する。連絡内容にはコノハの本名もある。
彼女が殺しの依頼をしている事や、写真など…個人情報も持ち出していたらしい。
起きて来たマミは申し訳なさそうな顔をしながら降りて来た。彼女の視線が
シリウスの目と合った。
「昨日は…ごめんなさい」
「構わねえよ。それより、色々と掴めたぜ」
動画だった。それも罪を犯したことを自白する言質、虐めている最中の事など
汚い事だけが集まっていた。充分な証拠だ。
「このデータを匿名で、そして信頼できる警察官に提出しておこう。あとの
問題は…」
コノハの両親が何度も彼女の不祥事をもみ消していたらしい。だから彼女は高飛車で
傲慢な娘に成長したのだろう。
「子も子なら親も親だな」
シリウスは色んな男に手を出すみだらなコノハの写真を見据える。どのように
秘密を暴露するべきか。コノハは親が営む会社で働いている。そこでも学生時代と
同様に他の社員を足蹴にしているらしい。彼女に鉄槌を下すのは簡単だが、彼女が
飼い慣らす殺し屋たちはどうするべきか。
「気にすんなよ。俺とレグルスで適当に潰しておく」
「良いの?」
「大丈夫ですよ、カノアさん。僕もシリウスも荒事には慣れていますし」
「分かった。さぁ、早速栄誉を奪うとしますかね!」
パソコンを操作し始めたカノア。外に出るレグルスたちに連れられマミも外に
出た。彼女の表情は浮かない顔だ。視線を怖がっている様子。
流れだした大企業の令嬢、その不祥事。消しても消しても真実が広まり
続けている。そして企業に警察がやって来た。
「三上コノハ、貴方を脅迫罪、傷害罪等で逮捕状が出されています」
「は?え?アタシに?」
「そうです。さぁ、来てください。決定的な証拠もありますので」
娘の不祥事発覚から芋づる方式で大量の罪が見つかり、両親は借金、倒産
したからだ。そしてコノハは牢屋へ。出ても二度と彼女は人を踏み台にして
ふんぞり返ることは出来ないだろう。そして彼女が飼い慣らす殺し屋は雇い主が
そうなっているとも知らずに襲い掛かって来たらしいが…。
「さぁ、こちらへ」
「え、えぇ…」
レグルスはマミを避難させる。その先にも敵がいた。
「下がっていてください」
本当に戦う気?マミは思った。シリウスと違って小柄でパッと見が華奢な
レグルスは丸腰だ。
「貴方が彼らの統率者ですかね」
「お前は…あぁ、あのレグルスか」
ナイフを弄びながら、男はレグルスを見下ろす。男は部下たちが全員死んでいる事を
把握した。
「お前を殺せば俺のステータスになる。お前を殺した後はシリウスだ。まぁ、
その前にターゲットをサクッと殺すかな」
「僕も舐められたものだ」
やってしまった。男は後悔した。一瞬だった。背後に回られ、そして腕が回る。
地面に倒れ込み、頸動脈を絞められる。気を失うまでの僅かな時間、後悔した。
恐怖した。小柄だからと舐めていた。この男も生粋の戦闘者であり猛獣だった。
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