(二)ー5

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 彼は汚れ仕事や嫌われ役を率先して引き受け、自分はそれをいつの間にか当たり前のものとして享受するようになっていた。

 おまけにしょっちゅう他の奴に目移りし、そのくせ短期間のうちに飽きて、手の平を返して敵視し流血沙汰を引き起こす。誠の旗が聞いて呆れる。それなのに、こんな俺を生涯で会ったただ一人の真の武士だと? そんなことを言われる方が、今の俺にはよっぽど辛い。

 勇は顔を両手で覆った。長いことそうしていて、やがて手を下ろして顔を上げた。その表情は決然としていた。

 こんな有様ではあってもやれることはある。長年の功労に対する、すべてをまかなうにはほど遠いが、局長としてのせめてものはなむけだ。

 数日後の処刑では、威儀を正して堂々とした態度で刀を受けねばならない。その模様が歳三のもとに伝わり、わずかなりとも心強さを得られるように。新選組の首領は見苦しくない立派な最期を遂げたという世評が世の中に広まるように。他の隊士や元隊士たちに対しても、それが局長としてできる最後の贈り物。そして、命を奪った者たちへの返答だ。

 それにしても、「木曽殿最期」で印象深いのは木曽義仲のほかにもう一人いる。血兄弟の今井兼平だ。

 全てを失い気弱な言を吐く義仲を叱咤し、今ある多少の矢を使って敵を屠って見せると豪語する。しかしそれにより時間を稼ぎ義仲に切腹させようとするのだから、やはり、あいつとは一緒にならない。あいつの方がよっぽど厳しい。

 羽ばたき続けないと墜落して死んでしまう空飛ぶ鳥。あまりに悲壮だが、もしかしたら、お前は力ずくで壁を乗り越えられるかもしれない。戦い、生き延び、意地を貫く。誰にも考えつかなかった新しい局面を現出させ、この国に害にならない形でそれをやりおおせることができるかもしれない。勇は大声で呼ばわった。

「警衛! 警衛!」

 声もなくふすまが開いた。見張りの兵士は薩摩人らしい浅黒い顔を軽く歪め、「何じゃい」と言った。

「痛かちは足か、腹か? 見え透いた手を使うもんじゃのう。おはんも新選組局長まで務めた身であれば往生際ようすっがよか」

 その嫌味は無視して勇は軽く手を挙げた。

「卒爾ながら、紙と筆墨を所望したい。辞世の詩をしたためておきたいゆえ。それと、もう一つ。刑の執行前に、頼みたき儀がある」

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