赤髪ピアスと赤茶ロングはライブの準備をするらしい。下
ライブの日。制服に着替え、持ちの物のチェックも済ませて、出かける前に洗面台で髪の毛を整える。
普通の人にとってはなんでもない日だが、俺にとっては勝負の日。
まだ違和感は感じるし、不安なんてもーすごいけど、やるべきことだけは決まってる。
今日、校庭でライブする。
用意はした。準備もした。練習は……した。
「完璧だ」
「何が完璧なの?」
後ろから羽実ちゃんに声をかけられ、思わず持っていたヘアアイロンを指に当てる。
「あっつ、なんだ、羽実ちゃんか」
ヘアアイロンを置いて指を流水で流しながら、鏡越しに羽実ちゃんと会話する。
「色々。羽実ちゃんここ使う?」
羽実ちゃんが頷いたので、ヘアアイロンのコードを腕で避けながら羽実ちゃんに鏡の前を譲り、羽実ちゃんの後ろで髪の毛を整える。
「おにいヘルメットかぶるのに意味あるの?」
「ヘアアイロンしとくと、ぺたっとなってもワックスつけると意外とキマる」
「へー」
髪の毛のセットが終わると、ヘアアイロンの電源を切って洗面台の横にかけ、洗面所を離れようとすると、羽実ちゃんに「おにい」と呼び止められる。
「どうかしたの?」
羽実ちゃんは櫛で髪をとかしながら、鏡越しに俺を見て。
「頑張って」
鏡越しの羽実ちゃんはすぐに俺から視線を逸らし、自分の髪に視線を向ける。
眠そうな表情ながら、なんとなくいつもより優しい顔の羽実ちゃんに喜びを感じつつ、それをなるべく隠しながら。
「ありがとう。行ってきます」
水華に渡す用のコスプレ入りのリュックを持って、いつもより早めに学校に向かう。
学校に着くと、今日の確認やその他の用意のために教室には行かず部室に向かい、部室に着くと、すでに水華が作業を進めている。
「おはよう。ずいぶん早いな」
「いつも通りよ。それより早く手伝って」
「ごめんごめん。これ載せればいいか?」
「ええ。あとそれとそれも」
「了解」
水華と協力して、今日使うアンプやスピーカー、それを使う電源など、ある程度大きいものを最初に台車に乗せる。
「よし、これで全部。見た目に反して意外と重い」
「シールドとケーブルはそれぞれすぐにさせる位置で置いておいて、あとは何?」
「エフェクターとかだな。それは乗せとく」
水華が使うエフェクターや、ドラムを流すために必要なパソコンと周辺機器は、アンプの上か縦にして置いて、なんとか台車二代分に抑える。
「あとはギターとベース。これは背負って持って行く」
「これで全部ね」
「だな。じゃあ休み時間とかは多分話せないし、他の確認にいこう」
「問題ってわけじゃないけど、教頭先生が委員会には出ずに学校に残るって言っていたわ」
「マジかよ。まあ俺の説教時間が増えるだけだから問題ない。次」
台車と楽器をドアの横に置いてから、リュックからコスプレ衣装を取り出す。
「これ、言われてたカツラ諸々」
水華に衣装が入った袋を手渡すと、中身を覗いて衣装を取り出す。
「何これ? なにかの……衣装?」
「妹のコスプレ衣装。その服着ているのが水華なんて、クラスの奴ら誰も思わなだろうから、カツラだけよりいいと思って」
水華は衣装を軽く見ると、軽く頷いて袋に戻す。
「そこまで露出はなさそうだし、借りておくわね」
「中に着方の紙とか入っているから、それ見れば簡単に着れる」
「分かった」
「なら次。ルートの最終確認」
水華は椅子に腰掛け、俺は黒板の前に移動して、チョークで今日の予定を書いていく。
「体育は四時限目、それまではいつも通り過ごして、体育になったら行動を開始する」
黒板に簡単に校庭、体育館、部室を書いて、そのほかは適当に曲がり角とかを書いて、そこまでのルートを書いていく。
「うちの学校の体育館は三階。部室、ここは部室棟の一階だから、体育館から抜け出して部室棟へ行く。そしたら部室棟にそって移動して、一気に校庭の真ん中に行ってライブをする」
「終わったら私は逃げればいいのよね」
黒板にライブが終わったあとの水華のルートを書き込む。
「ああ。部室に逃げて着替えたら窓から出て、なに食わぬ顔で野次馬に混ざればいい。そのあとはやって来た先生に俺が怒られて、ゆっくり片付けをする」
チョークを置いて、水華に疑問点はあるのか尋ねる。
「結局ライブを見せて終わりなの? 何か説得とか」
「説得はする。そのあと部室に来てもらって話し合いをする。来てくれるまでライブするとか言っておけば多分来てくれる」
「それはそうでしょうね。毎日名指しでライブをされるなんて、私ならあなたを停学にさせるか、退学にさせるわよ」
自分じゃなくて相手をどかせるのが水華らしいな。ただ、俺は停学にも退学にもなる気はないが。
「自分が辞める選択肢もあるぞ」
水華は椅子に座った状態で、パンツを隠すようにスカートを押さえて足を組み、偉そうに腕を組む。
「なんで迷惑をかけられている私が譲らないといけないの? 迷惑かけた側が譲ればいいこと。だからあなたを停学にするわ」
「なんでだよ!」
「私が迷惑をかけられたらって話。そうじゃないなら退学にはしないわ…………今は」
最後に怖い言葉が聞こえた気がするが、時間もそこそこだし、今回はツッコまずに話を進めることにしよう。
「あとは……」
「次は私ね」
水華はバックからクリアファイルに挟まれた紙を取り出し、俺に手渡す。
俺はファイルを受け取って紙を見ると、表紙に太字で、青春ってなんだっけ? ギタースコア。と書かれている。オリジナル曲のスコア。
「タイトルを決めるって言ったでしょ。それがタイトル。確認を取ろうかと思ったけ
ど、一応歌詞も変えてある。あなたのテイストは残したつもりだけど」
水華は片方の口角を上げ、どう? マシになったでしょ。と言わんばかりの表情を向けてくる。
歌詞を変えたというので中身を確認すると、元は、青春死ね死ね。恋は性欲幻想幻覚。などの言葉が、青春とは免罪符など、数箇所が幾分かマイルドな表現に変更されている。
「歌詞の変更は私の勝手だから、変えたくなかったら変えなくてもいいわよ。原文はあなたが持っているだろうし」
「せっかく水華が考えてくれたわけだし、今回はこっち歌う。ありがとな」
「別に。覚えられそう?」
もう一度歌詞の変更部分を見直すと、二のAメロBメロ、サビ終わりの曲の後半の部分、以外は単語の変更しかされていないから、あと数時間あればいけるな。
「覚えられる。高校に入ってから俺のこと入学ギターとか、あいつ赤髪の癖にいつも一人だよな、とか言った奴のこと覚えているくらいには記憶力良いし」
「優秀で悲しい記憶力ね。でも今回はその記憶力を活かして覚えて」
「でも、まあ」
「何か問題でも?」
「問題じゃなくて、LIMNでも良かったのに、当日にこんな渡し方してくるってことは、歌詞もタイトルもそれなりに悩んだんだな〜と思ってさ」
俺の小馬鹿にしたような言い方に、水華は眉をしかめ、それでいて恥ずかしそうな表情を見せる。
「別に悩んでないけど、まあそうね。せっかくあなたが考えた歌詞と曲だし、あまりにも酷いと可哀想に思ったから少し考えてあげたわよ。少しだけどね」
「分かった分かった、少しなんだな。分かったから」
「なぜ私がなだめられている感じなのかしら?」
「タイトルだけ太字」
俺が馬鹿にした笑みを浮かべると、水華は流石にイラついたのか、冷たい視線を向けてくる。
「あ、そろそろ時間だし、曲の確認はこれで終わりにしよう」
「賢明ね」
「じゃあ先どうぞ、俺はあとから教室行くから。ライブ頼んだぞ」
「待って。こないだ姉にあなたのこと話したら、これを渡せって」
水華はポケットから一枚の手紙を取り出し、俺に手渡す。手紙には。
「人間、一度決めたことを変えるのは難しい。簡単にそれを変える方法はある。それはその人が望んでいること。何かしらの事情で諦めたことだったり、無理だったことを誘われて、できるようになった時、それは簡単に変わる。でも、それが無理だったなら、他の方法を探してみたらいいと思う。関連して、近いもの。案外色々あるからね。PS水華ちゃんは押してもそこまで靡かないから、適度なところで引いてみるといいかもね。あくまで健全に。君に興味が出たから、今度会いましょう。挨拶はその時に」
水華の落とし方は置いておいて。近いもの……か。
手紙を読み終わると、水華が内容を聞いてくる。
「なんかアドバイス。お礼言っておいてくれ」
「ええ、分かった。そろそろ時間ね。またあとで」
水華は部室を出ていく。水華が出て行ってから五分くらい経ってから、持ってきた書類やスティックなどを部室に置いて、俺も教室に向かう。
教室に入ると、誰も体育の時間にライブが行われるなんて思っていない、いつも通りのクラス。
俺はいつも通り座って、いつも通りボッチで、いつも通り小さく手を振ってくる凛にときめきながら、いつも通り退屈でめんどくさい授業を受ける。
「はい! と言うわけで、ちょっと早いけど今日の授業は終わりです。えー廊下に出るのはチャイムがなってからだけど……次は体育だよね……じゃあ女子は更衣室に行って良いです。その代わり騒がす移動してください。先生も君たちに小学生に注意するみたいに言いたくないから、騒がず移動して着替えてください」
三限目の授業が終わり、ライブ予定の四時限目。
先生が教室から出ていくと同時に、女子も教室を出て更衣室に向かい、男子は教室で着替え始める。
何でジェンダーいわれているこの時代に、男子だけ外から覗ける教室なんだよ。納得いかん。
適当なことを考えながら着替え、体育館に行き授業を受ける。
「はーい。知っての通りだと思うけど、今日は体育の先生がいないので、私が代わりに授業をします。じゃあまずは準備運動からね」
誰が行くのかまで調べてなかったが、どうやら会議には体育の先生も行っているらしい、うちの学校は女性比率が高いが、体育の先生は男性。ちなみに最近結婚して新婚ラブラブらしい。
まあそれは良いとして、体育の先生がいないなら俺としても幸運。ライブを止められる確率が減ったし、代理の先生が授業をするなら、俺と水華がいなくても気にしないだろう。
「体育の先生から、バスケットボールをやってほしいって言われたので、今日はバスケをします。先生バスケ漫画は読んだことあるけど、できればバスケ部の人が教えてあげてください。それじゃあ、えーっと。服を脱いでも筋肉見てもステータスはわからないので、自由に練習して、時間になったら軽い試合をします。それで良いですか?」
先生の問いに、生徒数人が「はい!」と答え、男バス二人と、女バス二人が教えながら授業をすることになった。
「じゃあ何人かでグループ作ってもらって、女子は私たちが、男子はそっちが移動しながら練習見るってことで良いよね」
女バスの子に聞かれ、男バス二人は「いいよ」と頷く。
俺は余ったグループから誘われないかと期待しながら待っていたが、なんか勝手にグループが決まって、なんか勝手に練習が始まったので、そそくさと体育館の隅っこに移動すする。
一方相変わらず水華は人気で、特に自分から誘わずともグループに入れてもらって練習を始めている。
「水華ちゃん上手! 中学の時にやってたりしたの?」
「小学生の時にアメリカで姉に教わったの」
「アメリカ、流石水華ちゃん」
「水華さんパス、あ」
水華の取り巻……友達がパスミスしたボールが俺の足元に転がってくる。
「ごめんなさい」
「大丈夫。拾ってくるわね」
「え、でも、あの人って入学」
「水華ちゃんあぶないよ」
何でわざわざ内緒話の感じ出しながら、思いっきり聞こえる声量で話すのか謎だけど、俺はボールを投げ返した方がいいのか、待っていればいいのか、どっちなんだ。
「彼だっていきなり殴ってきたりはしないと思うわよ。そうならとっくに退学になっているはず」
「そうだけど……目つきと髪が怖いから」
「大丈夫。私がとってくるから」
水華が小走りで俺の元に駆け寄ってくる。
俺は後ろの女子には聞こえないように気をつけた声量で話しかける。
「だいぶメンタルきたんだか」
「目つきと髪はともかく、言動はどうにかしたら? 少しはマシなになると思うわよ。フレンドリーに話しかけるとか、バスケで活躍するとか」
「それができたらすでにあっちのグループで一緒に練習してる」
「それはそうね。そろそろ行くわ。あなたと話していたら、よくない噂が広がりそうだし」
「だな。練習試合するって言ってたから、俺は試合に出ずに部室に行く。適当に時間見て来てくれ」
水華は頷き、ボールを持って心配そうにこっちを見ている女子たちの元に戻っていく。
「水華さん大丈夫?」
「ええ。続きをしましょう」
その後も体育館の端っこで寂しく座ったり、ボールを指で回したりしていると、先生が号令をかけ、練習試合を始めると言い出したので、グループ決めの時にさりげなく体育館をあとにしようとする。
「ちょっと待って、そこの赤い髪の子」
もう少しで出口というところで、先生に呼び止められる。
やばい。呼び止められてグループに入れられたら、なんだかんだで試合に出ないといけないし、出なくても男子はボードとか、ボール係とかやらされて時間がなくなる。
「なんですか。急いでるんですけど」
「え、ごめんなさい。水飲みに行くなら体育倉庫からボードを持って来てもらいたくて」
良かったーなら早くボードを渡して逃げよう。
「分かりました」
「うん。お願いね」
素早く体育倉庫にある得点ボードを体育館の真ん中の壁際に配置した。
「ありがとう。えーと……ギターの子よね。名前は…………」
「虎夜です」
「虎夜くんね。虎夜くんのグループはあそこだから」
「え」
「あそこのバスケ部の子がいるグループ。あの二人と、黒い眼鏡の子二人がメンバーだから」
嘘だろ! なんでグループが決まってるんだよ! 俺一言も言われてないし、誘われてない!
「あのグループって」
「あれ、もう決まってた?」
「決まってないですけど」
「ならそこのグループでお願いね。三個のグループでそれぞれするから」
「先生ちょっとー」
女子の一人が先生を呼ぶ。
「じゃあよろしくね」
「え、あ、ちょ」
先生は俺を無視して行ってしまう。
女子三、男子三の、計六グループが作られ、男子は男子と、女子は女子と試合する対戦形式。
残された俺は必死に打開策を考えるが、どう考えても不可能。
水華は試合を終えてからじゃないと友達と別れられないし、こっそり抜け出しても試合に出ていないと流石にバレるかもだし、グループのメンバーがある程度俺のことを見張っているから、なにも言わずに向け出すのは無理。
マジどうする俺!
「じゃあ最初の試合始めるよー最初は女子からねー」
最初の試合が始まる。とりあえず俺と水華が早く終わるように祈る。様子を見ながら運任せ作戦開始。
「コート入ってじゃんけんして。バスケ部は悪いけど本気出さないでね」
バスケ部がいるグループと水華のグループはコートに入り、それぞれ何となく決めたリーダーがじゃんけん。負けた方はビブスを着る。
「時間は六分。ボール上に投げるから、それでスタートしてね。行くよ!」
先生がボールを上に上げ、背が高い二人がボールを取り合い、バスケ部チームが先行でゲームを開始する。
「水華さんパス!」
「二人はそっち、パスしたらシュートしてもいいし私に戻してもいい」
「わかった」
「はい!」
水華は流石の運動神経で動き回り、いきなり三点シュートを決める。
「水華ちゃんすご!」
「今回はまぐれ」
「それでもすごいよー」
「ありがとう。戻って守りしましょう」
その後、基本守りに徹していたバスケ部の反撃もあって途中逆転され、バスケ部相手に一点失点で試合を終える。
「次男子、バスケ部のチームと運動部が多いチーム」
先生はさっきと同じ手順でビブスなどを決め、試合が始まる。
「女子と同じで俺ら攻撃はあんましないから、三人で攻撃してくれ」
「バスケ部の本気見せたかったのになー」
「後半ピンチだったらな。じゃあ虎夜くんパス!」
バスケ部の爽やか青年に虎夜くんって呼ばれてなんか嬉しいが、今はパスされたからとりあえず近くの眼鏡くんにパスをする。
受け取った眼鏡くんは意外といい動きで相手を躱し、二回ほど外してゴールする。
「ナイス!」
「いい動きしてんじゃん。動けるオタクってやつ? ダンスのやつとか上手いでしょ」
「え、ああ。まあ一応こいつと一緒によくやってます」
「まあ、普通ですけど」
「やっぱそうじゃん。流石だわー」
「おい、そろそろ攻撃くるぞ」
その後も眼鏡くん二人はバスケ部のサポートを受けて活躍し、俺はひたすら相手を威嚇、相手が勝手に威嚇されているだけだが、ボールを奪ってバスケ部にパスを繰り返し、六点リードで終了する。
試合が終わるとすぐに人がいない端っこに移動して、試合を観戦する。
「なら次は女子ねーさっきやってないチームと、負けたチームでやって」
先生の発言で、俺の運任せ作戦が完璧に不可能になった。
俺らのチームは勝ったから多分最後。水華は負けたからこれで終わり。俺は間に合わない。
適当なこと言って抜けられはするが、その場合水華が抜け出しづらくなる可能性が高くなる。水華に迷惑がかかるのはまずい。どうする。
俺が考えている間に試合が始まり、水華が俺の近くに来るたびに、アイコンタクトをしてくる。
多分水華も気づいて、どうするのかってことだと思うが、正直思いつかない。
俺も思いつかないながらも色々考えているが、時間は待ってくれず、試合は中盤に差し掛かる。
「パス! あ」
水華のチームの一人がミスをし、俺の方にボールが転がってくる。
「どうする気なの? もう一回ボールを飛ばすから、その時にどうするか言って」
水華は小声でそう言うと、すぐにボールを取って試合に戻る。
考え、考えって言われても、あークソ! 俺は今だけ主人公。アニメとかラノベの
主人公ならどう切り抜ける。俺は今だけ主人公。イキリ陰キャの主人公。考えろ、水華が来るまでに何か思いつけ俺! 俺が主人公なら!
その時、俺の中に言葉が思い浮かぶ、自己犠牲。陰キャ物の主人公は自己犠牲をしてなんとかする。それだ、その手があった。俺はやりたくない。やりたくないが、今だけ主人公。
水華がわざとボールを飛ばし、俺の近くにボールを拾いに来る。
「思いついた。水華は俺と真逆の位置に注意を引きつけてくれ」
「分かった」
水華がボールを拾ってコートに戻ると、試合が再開して一分も経たないうちに俺が立っている場所とは真逆の位置にボールを投げ、試合を見ていた人たちの注意が引きつけられた。
俺はその一瞬の隙に、ボールを近くの壁に勢いよく投げつけ、反動で帰って来たボールを顔面でキャッチする。
「ぶふぁ! う、あ、う」
俺の鼻から盛大に血が流れ、今度は俺の方に注意が向く。
「と、虎夜くん大丈夫!」
「大丈夫です。保健室行って来ます」
鼻の衝撃を我慢しながら、駆けつけた先生をクールにあしらい、颯爽と体育館を抜け、保健室には行かずに部室に向かう。
いっつ! あーなんで! やっぱ主人公の気持ちなんてわからん! 二度と、二度と自分に利益がない犠牲はしたくない。ゲリラライブがやれるメリットを抜きにしても、これはマイナスな気がする。
部室に着くと、我慢していたことを吐き出しながら鼻にティッシュを詰め、手を洗って水華を待つ。
数分すると、水華が走って部室にやって来た。
「あなた馬鹿なの?」
「仕方ないだろ、これが一番いい選択だったんだよ」
「普通にトイレ行くとかでも良かったでしょ」
「あんまり長いと、大の方と勘違いされたら恥ずかしいし」
「小学生じゃあるまいし」
「いいだろ! てか早くしよう、時間がない」
水華は着替え、俺は台車を部室等の外に出していく。
「こっち見ないでくれる」
台車を外に出しを終わると、制服をはだけさせた水華が、咄嗟にブレザーで前を隠して俺を睨みつけてくる。
「ご、ごめん。着替え終わったら呼んでくれ」
急いで部室を出て廊下で待機していると、三分も経たないうちに水華からお呼びがかかる。
「ちょっと、これはどういうこと」
部室に入ると、髪は赤に近いピンク。アイドルのようなフリフリの衣装に、短いスカート姿の水華が、恥ずかしそうに顔を赤らめ、スカートの部分を伸ばしながら前屈みで俺を睨みつける。
「マスクしたらマジで誰かわからないな。でもなんでそんなに睨んで」
「スカート丈が短すぎるわよ! なんでこんなに短いものを用意したの、これじゃあ前屈みにしたら後ろが丸見えだし、後ろ守ったら前が………………」
俺の脳は一瞬停止したのち、すぐにフル稼働して羽実ちゃんの言葉を思い出す。
「水華って身長何センチ?」
「百六十センチ」
そういえばスタジオに行く以外で立った水華を見ることってほとんどなかったな。ギター持ってるとバランスが分かりずらいし、足が長いから座高の時と違いすぎた。
「なるほど。ごめん」
「あなたねえ!」
「ごめん! 元々ミニなのに、それを水華が着たらそうなるよね。えーと代わりの、あー時間が」
時計を見ると授業終了十分前、体育は着替えがあるから通常より早く終わってしまう。
「これを着て外には出られないわよ! まるで痴女じゃない!」
思いっきり痴女だよ。ドスケベ女だよ。
「でもそれしか」
「なにか、腰に巻けるものとかないの」
「そんなのカーテンくらいしかない」
「カーテンは無理よ、取るのにもっと時間がかかる」
「なら、あーえっと……折衷案で、俺が着るってことでどうだ!」
一瞬の沈黙の後、水華がジト目で俺を見つめてくる。
「本気で言っているの」
「無理……だよな。知ってた。じゃあ、えっと………………」
「あーもう! 分かったわよ! これで出ればいいんでしょ」
「それで出るのか!」
「時間がないから仕方ないでしょ。今から着替えてライブしたら、お昼休みになって私が逃げられなくなるかもしれないし」
「確かに。なら早くしよう」
「言っておくけど、下着見たら許さないわよ」
「分かってるよ」
黒のレースにフリルが付いた、高級感あふれる下着をバリバリ見ながら、水華と台車を押して校庭の中心まで移動して、バレないうちにセッティングを終える。
「アンプよし。チューニングよし。ドラムの音源よし。こっちは問題なし」
「こっちも問題ない。初めていいわよ」
「始めるぞ。俺らのライブを!」
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