第八節 快癒を願う

第141話 先生としての喜び

 行く先は決まった、やるべき事も決定した。

 ジョニーはそれを、大図書館に同行しなかったリーシャとラオに共有する。


「湿地の毒薔薇、それが病気の原因……」

「可能性が高いってだけだがな、所詮は本から得た情報だ」

「ですがその可能性を確かめるだけの価値はあるという事ですね、師範」

「ま、そういう事だ」


 自分の目で見ていない以上は確証はない。しかし現時点で最も正解に近いと思われるのは古き時代の書物から得た情報である。ならばそれに賭けてみる価値は十分にあるのだ。たとえ空振りだったとしても、これは違った、という結果が手に入る。完全に無意味にはならない、確かめに行かないという選択肢は存在しないのだ。


「問題はドコにソレが生えているのか分からないってコトなんよね~」

「地道に調べるしか無いッスよね~」


 はぁ、とミリカとロイの溜め息がピッタリ合う。他の場所と同じく湿地も広大だ、当てもなく探し回るのは中々に骨が折れる仕事である。救いは湿地には障害物が少ないという事くらいである。


「次の探索は時間が掛かりそうです。食料や薪なんかは今までよりも多めにした方が良いですね」


 一般的な冒険と比べると探索は時間の掛かる仕事だ。それゆえに現地へと持参する物資量も比較的多い。今回は明確な目的物が存在し、それを見付けるか手掛かりを得るまで湿地に滞在し続ける事になる。となれば、普段よりも更に多くの物を用意し、運搬する必要があるのだ。


「そんな時にミケーネもリベルもいない、と」

「力持ちがいないと結構大変になりそうですね」


 かたや自分が、かたや同居人が。それぞれ病の床にあるのだから彼女達が探索に不参加なのは仕方の無い事だ。いま動ける者で分担して荷運びするしかない。


 唯一幸いなのは、森の中では襲ってくる魔物が少ないという事だろう。暴虐の極致、破壊の限りを尽くした道作りの副産物、あまりの騒ぎに魔物も怖じ気付いたのである。湿地との境を中継地点とすれば、野営地である蔦の大アーチに荷物を運び入れるのも楽になる。


「まずは奥地との境になってる巨木に全ての物を運び入れる。そこから先、リーシャとロイ、ミリカは町から湿地まで。俺とラオとジョゼは蔦の大アーチまで。これで分担だ」

「りょ!」

「りょ……って何?」

「りょーかい、ってイミ!」

「普通に言え、普通に」


 首を傾げるリーシャにミリカは笑顔で答え、ジョニーは彼女の無駄発言に呆れる。その場その場で思い付いた事を、口に堰を作らず垂れ流す似非修道女えせシスターの言動を理解するのは至難の技だ。


「そういえばアルベルさんは一緒に行かないんスね」


 図書館で共に情報収集をした人物を思い浮かべて、ロイはジョニーに問う。


「先生はリズン大図書館の調査が優先だ、遺跡調査は王国と組合からの依頼だからな。正直を言えば力を借りたい、だがむやみやたらに頼って良い人じゃないんだよ、本来は」


 アルベルがこの町にやってきたのは遺跡調査のためだ。その対象に未知の空間が発見されたというならば優先順位はその調査が第一となる。拡がる病への対処に彼を引っ張り出しては、依頼に応じた聖殿の信用を落とす事になりかねないのである。


 若かろうが未熟であろうが誰に対しても等しく対応してくれて柔和で頼りやすい、本人も頼られる事を嬉しく思っている。長きを生きる魔導士はそういった人物ゆえに頼めば何でもしてくれるだろう。しかしだからこそアルベルに頼る事を覚えてしまってはいけない、自分達の足で立つ事を止めてはいけないのだ。


「アルさま、マジ何でもしてくれる。お菓子食べたいって言ったら作ってくれたし~」

「お前、マジか」


 ミリカが物怖じしないタイプだとは理解していたが、まさかアルベルに菓子を強請ねだっていたとは。しかし孫娘にそうする爺のように、嫌な顔一つせずに対応したであろう彼の姿が思い浮かぶ。とても微笑ましい光景ではあるが、聖殿創始者の一人たる地位ある人物相手に見習い騎士がそうそう出来る事ではない。案外と彼女は大物なのかもしれない。


「物資運搬より先に湿地の魔物を減らしておいた方が良さそうですね」

「野営地よりも先に進むならば足場の設置も必要だろう。問題はどの方角へ進むかだが……」


 冒険者として十分な経験を積んだジョゼとラオは、これから行う事に関する現実的な相談をしている。荷物を背負えば素早い行動は難しい、そこを魔物に襲われては危険だ。いちいち泥濘に足を取られていては探索に支障が出る、面倒ではあるが地道に木板の鎖を地面に設置しなければならない。


 今回は明確な目標が存在する、ならばそれは探索よりも一般的な冒険に近い。二人が生業とする冒険者にとっては日常である。何をどうすれば良いのかという判断を先生ジョニーに頼る必要は無いのだ。


「ふっ、頼もしいな」


 ジョニーは笑みを浮かべる。どうすればどうすれば、と慌てふためいていた昔と違って、現在の二人のやり取りは立派な冒険者のそれだ。三年前に別れた後も順当に経験を積んで成長してきた証拠である。


 教えを与えた者として、それは非常に喜ばしい事だ。自身の先生アルベルの喜びを彼も知らず知らずのうちに感じていた。ジョニーもまた、本人は自覚せずとて人を成長させる才を持っているのだ。


「よし。あとは細かい所を打ち合わせるぞ」


 誰が何を用意するのか、現地ではどう動くのか、しかし探索も冒険も状況に合わせて臨機応変な対応が必要だ。事前の決め事はあくまで、問題が何も起きなければ、の内容である。ゆえに互いにフォローが出来るようにやるべき事を決めた。


 病の根本を見付けるため、ジョニー達はへと向かう。

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