第5話 蜘蛛ですがなにか? part2

「北花田よりエルロー大迷宮の方が100倍ええ場所やって」とぼくが言った。

「えっなに? ロールケーキ大迷宮?」

「そんな甘そうな迷宮じゃない。エルロー大迷宮やって」

「キモいからテンション上げんといてくれへん? そんな場所にビクドンないやろう?」

 と彼女が言う。


 ビクドンというのは、びっくりドンキーの略である。小学生の頃、休みの日に「ビクドン行くで」と言われただけでビクドンの舞を踊り狂っていたのは懐かしい記憶である。もうぼくは中学生である。ビクドンの舞も踊らないし、親と外食も控えたい思春期なのだ。


「ビクドンより、もっとええ食べ物がある」

 とぼくが言う。

「ミスド?」

 と彼女が尋ねた。


 ミスドというのは、ミスタードーナツの略である。ミスドの舞を踊り狂っていたのは懐かしい記憶である。


「違う」

「それじゃあポムの樹か?」

「違う」

「CoCo壱か?」

「違う」

「なか卯か?」

「なんでチェーン展開されてる店が大迷宮にあると思ってるねん」

「個人店は汚い店もあるから、出来ればチェーン展開されてる店がええわ」と彼女が言う。

「意外と潔癖症やな」とぼくが言う。

「中華屋で目の前にゴキブリ先生が現れたことがあるねん。それ以来、個人店は無理やねん」

「そんなんどうでもええねん」

 とぼくは言った。

「どうでもよくないわ」とカネコさんがキレている。「私がこの世で嫌いなのは2つしかないねんで。その1つがゴキブリ」

「もう1つは?」

 とぼくは、聞かなければいいのに聞いてしまった。

「洗濯機」

「……なんでなん?」とぼくは尋ねた。

「ちょっとボケて外しただけやん。聞くなよ」

 とカネコさんが言う。

「なんか、ごめん」

 とぼくが謝る。

「謝られたら、逆に嫌やわ」とカネコさん。

「謝って、ごめん」とぼくが言う。

「そんな事で謝らんといて。うっとうしいわ」

「わかった。カネコさんには2度と謝らん」

「本当に悪い時は謝ってや」とカネコさん。

「中1の時にクラスの女子がカネコさんの悪口を言ってたから、悪口を止めようと思って間に入ったけど、女子が怖くてぼくも一緒になって悪口言ったことあるねん」

「それは謝って。ほんでその悪口を言ってた女子を教えて。殺す」

「カネコさんのことヤンキーの残党、って言い出したのはぼくや」

「なんか言われたことあるぞ。お前がヤンキーの残党ってキャッチーな言葉をつけたんか。それは謝れ」

「謝りたいけど、謝れないのっぴきならない事情がありまして」とぼくが言う。

「さっきの事をのっぴきならない事情やと思うな。ほんで、のっぴきならない、ってなんやねん」

 と彼女がプンプンと怒ってる。


「それと中1の時に私が喋りかけても、私のことを無視してたよな?」

「それは知らん」とぼくが言う。

 ただ気づいてなかっただけだと思う。

「でも中学になってからぼく達は喋ることもなかったし、顔を合わせる事も無くなかったよな」

 とぼくが言う。

「クラスが違うかったからな」

 とカネコさん。

「ぼく達は、もう相入れない関係になったんやと思ってたわ」

「マンモス中学やで。クラスも違うし、校舎も違うかったやん。久しぶりに会って喋りかけても無視するし、それにココで喋りかけた時も逃げようとしたやん」と彼女が言う。

 

 カネコさんの喋りかけ方が逃げ出したくなるのだ。キモッ、と喋りかけてくるのだ。

 久しぶりに会ったら、もしかしたら嫌われたのかな、と思ってしまう。

 もしかして中1の時も嫌な事を言われて耳を塞いだのかもしれない。そして記憶から抹消したのかもしれない。


「昔みたいにぼく達って笑い合うことでけへんのかな?」とぼくが言う。

「だから、こうしてマサトの塾までの時間、私が喋りに来てるんやん」

 とカネコさん。

「悲しい。昔のカネコさんには、もう戻らんのかな?」とぼくが言う。

「昔から、あんまり私変わってへんで」

「身長1mぐらいの時のカネコさんに戻らんのかな?」とぼく。

「だいぶ戻ってほしいんやな」とカネコさん。

「今じゃあ、ただの残党やん」とぼくが言う。

 カネコさんがぼくに腹パンをしてきた。

「ゴホッ」とぼくは咳き込む。

「誰が残党や」とカネコさんが言う。


「せっかくチョッコレートあげようと思ってたのに、なんかあげる気なくしたわ」

 と彼女が言う。

「チョッコレート?」

 とぼくが驚く。

「もしかしてチョッコレートって、生命の危機でも復活すると言われてる伝説の食べ物?」

「そんな効果無いわ」とカネコさんが言った。「好きな人にあげるやつや」


「……」

「……」


 好きな人にあげるやつ?

 それってぼくの事が好きってこと?

 急に体が熱くなる。


「別にマサトの事を好きっていうわけじゃないで」と彼女が焦りながら言った。

「ぼくの事を好きすぎて口から生み出したモノがチョッコレートってわけじゃないん?」

 とぼくも焦りすぎて、変な事を言ってしまう。

「そんなキモイ物あげるか!」とカネコさん。


「ええから続き話して」

 とカネコさんが物語の続きを促す。

「そうやな」とぼくが言う。

 ぼくもチョッコレートの話から話題を逸らしたかった。

「どこまで喋ったっけ?」

「大迷宮にはチェーン店がなくて、個人店だけしかない、ってところまで」と彼女が言う。


『蜘蛛ですかなにか?』って、そんな内容だったっけ?


「大迷宮には個人店しかなくて、仕方がないので個人店の中華屋さんに入ると」

 とぼくが言う。

「めっちゃ嫌な予感して来たわ」

「ゴキブリは……」

「出たんか?」

「出ませんでした」とぼくが言う。

「よかったやん。でも汚い店には必ずいるからな」


「お会計をしようと財布を取り出す。現金がない事に主人公は気づく。「すみませんクレジットカードでもいいですか?」と主人公が尋ねた。すると店員さんが「ウチ、カード使えないっすよ」

 とぼくが物語を語る。


「だから個人店はアカンねん。クレカぐらい使えるようにしとけよ」とカネコさん。

「この話のどこに蜘蛛要素あんねん」

 とぼくは叫んだ。

 自分で話してて思っていたのだ。

「なにが個人店やねん。そんなん知らんちゅうねん」とぼくは自分自身にツッコむ。

 ココまでストリーテラーになりきれない自分に怒りを覚えているのだ。


「まぁ落ち着け」とカネコさん。「甘いモンあげる」

 そして彼女は学校規定の鞄からGODIVAの箱を取り出した。

 その箱から彼女はチョッコレートを1つ摘んで、ぼくの口に入れた。

「ホンマは全部あげるつもりやったんやけど、途中で食べたくなって食べてもうたわ」

 とカネコさんが顔を真っ赤にして言った。


 ぼくはチョッコレートを噛みながら、プレゼントを途中で食べるなや、と思ったけど口に出して言わなかった。


「世界一美味しいわ」

 とぼくは甘いチョッコレートを食べながら言った。

 こんなに美味しいチョッコレートが食べれるのなら、異世界に行かんでもええかもなぁ、と思えた。

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