(一)-2

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「投降して俺の正体が露見して、辱めを受けることになったらどうする。その時こそ新選組の名を汚すことになる。あのまま長岡屋で腹を切っていた方がましだったと思う羽目になる」

 歳三は口を引き結んだ。下を向き、苛立たし気に畳に拳を押し付けた。

 考えてみればこの半年、昨年十月の大政奉還以来悪いこと続きだった。良かったことといえば、陸軍取扱勝安房守から甲府鎮撫の役目を仰せつかり褒美として百万石を約束されたこと、鎮撫に赴く途中で立ち寄った故郷の多摩で大歓待を受けたことぐらいだ。

 自分も大の大人だ。何より新選組局長として五年間修羅の巷を生き抜いてきた身として、また自分なりに学問をつみ見識を磨いてきた者として、今のこの有様が危険だということぐらい本当はわかっていた。見て見ぬふりをしていただけだ。甲府で官軍相手に惨敗し、ようやく現実と向き合うことになった。しかし自分がしたのは、かえって意固地になり、長年の同志の永倉新八と原田左之助に喧嘩を売るがごとき物言いをし、隊から追い出すことだった。

 それでも何とか気持ちを立て直し、歳三と相談の上、新たに兵を集めて会津に行くことにした。下総の五兵衛新田で兵を募ると思った以上に人が集まって二百三十人近くにもなり、陣容を整えてこの流山で一時休憩をとったところを官軍に包囲されたのだ。

 やはりだめだった、うまくなどいくわけがないのだ―――その思いが一気に噴出し、半年前の大政奉還以来必死に保ちつつ無数のひびが入っていた気力が完全に崩れていくのが分かった。

 一応は威厳を取り繕い、歳三と二人で官軍の本営に顔を出した。自分たちは江戸の旗本とその家臣であり、この付近で一揆が起こっているというので鎮撫の命を旧幕府から受けやってきたのだと陳弁した。官軍の役人らの顔は、文字通り半信半疑というものだった。

 事情は了解したが何分情勢が情勢、武器と兵を集めて屯集するは宜しからぬ。同道の上詮議をお受け願いたい。

 それを支度があるからとどうにか切り抜け、本陣にしたこの味噌商人長岡屋の家屋に戻ってきたのだ。

 それらのことを一気に思い出し、また改めて歳三の顔を見た。今年初めに江戸に帰還して間もなく、歳三は洋服を入手し髪も短く切ってしまった。今は寝間着以外はいつも黒一色の洋装だ。古びた畳敷きの座敷にはそぐわないその姿を見ていると、新たな痛恨が湧いてくる。

「お前にはすまねえことをした。多摩で平和に生きられたものを、こんな……」

「やめろー!!」

 かつてない大声に勇は息をのんだ。役者のようと言われた歳三の端麗な面差しは、月代、総髪髷と髪型を変えてもそのたびに新たな魅力を放ってきた。三十半ばに達した今でも衰えはなく断髪も小気味よいほど似合っていその白皙が今や紅潮し、満面に怒気をみなぎらせている。

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