(一)-3

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 新選組の副長として、歳三が冷徹な表情で処断を下す様を勇は何度も見てきた。それは局長の勇には頼もしく、他の隊士にとっては恐ろしかっただろう。

 だが今歳三が放つ怒りはそのようなものではなかった。作為の一切ない素の感情の爆発であり、あるいは彼の人生で初めてのものかもしれなかった。その怒りを顔面と声のみならず右腕にもみなぎらせ、腕は今にも殴りかかる形をとって持ち上がっていたが、やがて下ろされた。

 下を向き大きく息をし、多少は気を落ち着けたようだったが、それでも顔をあげて見据えてきた時の目はきついままだった。

「不憫というなら総司のほうがよほどだろう。はたちそこそこのガキを、剣のことしか頭にねえのをいいことに京都くんだりまで連れ出して、さんざん手を汚させて、挙句に労咳にまでしちまったんだ。だが、総司に対しては哀れとは思わねえんだな。軽輩でも、れっきとした武士だから」

 勇は難く目をつぶった。いっそ止まってしまえとすら思いながら心の臓のあたりを掴みしめ、振り絞る声を出した。

「すまねえ……!」

 歳三の緊張が一気に解ける気配が伝わってきた。

「もういい。そこがあんたのいい所でもあるんだからな」

 そう言って口をつぐんだ。そのまま言葉が途切れた。死ぬか、出頭するか。一刻も早く決めねばならないのに、お互いもう話し合う気力がなくなってしまっている。何でもいいから口火を切らねばならないのは、年長で目上である自分の方だろう。勇は暗い声を出した。

「歳、江戸に戻った時お前は言ったな。もう槍や刀の時代じゃねえと。あるいは、そうなのかもしれん」

 勇は自身の右肩を押えた。昨年末の十二月中旬、右肩に銃撃を受けた。弾丸は肩の骨を砕き、傷はどうにか癒えたものの不自由はいまだに残る。剣でやられたならば己一人が剣士として至らなかっただけとも思えようが、銃で撃たれたせいというのが、何重にも、苦い。

「その変わり際に、剣客の俺が剣をふるえなくなっちまうというのも何かの思し召しか」

 やめろ、とは今度は歳三は言わなかったが、心中にその思いが渦巻いているのは一目の色でわかった。京に出る前の思い出話でもできればいいのに。その程度の気遣いもできない、その程度の器量の男だったのだ。果てしなく気持ちが落ち込んでいくが、それでもどうしても吐き出しておきたいことではあった。そして、口にするのが心底恐ろしいことでもあった。

「剣が用済みになり幕府がなくなるくれえだ。もしかしたらこの先、武士そのものさえ、なくなっちまうかもしれねえ」

「かもな。どってこたあねえさ」

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