第4話 蜘蛛ですがなにか? part1

 今日は2月14日である。

 ぼくには関係ないけど、ダイヤモンドシティの1Fの通路の真ん中には茶色くて甘い謎の食べ物が2月になってから、売られ続けていた。

 

「今日もアホが座ってるわ」

 とカネコさんの声が聞こえた。

 彼女は、ぼくの隣に座った。

「アホが座らさせていただいております」

 とぼくが言う。

「なんや。今日はへりくだってるやん」

「いや、私はアホなので座ることしかできないんです」

「座ることもできたら十分やん。世界回れるわ」

「座れるだけじゃ世界回られへんわ」

「っで、チョッコは貰ったん?」

「はぁ? チョッコ? なにそれ? 初めて聞いた」

「キモ〜。モテへんからってチョッコレートの存在忘れてるやん」

「チョッコレート?」とぼくは首を傾げた。

「そのわからんフリが腹立つわ」

「もしかしてチョッコレートって空を飛ぶやつ?」

「わからんフリもやりすぎたら、頭がイカれてるように見えるで」とカネコさん。

「そういうカネコさんはチョッコレートってヤツを誰かに渡したん?」

 とぼくは尋ねた。

 なぜかドキドキした。

 誰かに渡していたら嫌やな。

 マサトに渡そうと思ってる、って言われたらどうしよう? 


「渡すか!」とカネコさんが言う。

 ぼくはホッとするのが半分、残念なのが半分の気持ちになる。

「逆に私が貰いたいわ。買って来いよ」

 とカネコさん。

 逆にチョッコレートを渡すのか。それもいいかもしれない。

「チョッコレートって、青色のブニョブニョしたやつやんな? 買って来るわ」とぼくが言う。

「ちょっと待って。まだチョッコレートわからんフリしてんの?」

「えっ?」とぼく。

「チョッコレートのわかんフリ、めっちゃ腹立つわ」とカネコさん。「チョッコレートは入り口すぐの店にある茶色い食べ物やから」

「GODIVAやないか。中学生が買えるか」

 とぼくが言う。

 北花田ダイヤモンドシティの入り口にはGODIVAが売られている。クソ高いチョッコレート店である。噂に聞くところによると世界一美味しいチョッコレートらしい。

「GODIVAが食べたいな」

 と彼女が言う。

 上目遣いでコチラを見てくる。

「GODIVAって、お金をチョッコレートでコーティングしてるから、あんなに高いんやで」

 とぼくが言う。

「ほんじゃあ、チョッコレートじゃなくてお金でええからちょーだい」とカネコさん。

「それはカツアゲやん」とぼく。


「っで、今日は何の話をしてくれるん?」

 と彼女が尋ねた。

「もちろん今日はバレンタインデーに相応しいタイトルの物語を話そうと思ってる」

「マサトにはバレンタインデーは関係ないけどな」

 余計な事を言うなよ、とぼくは思ったけど、わざわざ口に出しては言わなかった。


「タイトルは『蜘蛛ですがなにか?』」

 とぼくが言う。

 正直、バレンタインデーには関係ない。

「食欲そそがんタイトルやな」

 と彼女が言う。

「めっちゃ食欲そそぐちゅうねん。ご飯何杯でもいけるわ」とぼくが言う。

「マサトはゲテモノ食いやもんな」

「誰がゲテモノ食いやねん。『蜘蛛ですがなにか?』は異世界作品でもエース級やで」

「野球選手で言ったら誰になるん?」

 とカネコさんが尋ねた。

「斉藤和巳」とぼくは答える。

「野球のこと知らんからピンとこうへんわ」

 と彼女が言う。

「サッカー選手で言ったら誰になるん?」

「久保建英」

「サッカーのこと知らんからピンとこうへんわ」

 と彼女が言う。

「それじゃあサッカー選手で言わすなよ」とぼくが言う。

「それじゃあプロレスラーやったら誰になるん?」

「もうええわ。もうええ」とぼく。

「エース級ってわかったけど、……異世界があんまり好きじゃないねんけど」とカネコさんが言う。

「なんで? 異世界面白いやん」とぼくが言う。

「なんで異世界好きなん?」と彼女。

「ココではない別の世界やから」

 とぼくは言った。

「はぁ? わからん。ファンタジーが好きってこと?」

「なんていうんやろうな。……ぼくも異世界に行きたい、って思ってる。それはこの嫌いな場所から離れたいと思うから」

 とぼくは言った。

 異世界系の主人公達は、現世で鬱憤を抱えている。そしてぼくも同じように鬱憤を抱えている。


「北花田好きちゃうん?」

 と彼女が尋ねた。

「嫌いや。ダイヤモンドシティしかないし」

 とぼくは言った。

 学校ではヤンキーの残党みたいな奴がデカい顔をしている。それに勉強ばっかりで、……でも勉強しなくてはココから出ていけないジレンマもあって、やりたい事もロクにできないし、モテないし、なにより息苦しい。大っ嫌い。

 でも全てを言葉に出して言う事はできなかった。


「ダイヤモンドシティ、そんなに嫌い?」

「別にそこまで嫌いちゃうけど、なんかなぁって感じ」

「無印も入ってるし、イオンもあるで」

 と彼女が言う。

「どこでもあるやん」とぼくが言う。

「北花田には友達もいるし、それに」と彼女はぼくを見る。だけど続きを言わなかった。


 彼女には異世界に行く理由がないのだ。

 だから異世界作品が好きになれないのだ。


「ぼくは北花田が大嫌いや。こんや街、大人になったら絶対に離れたる」

「私は好きやけどな。なんばも梅田も一本で行けるねんで。ダイヤモンドシティもあるし、ビグドンもあるし、なんでもあるやん」

 と彼女が言う。

「なんも無いわ」とぼくが言う。

「ヤサグレてるやん。好きな子にフラれた?」

 と彼女。

「こういう気持ちで異世界作品を読んでいただけたら、楽しめると思うんです」とぼくが言った。

 彼女は何かを考えて「OK」と呟いた。


「北花田なんて大嫌い」

 と彼女が言った。

「いいね。異世界作品を楽しもうとしてるね」

 とぼくが言う。

「こんな街、大人になったら離れたる」

 と彼女が言う。

「どんどん異世界作品が面白くなってるよ。その鬱憤が生まれ変わったら別の世界に行って、チートを堪能したいって気持ちになんねん」

 とぼくが言う。

「わからんけど、異世界に行きたいような気がする」

 と彼女が言う。

「生まれ変わって蜘蛛になりました。しかもダンジョンの地下です。周りでは蜘蛛が蜘蛛を食べているオゾマしい景色が広がってる」とぼくが言う。

「なんでやねん。北花田の方が一億倍ええわ」

 と彼女が叫んだ。

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