赤髪少女とお出かけすればデートらしい。下
「今日はここまでにしよう。残りの時間は片付けて、五分前には部屋を出るのが望ましい」
「それはルール?」
「どっちかっていうとマナーだな。五分前くらいで電話がかかってくるから、それで終わりにする人も多いけど、基本は五分前退室」
「なるほどね」
俺と水華は持ってきたギターや備え付けのアンプの位置を元に戻し、電話がかかってきたらすぐに退出する。
受付でさっきとは違う店員さん。というか店長さんが対応してくれて、お会計と水華の会員カードを受け取る。
店長さんは俺より少し背が低く、百七十弱くらい。
黒髪に緑と赤のメッシュが入った綺麗なロングヘアーに、耳にはピアスが左右に二つずつ。白いシャツにお店のエプロンでなんとか威圧感を抑えているが、これで服がイカつい感じだったら、一目でバンドマン? とわかる感じの、二十代後半くらい? のお姉さん? お兄さん? 整った綺麗な顔をしているが、声は高い男性って感じ、でも多分女性な、色々とわからない人。
「虎夜君が人を連れてくるなんて初めてだね。もしかして彼女かな?」
俺が否定しようとしていると、水華が真顔で「違います」と素早くきっぱり答える。
「そうなんだね。虎夜君いい子だからおすすめだよ」
店長さんの優しいフォローに心あったまっていると、水華はそれを軽く流す。
受け流された店長は苦笑いを受けべている。
「あ、そういえば」
店長さんはプリント用紙ほどの大きさの紙を一枚カウンターに置く。
「ここでバイトしない? バイトの子が辞めちゃって。もし良ければ隣の子と一緒にどう?」
紙を見ると、他のバイトよりも少し時給が高いし、福利厚生としてかなり安くスタジオを使えるらしい。
「希望としては週に二回。二、三時間くらい働いてくれればいいかな」
「それなら他のバイトの人でなんとかできるんじゃ?」
「それが時間が夕方で、うちのスタッフみんな夜型だし、その時間だけちょうど足りなくて。どう?」
正直悪い話じゃないが……俺は軽く水華に目線を向ける。
「ダメよ。バイトしたら私に教える時間が少なくなるでしょ」
案の定の答えが返って来た。まあ俺もバイトしている時間はないんだよな。
「すいません。今はバイトしている時間はなくて」
店長さんごめんなさい! 本当はいいなと思いましたけど、俺はリア充になりたいんです。
「全然気にしないでいいから。入ってくれたら嬉しかったけど、隣の子のためなら仕方ないよ。もし気が向いたら言ってくれればいいから」
店長さんはなんていい人なんだ。気遣いも忘れず、あの時バイトするって言っておけば、でももう断ったし、って言う時にサラリとバイトしたいと言えるように予防線まで。俺は店長さんとラブコメしたい。
「あと一つ聞きたいことがあるんだけど、学校に金髪で美人な女の子っている?」
「金髪の女の子ですか? 俺の学校髪色自由なんで、金髪の女子は何人かいますけど。何かあったんですか?」
「昔よく来てくれた子が最近全然来なくなって心配してたんだけど、ちょっと前かな、買い出し中にその子に似ている子を見つけて、制服が虎夜君と一緒だったから知ってるかと思って」
「金髪と制服だけだと…………すみません、わからないです」
「かなり明るい金髪の子で、中学から金髪だったんだよ」
明るい金髪だと俺のクラスに一人いるが、確か入学式は黒かった記憶がある。他に金髪は……麗花か、俺の知らない人か。
「心当たりはありますけど、確信はないですね。その子に何か用なんですか?」
「忘れ物をね、ちょっと待って」
店長さんはカウンターの下に潜ると、ネックレスを持って戻ってくる。
「これなんだけど、大事な物らしいから返してあげたくて」
店長さんはティアドロップタイプのピックの上の部分に穴を開け、銀のフープを通したネックレスをカウンターに置く。
「ティアドロップタイプ」
「ティアドロップって?」
水華の質問に、店長さんはカウンター横に置いてある、厚さの違うティアドロップピックを数種類カウンターに並べる。
「ティアドロップは、一般的なピックの名前。ネックレスについてる厚さはベースの人が使ってるイメージがあるかな。厚みのあるピックは厚みのある強い音を出してくれるから、ギターで弾くのもおすすめだよ」
「私のピックとは形が違うけど、厚さはこれと一緒ね」
水華は真ん中のサイズのピックを指差す。
「このピックはバランスよく音を出してくれるから、初心者におすすめのピック。もちろんプロでも使ってる人がいるし、中域が綺麗に出る。あっちにこのピックに合う弦があるから、良かったら見ていってね」
水華は店長さんに勧められ、カウンター横の弦とかが売っている場所で、店長さんおすすめの弦と、他に置いてある弦を色々と見始める。
「なるほど。弦を変える選択肢もあるのね」
興味深そうに弦を見ている水華は置いておいて、その金髪の子が同じ学年で音楽に興味があるなら、誘えば軽音部に入ってくれるかもしれない。
そんな下心を抱きながら、店長さんにネックレスを置いて行った人について、もう少し話してくれるように頼む。
「自分から話を広げて申し訳ないんだけど、名前とかは個人情報で言えないんだよね。言えるのは外見とか、誰が見てもわかる情報だけ。ごめんね」
「そうですよね。ならどんな楽器使ってたとか」
「楽器はベースで、YAMANAのなんだっけ。確かそんなに高くないやつだったと思うけど」
「ベースですか。他には何かありませんか」
「う〜ん。外見はさっき言ったし、他の特徴はないかな」
「そうですか。まあ知ってる金髪の子に聞いてみます」
「よろしく頼むよ。じゃあお礼といってはあれだけど、このピックに似たピックが倉庫あったからあげる。そこの彼女……友達の分も」
店長にネックレスのピックに似たピックをもらい、水華も軽くお礼を言ってピックを受け取る。
正直そこまで本気ではなかったんだが、まあピックも貰っちゃたし、軽く話を聞いてみるか。
「思い当たる人に聞いてみて」
「はい。分かりました」
「よろしく。はい、こちら会員証になります」
「どうも」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
店長さんの素敵な笑顔に見送られ、俺と水華はエレベーターで一階まで降り、駅に向かう。
駅に着くと、水華はなぜか切符を二枚購入して、一枚はポケットにしまい、もう一枚で改札を抜けて電車に乗り込む。
「なあ、さっきなんで二枚買ったんだ? 間違ったなら返金してもらえると思うけど」
「これは記念よ。あなたが言わないから本当の一枚目は消えてしまったけど、大事な、う、うん。んう」
水華が軽く咳き込んだのを見て、電車内で飲料系は飲んでいいことを伝える。
「これは疲れだから大丈夫よ。それだけよ」
確かに顔が少し赤いな。白い肌に赤い色が入るから余計赤く見えて、本当にちょっと心配になってきた。
「体調悪かったら言ってくれ。今の時期夜は少し寒いから、帰りは俺の上着貸そうか?」
「帰りは車だから問題ないわよ」
「なら良かった。それでなんだっけ……切符の話か」
「それはもういいわ」
会話が終わってから数十秒で駅に着き、駅を出ると水華が、ロータリーに駐車している黒い車を指差す。
「あの車で帰るけど、あなたも乗っていく?」
「俺は自転車があるからいいよ」
「そう。今日はありがとう。また明日学校で」
「おう。麗花がアンプの音を下げればいいって言ってたから、明日は部室で練習するか?」
「麗花ってなに。なんで急に距離縮めているの? そもそもあのギャルといつ話したの」
水華はさっきまでの優しい声とは裏腹に、低い声で俺に問いかける。
俺は水華の急な代わりように動揺しながらも、靴箱に来る前に麗花に合って話した内容を砕いて伝える。
「それだけならまあいいわ。それじゃあまた」
水華は軽く微笑んでから、車の方に向かって歩いて行った。
「お、おお」
水華は車に乗り込み、俺は車がロータリーを抜けるまで眺めてから、学校に戻って自転車に乗って家に帰った。
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