金髪ポニーはにゃんにゃん可愛いメイドらしい。下

 メイドさんが開けてくれたドアを通って外に出る。


「奢ってくれてありがとうございます」


「おにい、奢ってくれてありがとー」


 二人のお礼に、貢ぎの快楽というものの恐ろしさを感じつつ、それでも今は二人の笑顔に幸せ感じる。


「オムライスも美味しかったですし、ライブも楽しかったです」


「チェキも初めて撮ったけど楽しいし可愛い。おにいはちょっと気持ち悪かったけど」


「気持ち悪い言うな。初めてだし距離近いしで緊張してたんだよ。次からはドヤ顔でも撮れる」


「それはそれで気持ち悪い」


「赤髪のご主人様!」


 不意に名前を呼ばれて振り返ると、金髪のメイドさんが俺の財布を持って俺らの元に駆け寄ってくる。


 財布を仕舞った場所を探すが財布がないので、店に忘れたらしい。


「すみません。ありがとうございます」


 俺はメイドさんに手を伸ばし、財布を渡してくれるのを待つ。


「これ、お忘れ物で……す……にゃ……んであんたが……」


 あんたがと言う言葉に違和感を感じ、金髪のメイドさんの顔をしっかり確認すると、俺に財布を届けてくれた金髪のメイドさんは、メイド服に猫耳をつけた麗花にとても似ている。


 麗花? あれ、麗花って誰だっけ? ギャルのこと、違う、ギャルはメイド服なんか着ないだろ。着てもふざけて文化祭とかだけだ。じゃあ目の前の人は誰だ? 麗花と同じ見た目の他人? 双子の可能性もある。あれ、よくわかんなくなってきた? 


「お姉ちゃん!」


 彩花ちゃんから発せられた言葉は、俺の脳をさらに混乱させる。


 麗花が彩花ちゃんのお姉さん? あのメルヘンな感じと噂のお姉さんが麗花……ありえない! 俺の脳は状況を処理できず、無言でその場に立ち尽くす。


「彩花……」


 麗花も俺と同じように混乱しているのか、目を見開いて驚いた様子で俺と彩花ちゃんを見比べるように視線を移し続けている。


「やっと会えた。お店の中を探してもいないから、シフト間違えちゃったんじゃないかないかと思ったよ。そうだ、紹介するね。こっちが友達の羽実で、こっちの赤髪の人がお兄さん」


「初めまして! 羽実です。ほらおにい、挨拶とお財布。おにいどうしたの? 大丈夫?」


 羽実ちゃんの言葉で俺は冷静さを取り戻し、落ち着いて簡単に状況を確認する。


 帰り道、忘れ物、メイド服、麗花、働いている。よし、確認終わり。


「だ、大丈夫。理解した」


「それなら早くお財布受け取ったら?」


「あ、ああ、そうだな。財布、ありがとう」


 俺が財布を受け取ろうと、一歩進んで手を伸ばすと、麗花はビクッと体を震わせてから俺に財布を差し出し、俺が財布を受け取ると同時に、麗花は俺の手首を掴む。


「え、ちょ、手」


「あんた、その……本物だよね」


「いや……その……まあ本物だな」


 麗花は掴んでいる手をプルプル振るわせながら、顔を真っ赤にして、小声で何か呟いている。


「なんて言った?」


「なんで……なんで……なんであんたがメイド喫茶に来てるよ!」


 麗花の声に、周りにいる野次馬数人が俺らのいる方に視線を向けてくる。


「ちょ、声でかい! あと手、お触り禁止なはず」


「あ」


 麗花は俺の腕から手を離すが、相変わらず顔は赤い。


「あれ? お姉ちゃんとお兄さんって知り合いだったの?」


 彩花ちゃんの質問に、俺と麗花は目を逸らし、微妙な返答でお茶を濁す。


「えー怪しい。何かありそう。付き合ってるとか?」


「そ、そんなわけないでしょ! 彩花が思ってそうなことは本当になんでもないから!」


「でもお兄さんも明らかに動揺してるし、お姉ちゃんもなんだかおかしいし」


「で、べ、別に動揺してない。なあ!」


「あ、あたしも別にいつも通りでしょ」


「えーそうかな? そう言えばお兄さんにおすすめした謝罪の品が、次の日お姉ちゃんが持って帰ってきたような……」


 彩花ちゃんの言葉に俺はもう誤魔化せない、というか誤魔化しても多分次会った時に聞かれてバレるかも、という諦めを感じ、麗花に話していいか確認を取る。


「でも……あんたはいいの」


「まあしょうがない。もうなにをしたかは相談した時に話しちゃったから、今更隠すことでもないと思う」


「あんたがそういうなら」


「彩花ちゃんが思ってる通り、俺が彩花ちゃんに相談した、例の謝罪したい相手ってのが麗花で、そのことがあったあとだから気まずい。だから別に付き合ってるとかではない。それだけの関係」


 俺の説明に彩花ちゃんは納得した様子で頷き、羽実ちゃんは終始疑問そうな表情を浮かべている。


「やっぱりそうですか」


 その言葉を放った彩花ちゃんは、なぜか少し悲しそうな表情を浮かべるが、すぐにいつもの可愛い笑顔になり、パン! と、手を叩いて喋り出す。


「お兄さんとの関係は分かりました。こっちこそ問い詰めたような感じになってすみません。お姉ちゃんが学校で何かあったんじゃないかと思って心配で」


「学校は問題ないから心配しなくていいのに」


 確かに俺の偏見に塗れた学校事情を聞いたら心配になるよな。誤解がないよう、きちんと訂正しておこう。


「確かに俺の話を聞いたら学校でのこと心配なるよな。でも俺が浮いてるだけで、他の人は普通だから安心していい」


 彩花ちゃんは冗談を言う時のちょっと生意気そうな笑顔を浮かべ。

「本当に心配です。赤髪の変態が隣のクラスにいるなんて知ったら、もう不安で不安で」

 と言いながら俺をチラッと見る。


「赤髪の変態……ってまあ、そうかもだけど」


「自覚はあるんですね」


「……ないとは言い切れないのが悔しい」


 彩花ちゃんは楽しそうに笑い、それに釣られて麗花もクスクスと軽く笑い、羽実ちゃんは意味が分からないといった感じで首を傾げる。


「おにいが何かしたの?」


「あーまあ家に帰ったら話すから、今は納得しといて」


「うーん、分かった」


「じゃあそういうわけなので、そろそろ行こう」


 麗花がなんでメイド喫茶で働いているのかは触れず、この場から脱出しようと、話を区切るが。


「ちょっと待って、帰る前に確認なんだけど、あんたこのこと学校に言う気ある?」


 麗花は言ったら殺すと言わんばかりの眼光を俺に向け、俺は恐怖に首をブンブン横に振る。


「言わない、絶対言わない。そもそもうちの学校バイト禁止じゃなかったと思う。別に夜中とかじゃなきゃどこで勤めてようが関係ないはず」


「校則には節度とか風紀とかそういうのを乱さないものって書いてあったから。私は思ってないけど、先生とかはメイド喫茶をそう思ってるかも」


「あーまあ年が上の先生とかは思うだろうな。破廉恥な! とか言って辞めさせられるかも」


「だからあたしがここで働いてることは黙ってて」


「なんでそんなにしっかり校則調べてるのにこの店で働いてるんだ?」


 あ、咄嗟に聞いてしまったが、麗花は平然とした表情で。


「バイド代が高いから。一応可愛いからっていうのもあるけど、基本的にはお金の為。つまんないでしょ」


「バイトの理由なんて金のためがほとんどだと思うから、別になんとも思わない」


「そう。とにかく黙ってて。お願い」


 わざわざ話す理由もない。


「分かった、今日のことは話さない。羽実ちゃんも話しちゃダメだぞ」


「おにいに言われなくても分かってるよ。それより……」


 羽実ちゃんがメイド喫茶の方に視線を向け、それに釣られて俺と麗花もメイド喫茶に視線を向けると、俺をお見送りしてくれたメイドさんが、ドア越しに心配そうな表情でこっちの方を覗いている。


「そろそろ戻った方がいいんじゃないか? メイドさんめっちゃ見てるし」


「うん。彩花、迷惑かけないようにね」


「はーい」


 麗花は俺らに小さく手を振ってから、メイド喫茶の方へ戻って行った。


 まさかの予想外が起きたな。クラスのギャルがメイド喫茶では働いているとか、どんなラブコメだよ。だけどメイド喫茶って派手な人多いから、意外とギャルっぽい人の方が向いているのかもな。


 一息つくと、羽実ちゃんが軽い口調で。


「彩花このあとどうする? 奢るよ。おにいが」


「俺がかよ。まあいいけど」


「そうですね〜じゃあカラオケに行きたいです!」


「やったーおにいの奢りでカラオケー」


「俺の美声を聞かせてあげる」


「あ、おにいは歌わなくていいから」


「…………羽実ちゃんは自分で払ってね」


「おにいの美声聞きたいな〜」


「羽実ちゃんの分も奢ってあげよう」


「おにいのそういうところだけは大好き」


「だけがいらない」


「私はお兄さん好きですよ!」


「あ、ありがとう」


 羽実ちゃんと彩花ちゃんとカラオケに行き、二人はメイド喫茶であんなに食ったのにも関わらず、カラオケデザートをたらふく食べ、満足そうにカラオケを終えて家に帰った。


 今日はとても楽しかった。色々あったが、現役JCとカフェとカラオケ。字面だけ見ると色々まずそうだが、仮想デート気分で楽しめた。そう、とても楽しかったはずなのに、途中の彩花ちゃんの悲しそうな表情が、なぜだかずっと忘れられなかった。

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