第7話 鬼滅の刃 part2

「それじゃあの話をしようか?」

 とぼくが言う。

「どうぞ」と彼女が言う。

「主人公は会社員のオジサン。そのオジサンの娘が死体で発見される」

 とぼくは言う。

 ツッコミ待ちのため、鬼滅の刃ではなく、東野圭吾のさまよう刃の話をしている。

「初めからシリアスやな」とカネコさん。

「主人公は悲しみに暮れる。数日後、犯人の名と居場所を告げる密告電話がかかってくる。

そして主人公は電話で言われたアパートへ向かった。留守宅へ上がり込み、部屋を物色すると、複数のビデオが見つかる。そこには娘が犯人2人に凌辱されている映像が写っていた。偶然帰宅した犯人の一人を惨殺した主人公は、虫の息の犯人からもう一人の犯人の潜伏場所を聞き出し追う」

 とぼくは言った。

 スマホのWikipediaを読んでいる。

 面白いやん、と思った。

 ぼくも読んでいるわけではないのだ。


「ゴクリ」とカネコさんが言った。

 ゴクリって言葉で言う人おるんや、とぼくは思った。

 ツッコミ待ちをしているのに、彼女がツッコんでくれないのでほとんどのあらすじを喋ってしまった。


「これ鬼滅の刃じゃなくて、さまよう刃やん」

 とぼくは自分でツッコんだ。

「……なに?」

「だから、これ鬼滅の刃じゃなくて、さまよう刃やん」とぼくが言う。

「そんなんどうでもええから、続きを教えてや」

「どうでもよくないやろう。ぼく達は鬼滅の刃の話をしてるんやで」

「今はさまよう刃が気になってんねん」とカネコさん。

「ごめん。Wikipediaを読んでただけやから続き知らんねん」

 これ以上のあらすじは書いてないのだ。

「なんでやねん」

 とカネコさんが怒っている。

 そして怒りにまかせて、ぼくの頭をグーで殴った。

「コレが私のさまよう刃じゃ」

 と彼女が言う。

「痛っ〜」

 とぼくは頭を抑えて、言った。


「マサトはさまよう刃を見てないん?」

「見てへん」

 とぼくが言う。

「早く犯人を見つけて、水の呼吸で殺してほしいわ」とカネコさん。

「水の呼吸って、……鬼滅の刃知ってるやん」

 とぼくが言う。

「知らんし。禰󠄀豆子とか、一切知らんし」

「めっちゃ知ってるやん」

「鬼に家族が殺されて、妹が鬼になったなんて知らんし。全23巻って知らんし」

「漫画の巻数まで知ってるやん」とぼくが言う。

「鬼滅の刃のせいで、節分がめっちゃ怖かったよな」と彼女が言う。

「全然」とぼくは答える。

 どうして節分が怖いのか? 

「なんでやねん」と彼女がイライラしながら言った。

「節分って言ったら鬼が来るやろう」

「……カネコさん家は鬼来るん?」

「来るに決まってるやん。今年は日の呼吸ができるようになってたから倒せたけど」

「なんか、クリスマスにサンタさんを信じてる子みたいやな」

「サンタさんはおるやろう」

 と彼女が言う。

 まだサンタさんも信じているのか。

「あっ、ごめん。サンタさんはおるよ」

 とぼくが言う。

「なんか腹立つわ」

 と彼女が言って、ぼくの頭をまたグーで殴った。

「さまよう刃でぼくを殴らんといてや」

「なにがさまよう刃やねん」と彼女がキレている。「サンタさんはおるもん」

「だからぼくもおるって言ってるやん」

「なんか、その言い方が腹立つねん。本当は信じてへんけど、君が信じてるのなら、おるって言っておきます、みたいな感じが伝わる」

「わかった言い直す」

 とぼくが言う。


「サンタはおる」

 とぼくは彼女の目を見て言った。

 我慢ができずにニヤっと笑ってしまった。


「笑ってるやん」

 と彼女が言う。

「ちょっと笑っただけやん」

 とぼくが言う。

「もう一回言い直して」

「わかった」とぼくは頷く。

「次、笑ったらクリスマスプレゼントちょーだいや」

「ぼくがサンタになるってことか?」

「マサトはサンタちゃうわ。サンタは白髪のジィジィや」

「恋人はサンタのノリかなっと思って」

「恋人ちゃうし」とカネコさん。

 カネコさんの耳が真っ赤である。

「恋人ではないな」とぼくが言う。「ほんじゃあ、なんでぼくがカネコさんにプレゼントをあげなアカンの?」

「もうええから。ちゃんとサンタはおるって言え」

「わかった」

 とぼくは言う。



「サンタはおる」

 とぼくは言った。

「それに鬼もおる」

 とぼくは付け足した。


 カネコさんから腹パンをくらった。

「今のは笑ってしまうところやろう。しかも鬼もおるは余計やし」

 とカネコさん。

「痛っ」とぼくは殴られたお腹を撫でる。

「もうプレゼントは貰らうからな」

「なんで?」

「ええやん」と彼女が言った。「そういうノリやし」

「どういうノリ?」

 とぼくは尋ねる。

「もうええわ」

 と彼女が顔を真っ赤にして立ち上がった。

「どないしたん?」

 とぼくが尋ねる。

「私、本買って帰る」

「何買うん?」とぼくは尋ねた。

「さまよう刃」

 と彼女が言った。

 そんなに気になってたんや、とぼくは思った。


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