(一)-4

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 雑駁な口調に、勇は顔を跳ね上げた。歳三はやや苛立たし気な面持ちで、

「俺は武士に憧れたことなぞない。いや、ガキのころは確かに憧れてた。軍記物や武勇伝を聞いたり読んだりして、武士ってのは最高だって、胸を躍らせてた。だが実際に出会った武士は、どいつもこいつも、がっかりさせられる手合いばかりだった。原田や永倉は気のいい奴らだったが、それでもどこか、最後まで垣根がとれなかった。俺が偏屈なだけかもしれんが」

 歳三の目がやや遠いものになった。そして唐突に、強い眼差しをまっすぐに向けてきた。

「俺の中にある良き武士の姿、それに合う男は、勇さん、あんただけだった」

 勇は息をのんだ。歳三の目を受け止めていられず、顔を背け、片手で目の辺りを覆った。嬉しさよりも困惑の方が大きい。

 お前はそう思い込んでいるかもしれないが、それもたた心に垣根があったから、立派な武士に出会っても尊敬する気になれなかっただけなのではないか。たとえそれを別にしても、この俺が理想の武士だなどと買いかぶり、もっと言えば見込み違い―――そう口に出そうになって勇は口を引き結んだ。これ以上歳三を侮辱するわけにはいかない。

「五年前、あんなうさんくせえ浪士募集に応じて京に上ったのは、自分が心底嫌だったからだ。奉公先からは追い出され、三十間際になってもうだつがあがらずおそらく一生薬売りの部屋住み。これならまだ、あんな怪しげな企てでも一口乗った方がましだと思ったからだ。だが……それだって、あんたが行くというから心を決めたようなもんなんだ」

 勇はついに耐えられなくなった。歳三の期待は、今の自分には重すぎる。

「歳、一つ教えてくれ。お前が戦う理由は何だ。幕府への愛着はない、武士への憧れもない。俺を尊敬してくれるのはありがてえが、ならばなぜ俺の望みどおり死なせてくれず、戦いに駆り立てようとするんだ」

 歳三は目を大きく見開いた。

「おい、おい、おい……いくらなんでも焼きが回りすぎってもんじゃねえのかい局長!」

 そう言い放ち、ことさらに荒っぽい手つきで自身の髪をかき回した。それまでの重苦しさが一気に掻き消えたが、見据えてくる眼は変わらず真剣だった。

「生きるため、生き残るために戦うんだよ。空飛ぶ鳥は羽ばたいてねえと墜落して死ぬしかねえだろう? それと同じさ。少なくとも、去年の大政奉還の時からずっと、俺の中にはそれがあった。どうもきな臭え、これからは不逞の連中を狩るだけじゃなく身を守ることも考えなきゃならねえかもな、と。それがより大掛かりになったってだけさ」

 勇は声もなく見つめるしかできなかった。今目の前で語り続ける男は、勇が知っている冷徹な新選組副長とは違う。ならばもっと前の、薬売り時代の歳三が戻ってきたのか。

「あいつらが獲ったのは日本の半分でしかねえ。関東から北は全くの手つかずで、向こうじゃ会津への同情と官軍への反発が渦を巻いてると聞く。夏さえ持ちこたえれば東北は極寒、西南の連中にはとても戦えたもんじゃねえだろうよ。江戸ですら彰義隊が頑張ってる。覆すこたあ充分可能さ」

 さらにその前の頃の姿というわけでも、おそらくないのだろう。生まれてからの三十数年間で体験したことも学んだこともすべてひっくるめて、新しい、次の段階の人間が生まれた。そうとしか考えられなかった。

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