赤髪ピアスと赤茶ロングはライブの準備をするらしい。中

 次の日は水華に部活を休むと伝えたので、授業も聞かずにひたすら水華からおすすめしてもらった心理学の本を読む。


 心理学の知識を身につけ、次の日。


 先生の話を右から左に流し聞きながら、リュックの中身を机に入れて、リュックを空にする。


「来週は校長と教頭に先生数人が用事でいないから自習が多いよ。学校側でもプリントを出すけど、個人でやるテキストがあったらそれを持ってきてやっても良い。あくまで自習だから、漫画とかゲームは禁止だからね。それじゃあ今日はおしまい。さよなら〜」


 先生がさよならと言った途端、俺は素早く教室から飛び出し、まだ生徒が出ていない廊下を全力ダッシュで駆け抜けて駐輪場に向かう。


 駐輪場に着くと、スポーツタイプのヘルメットを装着して、駅付近にあるスイーツ店を回る。


 有名チェーンのドーナツ数個に、ケーキ屋さんのいちごケーキとチョコケーキ。別のケーキ屋のスフレとモンブランに、色鮮やかなマカロン。女子が好きそうなスイーツをリュックぎりぎりまで詰め込み、形が崩れないように素早く慎重に学校に戻る。


 学校に戻ると、ケーキを買ったことが先生にバレないよう、遠回りして慎重に部室に向かう。


「今日は遅かったわね。来ないのかと思った」


 部室には、いつもながら水華が早く来て練習している。


「ちょっと予定があってな。それよりスイーツ買ってきたんだけど、一緒に食べないか?」


「どうしたの急に?」


「色々あったしどうかなと思って。もちろん俺の奢り」


 水華はまんざらでもなさそうにギターを横に置いて、スコアをどかして譜面台を垂直に調節してテーブル代わりにする。


「どうしてもというならいただくわ」


「良かった。じゃあ選んでくれ」


 リュックから大量のスイーツを取り出し、水華に見せる。


「随分買ったのね……食べ切れるかしら」


「食べきれなかったら持って帰ればいいだろ。明日とかなら部室の冷蔵庫にでも入れとけばいいし」


「確かにそうね。じゃあどれにしようかしら」


 水華は嬉しそうに箱を開けながら中身を確認し、箱の中身を見比べている。


「教室に置いてきた紙皿とか取ってくる。俺は余ったのでいいから、他に食べたい候補も選んでいてくれ」


「ええ、分かったわ」


 心なしか幼く見える水華を見てから、急いで教室に行ってリュックから出した物を持って部室に戻る。


「お待たせ。これ紙皿とフォーク。何食べるか決まったか?」


「ちょっと待って、今ドラフトしているから」


 女子はスイーツ好き。とかいう、いかにも陰キャが考えそうな理論でスイーツを買ってきたのだが、水華は想像以上にスイーツ好きみたいだ。


「お、おお。コーヒー飲む?」


「飲む」


 真剣にスイーツを選ぶ水華を横目に、俺は持ってきたドリップコーヒーセットでコーヒーを入れ始める。


「用意がいいわね。結構重そうだけど、いつも持ってきているの?」


「これは今日だけ。あとそんな重くない。ドリッパーは畳めるやつだし、これも金属だけど薄いから」


「便利ね」


 円錐型のドリッパーにペーパーをセットして、粉を入れ、蒸らしながらゆっくりと淹れていく。


 七割くらいまで入れ終わる頃には、コーヒーのいい香りが部屋中に充満する。


「これにするわ」


 水華はやっと最初に食べるスイーツを決めたのか、自分の譜面台を平面上にして、その上にチョコケーキとドーナツ二つを乗せると、いつも俺が使っている譜面台にモンブランを乗せ、それ以外のスイーツと保冷剤を冷蔵庫に入れ、スイーツが入っていた箱を綺麗に畳む。


「いい匂いね。落ち着く香り」


「コーヒー好きなのか?」


「家ではエスプレッソマシンがあるから、アメリカーノはよく飲むわね」


「エスプレッソにお湯加えるやつか」


「ええ。だからドリップは久々」


 水華と少し話しているうちにコーヒーが落ちきり、持ってきたカップに注いで水華に渡す。


「ありがとう。じゃあいただくわね」


 水華はコーヒーを一口飲むと、落ち着いた様子で小さく息を吐く。


 水華はカップを置いてからチョコケーキを口に入れると、俺と出会ってから一番幸せそうな笑顔を見せる。


「美味しいわ。すごく美味しい」


「それは良かった。どんどん食べてくれ」


 水華はケーキを二口食べるとコーヒーを飲み、今度はドーナツを食べ比べるように交互に食べる。


「こっちも美味しい。ココナッツの食感とチョコの相性がとってもいい」


 その後も水華は嬉しそうな表情を浮かべながらケーキとドーナツを食べ進め、俺もモンブランを食べ進める。


 水華がスイーツを半分くらいまで食べ進めたのを見計らって、俺は水華に話しかける。


「ケーキとドーナツは美味しいか」


「ええ。すごく美味しいわ」


「そうか。なら良かった………………ところで」


 俺はさも当然に、なんでもないかのように普通に言う。


「俺と一緒にゲリラライブやらないか」


 水華は持っていたフォークを一旦止め、俺の方にゆっくり向き直す。


「もう一回言ってもらえる」


「俺とゲリラライブやらないか」


「それは……文化祭で?」


「来週。通常授業の何でもない日の校庭。ほら、来週の初めは他の学校に会議に行くとかで、校長も教頭もいないし、先生の数も少ないらいし。居てもやるつもりだったけど、これはもうライブしていいよって言ってるようなものだろ」


「言ってないわよ」


「だから俺と授業中にライブ」


 水華は授業中と言ったところで「いや」と言ってケーキを食べる。


「そのケーキ美味しいか」


「美味しいわ」


「俺に何かお返ししたいとか思わないか」


「思わないわ」


 水華に提案をバッサリ切られ心に少し傷を負ったが、俺はさらに攻撃を仕掛ける。


「この部屋コーヒーのいい香りするな」


「コーヒーを淹れたら香りくらいするわよ」


「俺に説得されたくなったり」


「しないわ」


 なぜだ! 本に書いてあったことをしても水華が全然乗ってくれない。


「あのー本当に説得されたくなったり、俺にお返し、返報したくなったりしない?」


 水華は何か納得したのか、フフと鼻で笑いながら軽く頷く。


「あなた心理学の本を読んだのね」


 水華のズバリな指摘に、無言で水華から目を背ける。


「心理学はあくまで統計をとったもので多かった結果をまとめているだけで、全人類に効果があるとは限らない。だから返報性のテクニックを使っても、コーヒーの香りを嗅ぐと説得されやすくなるとしても、私がそれを受けるかはわからないわよ」


「でも、えっと……」


 水華に完全論破されグーの根も出ないので、黙ってケーキを食べ進めていると、水華が短いため息を吐き、フォークを置いてから俺の方を向く。


「でもまあ、あなたがわざわざ心理学を学んで、安くもないスイーツを買ってきてまでのことなら、これを食べ終わってからなら話くらいは聞いてあげる」


「本当か!」


「ええ。コーヒーの香りと返報性に、食事中は説得されやすいことに免じてね」


 俺と水華の両方がケーキを食べ終わり、使った紙皿とフォークを片付けたあと、水華は冷蔵庫からマカロンを二つ出して新しい紙皿に置き、紙皿をテーブル代わりの譜面台に置いたあと、マカロンを一口食べてから話を始める。


「話を聞かせてもらおうかしら」


「まだ食べるのか。まあいいけど」


「早く」


「お、おお。さっきも言ったけど、俺とゲリラライブをしてほしい」


「ライブをする目的と必要性を教えて」


「目的は麗花の説得する為。必要性は特別なイベントを作って、きっかけを与える為」


「目的はそうでしょうけど、特別なイベントときっかけっていうのは?」


「行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命

が変わる」


「哲学者ジェームズの言葉ね。それがどう関係しているの?」


 俺は黒板にさっき言った言葉を書き記す。


「この人はこう言っているけど、そもそも習慣を変えようとして行動する時って、何かしらきっかけがあると思うんだよ。ダイエットなら体重計に乗るとか、誰かに言われたとか」


「確かにそうね。私があなたにギターを教わろうと思ったのも、あなたの入学ギターを聴いたからだし」


「だろ。だから行動の前にはきっかけがあるはず。だからこの文章は正確には」

 黒板の、行動が変われば習慣が変わる。の前に、きっかけを得れば行動が変わる。と書き加える。


「まずは何かしらきっかけを得なければいけない。だけどきっかけは簡単には来ないし、来たとしても気づかないこともある」


「だから私たちから絶対に気がついて、大きなきっかけを提供する」


「そうゆうこと。チャンスの神様は育毛してくれないからな」


「前髪しかないと言いたいわけね」


「ネタを解説しないで欲しかったが。それで、俺とライブしてくれるか」


 水華は一瞬の沈黙のあと、ニヤッと片方の口角を軽くあげる。


「ええ。一緒にライブに出てあげる」


 俺が喜びの声をあげる前に、水華は「だたし」と付け加え、俺は喜びを一旦引っ込め、緊張を持ちながら水華の言葉を待つ。


「曲は初心者用の簡単な曲。私はマスクとサングラスと帽子と、髪を隠せる物……カツラとかをつけてライブをする。これが条件よ」

 

 水華の条件に、俺は引っ込めていた喜びを解放すると、思わず水華の手を握る。


「それでいい! ありがとなマジで!」


「文化祭の前の予行練習だと思えばいいし。それと、まだそこまで許した覚えはないけど」


 水華は視線と仕草で手の方に注目を向け、俺に握っている水華の手を離す。


「お、おお、ごめん。テンション上がっちゃって」


「別にいいわ。あとは……あなたカツラって持っている?」


「妹のでよければ持っている。帰ったら貸してもらえるか聞いておく」


「よろしく。曲は決まったら早めに教えて。あとは……」


 水華が話題を変える前に、俺は持ってきたファイルからスコアを取り出して水華に渡す。


「これは……何の曲?」


「俺が何ヶ月か前に作ったオリジナル曲」


 水華はスコアを流し見すると、微妙な表情で俺にスコアを返してくる。


「俺のオリ曲だけど……だめ?」


「簡単すぎるわ。これだと他の楽器も単調にしないとギターが弱い。書き直して」


「この曲はリズム隊。ドラムとベースが輝く曲だから、これが簡単ですぐに覚えられる最適な曲だろ。ギター初めて一ヶ月でもギリ弾けるように作った」


 水華に再びスコアを渡すと、考えるようにじっとスコアを見つめ始める。


「Aメロが、そうするとサビが弱い。でもそうね。この曲のBPMは?」


「百六十五くらい」


「それなら、そうね」


 水華はスコアを見終わると、自分のリュックからペンを取り出し、スコアに何箇所か書き込んで俺に渡してくる。


「今回はギターが主役じゃないことは理解しているから、せめて今書いたBメロとイントロの部分だけでも直して」


「分かった。直して今日中に送る」


「あなたはドラム? それともベースにするの?」


「俺はベースボーカルで、ドラムは打ち込み……DTMを使う。臨場感とライブ感はないけど、そこは仕方ない。もうできてるけど今聴くか? あとで送っとくけど」


「聴かせて」


 自分のスマホから圧縮転送しておいた、青春アンチ曲BPM百六十五、ドラム音源。と書かれたファイルを再生する。


 曲はエイトビートを軸にクラッシュシンバルとタムを少しだけ使う。


 エイトビートがちゃんと打てる人なら、誰でもできるくらい簡単に作ってある。というかそれしか作れなかったのだが。


 ちなみにエイトビートは、タ、タ、パ、タ、タ、タ、パ、タ。といった感じのリズムのやつ。


 曲の再生が終わると、緊張を感じながら水華に感想を聞いてみる。


「ドラムのことはわからないけど、サビの前と後ろが特に盛り上がる感じで、足りないとも感じない。いいと思う、タイトルはダサいけど」


「タイトルは仮だからあとで変えていい。なんなら水華がつけてもいいけど」


「考えておくわ。安心して、きちんとあなたのテイストは残すから」


 別に俺のテイストは残さなくてもいいんだが、まあいい。


「頼んだ」


「あと確認することは…………」


「日程時間はあとで連絡する。スコアと音源も送っておく。機材は俺が用意して当日移動。変装用の道具は当日にでも持ってくる」


「了解したわ」


「じゃあ今日は解散。帰ってスコアを直す」


「私も帰るわ。スイーツごちそうさま」


 水華が話しながら食べていたマカロンの最後の一欠片を、名残惜しそうに口に入れるのを見届けてから部室をあとにした。


 家に帰ると、リビングで水華に言われたスコアを直し、直し終わると音源や日程などの細かい内容と共にLIMNで送る。


 水華「確認しました」


 水華「こちらで構いません」

 といった事務的な返信が届き、俺もいつもより事務的な返答でさらっと話を終えた。


「ただいまー」


 LIMNで会話を終えた直後、タイミングよく羽実ちゃんが帰ってきた。

 帰ってくるとすぐにリビングのドアを開き、持っているスクールバックを俺が座っていることなんてお構いなしに放り投げ、持っている袋からお菓子とジュースをテーブルに並べる。


「バック投げると危ないし、最近お菓子食べ過ぎだと思う」


「ちゃんと運動してるからいいの」


 そういう問題じゃないと思うけど、若いうちだけだからまあいいか。


「おにいどいて」


「ごめん」


 すぐに横にずれて、羽実ちゃんにテレビが一番よく見える位置を譲ると、羽実ちゃんは譲った場所に座り、お菓子用の箸を使ってお菓子を食べながらテレビをつける。


「羽実ちゃんってカツラ持ってたよね」


「持ってるけど、なに? おにいがかぶるの?」


 羽実はジト目で俺を見ながら、軽く舌を出して「うえ」と気持ち悪そうな声を出す。


「違う。知り合いが使うから貸してほしい。ちなみに可愛い女の子」


 羽実ちゃんはわざとらしく驚いた表情見せる。


「おにいに彩花以外に可愛い女の子の知り合いがいるなんて、信じらんない!」


「信じらんなくても本当。訳あってその子が仮装することになったから貸してほしい」


「おにいの話が本当なら別に貸すけど、どうせならコスプレ衣装も持ってく」


「コスプレって、この前買ったやつ?」


「うん。ミニスカだけど上半身の露出は少ないし、特殊な装飾がないから着やすいと思うから、コスプレしたことない人でもおすすめ」

 確かにコスプレした方がより分かりにくいよな。水華がコスプレってのも意外だし、より変装ポイントが増す気がする。


「おすすめなら貸してもら、あ、サイズとかって」


「私の身長でジャスとかちょい小さいくらい」


 羽実ちゃんの身長は百五十センチ。水華はスレンダーサイズで、身長は……大体一緒だろ、多分。


「そこまでガチじゃないから大丈夫だと思う。来週までにお願い」


「はーい」


 話が終わったので、自分の部屋に戻ろうと立ち上がると、立ち上がった俺の服の裾を羽実ちゃんが引っ張り、俺は倒れるようにソファに座らされる。


「ちょっと待って」


「待ってって言ってから引っ張って。てか引っ張らないでくれ」


「はいはい。それでなんだけど、おにい彩花に何かした?」


「なにかってなに?」


 俺はなんでもないような、さも当然と言った表情で聞き返す。


「ん〜なんか彩花がおにいのこと聞いてくるから、なんかあったのかと思って」


「彩花ちゃんと何かあったって言うか。麗花のことでちょっと話しただけ。ほら、同じ学校だし」


「ふ〜んなら別にいいけど」


 羽実ちゃんはテレビの方に視線を向けながら、冷たさを感じる声色で。


「彩花にないかしたら許さないから」


 ここ数日で色々あったし、直接事情を知らなくても、彩花ちゃんといつも一緒なら雰囲気でそれを感じるはず。ここ数日の彩花ちゃんを見て、羽実ちゃんなりに彩花ちゃんが心配なのだろう。


 俺は羽実ちゃんの頭に手を乗せ、ゆっくり頭を撫でる。


「羽実ちゃんは優しいな」


「急にどうしたの?」


「別に。ただ羽実ちゃんはいい子だなと思っただけだ」


 羽実ちゃんは照れているのか、俺とギリギリ視線が合わないくらい振り返り「そう」と言って顔を戻し、俺はさらに羽実ちゃんの頭を撫でる。


「じゃ早く手どけて。そういうのやっていいのはイケメンだけ。おにいじゃ無理」


「え、ひどくね」


「だって事実だもん。まあ不快感はないからまだいいけど、他の女子にしたりすると

マジキモイから気をつけて」


「あ、はい」


 謎に傷つけられたあとにフォローされ、ダメ人間に貢ぐ人の心理が少し分かった気になりながら、やっぱりショックで自室に戻ってふてねした。


 それから数日間、彩花ちゃんに追加の情報と書類。ライブのための用意とスタジオでの練習に、ちょいちょい文句をつけてくる水華の言葉にダメージを受けながら、ライブ決行日を迎えた。

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