(二)ー3
(二)ー3
自分の心の拠り所を壊されるのが怖かった。それが一番大きな理由だ。しかし、やはりそれだけではない。
日ごろは何ともおぼえぬ鎧が、今日は重うなったるぞや。
源の姓を戴くあのような貴種に自分を重ねるなど、あまりにもおこがましいがやはり思わずにはおれない。
百姓上がりの冴えない剣術屋が新選組局長などという地位に成り上がり、天狗になっていたのだ。浮かれ、浮足立ち、舞い上がっていた。
気に入らない奴は殺せばいい。都に火をつける連中も、俺の心を苛立たせる奴もみんなひとしなみだ。それだけの権力が今の俺にはあるのだから。
今のこの有様は、新選組として不逞浪士を斬ったことよりその傲りが連動して招いたものと言っても過言ではない。
かつては確かに同志だった伊東甲子太郎とその一派を斬殺し、辱めた。それにより、残党が復讐鬼と化した。この右腕を狙撃したのも彼らだ。だがそれとはまた別に、傲りが招いた転落の道筋があった。
幕府の崩壊と大敗を経て何とか江戸に戻り、勝安房に甲府鎮撫の役目を与えられた。今にして思えば、東征軍が江戸に迫り向こうの代表と平和裏に話し合いをするのに主戦論者で官軍の恨みも買っている自分たちが邪魔だったのだろう。しかし当時の自分は、完全に目が曇っていた。
出どころの当てもない百万石の約束に有頂天になり、故郷での大歓待に酔い、時を無駄にして、肝心の甲府を敵軍に先取され、惨敗した。そしてただでさえ減っていた同志をさらに失い、挙句にこの結末だ。
半月余り前の二日の夜、勇は歳三と議論を重ね、ついに折れた。生きることこそ大事という歳三の意見に納得したというより、相手の迫力に押し切られた形だった。
それでも、約束した以上はそれを果たさねばならない。わずかな従者のみを伴い官軍に投降した勇は、自分は鎮撫の命を受けた大久保大和であると以前からの主張を繰り返した。身も細る思いで奔走しているであろう歳三の思いに報いんがためだった。 しかし、応対する人間たちの目には殺気があった。新選組局長としての勘が否応なしに告げる。疑われている。あの近藤勇だと。
そして投降から数日後、二人の男が勇の目の前に現れた。その姿を見た瞬間、すべてを悟った。単に命運尽きた、万事休すというだけではない。自分のこれまでの道程、してきたことの意味、すべてを支配するこの世の真理を、骨身にしみて理解したのだ。
加納鷲雄に清原清。
伊東の忠実な部下で、新選組の虐殺からかろうじて逃げおおせた男たち。立場からすれば新政府の一員となっていてもおかしくはないが、あまりにも皮肉なめぐりあわせだ。
伊東一派を殺したあの一件さえなければ、処刑であってもせめて切腹は許されたかもしれない。たとえ斬首になったとしても、あんな安手の歌舞伎まがいの、動かぬ証拠を突き付けられて観念する悪党の役回りに新選組を落とし込まずにすんだのだ。
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