第3話 君の名は part2

「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい、と女子高生が叫んでいる。田舎に住んでいる女子高生は毎日息苦しさを感じていた」

 とぼくは話し始めた。

「それが片桐さん?」

 と彼女が尋ねてくる。

「そうや。片桐さんはイケメンの男子になりたかってん」

「そういう時代やもんな。ジェンダーレスというか、なんていうか。性癖って人それぞれやもんな」

 ジェンダーレス?

 よくわからない単語がカネコさんから出て来たのでググる。

「何を調べてるんよ?」

 とカネコさんが尋ねる。

「ジェンダーレス」

「そんなんも知らんの?」

「カネコさんは知ってんの?」

「知ってるよ。なんていうか、そのアレ。性の差別は無くそうみたいな」

 と照れながら言う。

 性の差別?

『君の名は』もといい『あの子の名前は片桐さん』のなかにジェンダーレス的な要素ってあったっけ?


 ググった結果、

『女性観にも男性観にもとらわれない衣類、商品、表現。社会性差別の性差のない、またはなくそうとする考え方』

 と書かれている。


「そういう作品やと思って聞くわ」とカネコさん。

「そういう作品やと思って聞かんといて」とぼく。

「続きをどうぞ」

 とカネコさんに促される。

「ある日」

 とぼくは続きを語り出す。

「片桐さんが目覚めると東京に住んでいる高校生男子になっていた」

「早ない?」

 とカネコさんが言い出す。

「何が早いん?」

「性転換するの早ない?」

「性転換なんてしてへんよ」

「でも片桐さんは田舎の女子から、東京の男子になってるやん。めっちゃ性転換してるやん」と彼女が言う。

「入れ替わりやねん」

「入れ替わり?」

「東京の男子と田舎の女子が入れ替わってん」とぼくが言う。

「そういうこと? 入れ替わって生活したらどうなるでしょう的なやつ?」

 とカネコさんが尋ねる。

「違うと思う」

 とぼくが言う。

「わかりにくいなぁ」

 と彼女が言う。

「なんて伝えたらいいんやろう。心だけが入れ替わってる状態やねん」

「はぁ? スピリチュアル的な話なん?」

 どう伝えていいかわからず、「そうや」とぼくが適当に答える。

「とにかく目覚めると片桐さんは高校男子になっててん」

 とぼくが言う。

「片桐さんは男子高校生って完全に思い込んでるわけや」

 とカネコさんが言う。

「いや、たぶん、ちょっとだけニュアンスが違う。体が入れ替わってんねん」

「さっきは心だけが入れ替わってるって言ってたやん」

「心が入れ替わって、体が男子高校生になったっていうか」

「なんやねんそれ。それじゃあ下半身はどうなってんの?」とカネコさん。

「付いてる」

「何が?」

「棒と玉2つ」

 とぼくが言う。

 恥ずかしくて、ぼくの声が小さくなる。

「……やっぱり性転換してるやん」

「違うねん。してへんねん」

「してへんのに? 棒と玉2つが付いてるん? ミステリーがすごいわ」

「ミステリー要素なんて、まだ無いねん」

「謎は全て解けた」

 とカネコさんが言い出す。

 謎なんてものは存在しないのに、カネコさんは謎を解いたらしい。

「来世は東京のイケメン男子にしてくださ〜い、と叫んだ時点の片桐さん。女子高生だと言っていたけど、実は生まれた時から男子で、……女の子がほしかった親御さんが女子として育てたんや。だから、その鬱憤があって高校生男子にしてくださ〜い、って叫んだってことか」

 とカネコさんが真剣な顔をして言った。

「全然、違う」とぼくが言う。

「クソ〜」とカネコさんが悔しがってる。「私、めっちゃ謎解き得意やから自信があったのになぁ」

「解くべき謎はまだない」

 とぼくは言った。

 カネコさんが驚いている。

 驚いたついでにポップコーンを食べている。

 ぼくにも食べさせてくる。

「ほんで?」

 と彼女が続きを促す。


「男子高校生になった片桐さんはイケメン高校生の生活を満喫する。この時点では、片桐さんは片桐さんじゃなくなってるねん。本当に男子高校生になってんねん。夢の世界で男子高校生になってるみたいな感じ」

 とぼくが言う。

「なんや夢オチか。その男子の名前は?」

「名前にえらいこだわるんやな」

「名前が無かったら話がわからんやん」とカネコさん。

 主人公の名前はなんて名前だっけ?

 たしか神木隆之介が声優をやっていたような気がする。

 とうとう主人公の名前が出てこなかった。

「神木隆之介」

 とぼくは答えた。

「俳優やん」

 とカネコさんが驚いている。

「神木君ってそんなに若かったっけ?」

「神木隆之介が高校生の頃の話」とぼくが適当に言う。

「話をまとめると片桐さんが夢の中で神木隆之介になる話ってこと?」

 と彼女が尋ねた。

「そうなるわな」

 とぼくが言う。

 自分自身で喋っている内容がそうなのである。

「ほんで?」

 と彼女が続きを促す。

「神木隆之介になったら芝居のセリフも覚えなアカンし、思っていたより俳優って大変やわ、って片桐さんは思う」

 とぼくが言う。

 神木隆之介に物語が引っ張られている。

 ヤバい、どうにか修正しないと。

「そうやろうな。俳優さんって意外と大変そう。なるんやったらユーチューバーとかの方がよくない?」

「ユーチューバーは大変やで。企画撮影編集を1人でしなアカンし、広告収入も減ってるって聞くし」

「へーー、ユーチューバーもアカンのか?」

「アカンやろうな。まず収益化が難しい。それやったらネット小説の方が収益化しやすいんちゃうん?」

「ネット小説って収益化してるん?」

「単価は安いらしいけど、してるみたいやで」

 とぼくが言う。

「マサトもユーチューバーかネット小説やるん?」

「ぼくはやらん。それやったら起業の方が夢がある」

「なんかしたい事あるん?」

「秘密」とぼくが言う。

「とりあえず起業する前に就職するよ」

「なんでなん?」

「一流のIT起業に就職したら結婚してくれるって言ってた人がおるから」

 とぼくが言う。

 カネコさんから腹パンチをくらう。

「ゴホッ」

 とぼくは咳き込む。

「照れもせずに、そんな事を普通に言うな。アタオカか?」

 とカネコさん。

 アタオカというのは頭がおかしいの略である。

「ごめん。アタオカでした」

 とぼくは言った。


「ほんで物語の続き」

 と彼女が続きを促す。

「えーーっと、どこまで話したっけ?」

「俳優の仕事って意外と大変やな、ってところまで」

 とカネコさん。

『君の名は』もといい『あの子の名前は片桐さん』ってそんな物語だっけ?

「一方その頃」とぼくが言う。「神木隆之介は田舎の女子高生になっていた」

「変な物語すぎるやろう」

 とカネコさんが言う。

「神木龍之介がなった田舎の女子高生っていうのが、片桐さんってわけや」

「田舎の片桐ハイジね」

 とカネコさんが言い出す。

「片桐ハイジじゃないよ。ただの女子高生。ただの片桐さん」

「片桐さんになった神木君はどうなるん?」

「自分のおっぱいを揉む」

 とぼくが言う。

「変態やん」

「男ってそんなもんやと思うで」

「マサトもおっぱい揉みたいん?」

 とカネコさんが尋ねた。

 おっぱい揉みたいん?

 身体中が一気に熱くなる。

 彼女の制服の下にある胸を意識してしまう。


「……男やから」

「何を照れとんねん」

 とカネコさんは言って、ぼくの頬を叩いた。

「神木君はおっぱい揉んでどうするん?」

 とカネコさんが尋ねる。

「驚く」

 とぼくが言う。

「童貞か」

 とカネコさんが言う。

「たぶん、そうなんやろうな」

「お前もな」

 とカネコさんが言う。

 童貞ちゃうし、と言いたかったけど、童貞すぎて反論もできなかった。

「そういうカネコさんだって」

 とぼくが言う。

「私は違うし」

「えっ」とぼく。

 彼女は経験済み?

 中学2年生。ギャル。経験済み。

 ありえる話である。

 だけどぼくは凹んでしまう。

「女は童貞じゃなくて、処女って言うねん」

 と彼女が言った。

 そういうことか。

「なにをホッとしてんねん」

 とカネコさんから腹パンをくらう。

 ゴホッとぼくは咳き込む。

「いや、別に」とぼくが言う。

「ほんで神木君はどうなってん?」

 とカネコさんが尋ねた。


「自分は神木隆之介やと思っているのに、片桐さんって友達に呼ばれる。「えっ、俺って片桐なのか?」と神木龍之介。「君の名は、片桐ハイジよ」と友達に伝えられる」

「しょーもな。記憶喪失じゃなくても名前を指摘される場面があったし、しかも片桐ハイジやったし、しょーもな」

 とカネコさんが言う。

「お終い」

 とぼくが言う。

 そろそろ塾の時間があるのだ。


「どこで3D使うねん」

 と彼女が言って、3Dメガネを外して投げた。

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