赤髪少女とお出かけすればデートらしい。上

次の日。クラスで特に何もなし。


 まるで友達がいなくて予定もなくて、ゲームかアニメ見ていることぐらいしかないけど、流石にそれを書いたら怒られると思っている、夏休み中盤の小学生の絵日記のような感想だ。


 まあ、今日は、同級生の! 女子と! 放課後に! 二人で出かける! というイベントがあるので、俺が絵日記を書いている小学生だとしても問題ない。


 スタジオの個人練習の予約は当日の朝にできることが多いので、俺が朝に放課後二人で予約した。


 初めて女子と二人の外出に、喜びと緊張を感じながら、部室に置いてある自分のギターを背負い。


 せっかくのスタジオだし、メトロノームも使うけど、ドラムで叩いてテンポ取るのも悪くないな。


 部室に置いたあったドラムスティックをリュックのポケットに突き刺し、水華もギターを持って行ったことを確認すると、この間勝手に作った合鍵で部室に鍵をかけてから部室をあとにすると、ちょうど廊下の曲がり角からやって来た、ギャルこと麗花とエンカウントしてしまう。


 俺は軽く会釈してその場を逃げようとしたが、麗花に呼び止められた。


「あ、はい、なんでしょか」


 俺は絶対に麗花と目を合わせないよう、胸辺りに視線を向けようとするが、視線の先には巨乳が出現し、見たら殺されると思って思いっきり壁の方を向く。


「え、あんな急に何してんの。人と話すときはその人の目を見なさいって教わらなかったわけ」


 ギャルのくせにマナーにうるさいな。ギャルだからこそ上下関係がしっかりしているってことなのか? だが目を見るのは怖い。


「ちょっと!」


「はい!」


 俺は麗花の恐怖に負けてしっかり麗花を見つめてします。


 しっかり見てみると麗花はかなりの美人で、メイクも薄いから地で美人っていうのが分かる感じ、だから余計に怖い。美人怖い。


「昨日は流石に言い過ぎたけど、せめてアンプの音量を下げて弾いて」


「今日はスタジオに行くので大丈夫です。さようなら」


 早口で言ったあと、すぐにその場を離れようとしたが、また麗花に呼び止められて

しまう。


「なんでそんなに逃げるわけ? 同い年なのに敬語だし。別にタメ口でいいけど」


 タメ口は……まだちょっと怖い、けど、また敬語だといわれそうだし。はぁー早く離脱したい。


「スタジオの時間があって。何か用でも?」


「用ってわけじゃないけど……」


 麗花は小声で「赤髪のお兄さん……」と呟き、俺の顔をじっと見つめてくる。


「あんたじゃないか。私の勘違いかもしれない」


「じゃあ俺はスタジオに行くので」


「そう。気をつけて」


 麗花から逃げるように身を翻し、靴箱に向かって走る。


「ちょっと!」


 走り出した途端、またしても麗花に呼び止められる。


「はい……」


「スティック落としたよ」


 リュックに突き刺しておいたスティックが落ちたらしく、麗花はスティックを拾って渡してくれる。


「ありがとうっす」


 麗花に会釈してスティックを受け取ると靴箱に向かう。


 靴箱に着くと先に待っていた水華から「遅い!」と文句を言われた。


「軽音部からギター持ってくるのに手間取って」


 俺と水華は学校を出て、他の生徒からの若干の視線を受けながら、徒歩で駅の改札前に到着する。


「電車に乗ったらギターは邪魔にならない位置で置くか持つ。意外と揺れるから置くときは気をつけて」


「分かった。じゃあ切符買ってくるから待っていて」


「切符? HASUMOかSuikaは?」


「そんなの持っていない。私電車に乗ったことなんてないし」


 日本在住で電車に乗ったことがない人種なんているのか。


 俺もあんま乗らないし、通学もお金と朝の電車に乗りたくないから自転車通学ってとこもあるが、電車自体に乗ったことがない人なんて初めて見た。


「なら待ってるから………………一応聞くけど、切符の買い方はわかるよな」


 俺の質問に、水華は堂々と「分からないわ」と答える。


 じゃあなんで切符買ってくるとか言ったんだよ! と、ツッコミたくなったが、個

人練習の時間が迫っているので、文句は言わずに水華と切符を買いに行く。


 水華の代わりに券売機で必要な情報を入力し、購入画面で水華と場所を変わる。


「ここに百四十円入れて、そこを押す」


 水華がお金を入れて発券ボタンを押すと、チケット取り出し口から切符が発行される。


「これが切符ね」


 水華は切符の裏表をじっくり観察し始める。


「そろそろ電車来るからホームに行くぞ」


 改札口に向かい、水華に切符の使い方を教えてホームに向かう。


「それは次の時にも使うから捨てるなよ」


「記念に持って帰るから捨てないわよ」


 残念だが次の改札でなくなるんだよな。


 言った方がいいのか悪いのか。今は急いでいるから電車に乗ってから考えよう。


 ホームに着くとちょうど電車が到着しており、俺と水華は電車に乗って目的の駅に向かう。


「次の駅だからドア前に立ってよう」


「一駅なら歩けばよかったんじゃない?」


「歩くと二キロくらいあるから、ギターを持って行くのは辛い」


「ギター重いものね」


 切符のいい伝え方が思いつかず、適当な会話を繰り広げながら目的の駅に到着し、改札口では案の定、水華は切符が帰ってこないことに腹を立て、駅員さんに文句を言いそうなったのを止め、なんとか時間内までに目的のスタジオに到着した。


「疲れた。ここの六階だから早く行こう」


 二人でエレベーターに乗って六階へ向かい、六階に着くとエレベーターが開き、スタジオに到着する。


 スタジオ内はエレベーターを降りるとすぐ目の前に受付があり、フリースペースとカラオケルームのような防音ドア、自販機やギターの弦などが売られている場所もある。


 だがこのスタジオの一番凄いところは、カフェに入ったのかと思うほど綺麗に掃除

され、スタジオとは思えないほど清潔でタバコ臭くないところ。


「スタジオって意外おしゃれなところなのね。私のイメージと随分違う」


「ここが特別なだけで、他のスタジオはタバコ臭かったりするとこが結構ある」


「場所によって違いがあるのね」


「俺は受付してくるから、その辺のソファに座って待っててくれ」


 水華は店内のソファに座り、俺は受付で名前と予約していた事伝えて、俺らが使うスタジオの番号聞いて、水華の会員カードの登録用紙を持って水華が座っているソファの向かい側に座る。



「この用紙に名前とか色々書いてくれ」


 水華は渡した用紙の項目を埋めていく。


 ふと水華の上の名前が気になって用紙を覗こうとしたが、手でガードされる。


「デリカシーがないわよ」


「水華の上の名前ってなんだっけ」


「上の名前は嫌いなの。だから水華って呼んで」


「まあ、分かった」


 お金持ちならではのやつがあるのか、単に嫌いなだけなのか。どっちにしても、水華の問題に俺が簡単に口を挟んではいけないことは分かっている。分かってはいるが。


 ガードされた指の隙間から、名前の欄をチラッと見ようとしたが、水華にものすごい眼光で睨まれる。


「す、すみません」


 名前は諦めて水華が用紙を書き終わるのを待ち、書き終わったら用紙を店員さんに渡してから、言われたスタジオの防音室に入る。


 防音室に入ると、プロ用のデカいアンプが数個に、マイクを使う時の機材、ドラムが一セット置かれていて、他にも譜面台や椅子、マイクスタンドなどが置かれ、壁は三面が吸音素材、一面がガラス張りになっていて、演奏中は自分たちを見ながら演奏でき、アンプやドラムなどは、鏡を見るのに邪魔にならない位置で配置されている。

 一般的なスタジオと同じような内容の部屋だが、相変わらず部屋は綺麗で清潔。金持ちの麗花が文句を言わないので、このスタジオで正解だったなと実感する。


 水華は室内を見回し、楽しそうにアンプやマイクセットを見ている。


「スタジオって感じ。すごい」


 水華はいつもでは考えられないほど明るい表情を見せ、少し語彙も下がっている気がする。


 そのことを言ってやろうかとも思ったが、楽しそうなのでやめておこう。


「ねえ、これはどう…………」


 そう言って振り返ると、俺の後ろにある鏡を見て、水華はすぐに顔を逸らし、恥ずかしかったのか、単にスタジオが暑いのか、耳を真っ赤にしながらひたすらマイクセットを見ている。


 クールな水華が、ちょっといいと、思いながら、ずっとマイクセットを見ていては練習が始まらない。今回スタジオは二時間しか取っておらず、水華の用紙で少し押し気味だ。もう少しデレ水華を見ていたいが、仕方がない。


「どうした? そんなにマイクセットが気になるのか?」


 水華は振り返ると、一度鏡を見てから、クールで美人な表情で俺を見てくる。


「さっきの……いえ、別にそこまでじゃないから、練習を始めましょう」


 水華に一通りアンプの使い方を教え、水華は自分のギターをアンプに繋ぐ。


 水華がアンプに繋いだのを見て、俺もギターをアンプに繋ぐ。


「じゃあ早速練習開始だ。まずは折角のスタジオだから、テンション上げて好きに弾いてくれ」


「分かったわ。部室のアンプであれくらいだから、お店ならこれくらいよね」


「ちょ、ま!」


 水華は部室で使っているアンプより二倍弱音量を上げ、俺の言葉を聞く前に、ギターの六弦から一弦にかけて上からピックを振りおろす。


 部室のアンプの倍以上大きいアンプから、当然のごとく大音量でギターの音が鳴り響き、水華も俺も耳を塞ぐ。


「なに!」


「あーうるさ!」


 ギターの音が収まると、水華はなぜか俺を睨みつける。


「なんでこんなに大きいのよ!」


「スピーカーが大きければ音もでかいに決まってるだろ! なんでいつもよりボリューム上げたんだよ!」


「あなたがテンション上げろなんて言うからでしょ!」


「物理的じゃなくて心のテンション上げろ!」


「いきなり抽象的なこと言わないで!」


 耳がキンキンする。


「分かったから早く音量下げてくれ。ギター持ってるとこを見るのが怖い」


 水華はギターのボリュームをゼロにしてから、アンプの音量を部活で使っているアンプより下げ、ゆっくりギターの音量を上げて調整する。


「これならいいでしょ」


 音量が適切になると、俺の心も適切な状態に戻り、水華も少し落ち着いた様子だ。


「ああ。じゃあ、練習を始める」


 スタジオなので、メトロノームの代わりにドラムで水華にテンポを合わせ、弾き終わる毎に水華にギターを教える。


「そう。そこはゆっくり確認してから」


「ここからの移動ってどうすればいいの?」


「そこは簡略を使うか、ピックをスライドさせるかどっちか。簡略を使う方が簡単」


「じゃあこっちは」


「それは……テクニックがないなら気合いだな。それは俺もできないからパッションで乗り切れ」


「パッション……あなたに情熱はないけど」


「俺にじゃなくてギターに情熱を注ぐ。I LOVEギターの気持ちでパッションを注ぐ」


「意味がわからない」


「なんていうか……俺もわからない。よし、次に行こう!」


 曲が終わると水華に今の曲の評価を伝え、評価を聞き終わると水華から質問が入る。


「ここはチョーキング? 弦を上に上げるのでいいのよね」


「上げたらすぐに移動しないと遅れるから気をつけて。それが終わったらテンポプラス十でやってみよう」


「分かったわ」


 それを繰り返して、スタジオの退室時間十分前まで練習を続けた。

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