第140話 二つの知恵が導く先
≪やっぴーッ!≫
「なんソレ?」
≪えッ≫
開幕第一声で視聴者は梯子を外された。以前の配信で自ら行っていた挨拶だというのに、すでにミリカはそれを忘れているようだ。
「来たか、暇人ども」
≪ジョニーさん、こんにちは~≫
≪ふっ、今日は何処にいるのだ?≫
≪それは本、ですの?≫
視聴者は挨拶しつつ、ジョニー達の傍らにある物に気付く。普段配信が行われている自然の中には絶対に存在しない物体だ。彼らが持ち込んだというならば納得だが、置かれている書物は魔物犇めく場所を進むにはあまりにも量が多い、多すぎる。
「はい。僕たちが今いるのは図書館なんです」
≪え、図書館!?≫
≪配信はダンジョンでしか出来ないんだったよな!?≫
「うん、そうだよ。ここは
そう言ってアルベルは自身の身体を横に退かす。窓から見える範囲は狭いものの、ずぅっと向こうまで随分と巨大な書架が立ち並んでいるのが視聴者にも分かった。その風景の中には動くものがある、人間とは異なるが人のような部位が確認できる魔物である。
≪マネキンが動いているですぅ!≫
「問題ありません。あれはメンテナンサー、リズン大図書館の保守要員です」
≪リズン、という事は以前エマさんと出会った場所という事ですか。≫
「そうッス。あそこの下の階層に図書館があったんスよ」
ロイ自身、未だに信じられないという思いがある。迷宮領域の中には古代遺跡などもあるが、そういった場所に存在するのは大抵が破損した遺物だ。だからこそ完全万全な品には高値が付き、冒険者は一攫千金を目論み命懸けで遺跡に挑むのである。
そうした前提から考えると、リズン大図書館は宝の山とも認識できる。冒険者ならばここにある書籍を片っ端から鞄に詰めて、商人組合へ持ち込んで金貨の山に変換したいと考えるだろう。
≪図書館という事は、そこにある本を持って帰ったりしちゃダメなんですよね?≫
「現在、書籍の貸出は行っていません。万が一無断で外部に持ち出した場合は、メンテナンサーが返却を求めにお伺いします」
どう考えても普通に、返してくれ、と言いに来るだけとは思えない。不気味な金属人間に追跡され、襲撃され、それでも返さないとなれば命を奪われる事だろう。大人しく決まりに従って、この大図書館の中で読書するのが最善だ。
≪で、ジョニー殿たちは調べものを、と≫
「ああ」
ジョニーは傍らに積まれた本の塔の天辺をポンと叩いた。十数冊、どれもが分厚く立派な装丁が施されている。異世界の住人たちには背表紙の文字は読めないが、先の配信内容からそれは魔物に関する書物だと判断できる。
「足が痛ぁい~、目が痛ぁい~、つ~か~れ~たぁ~」
ギュッと目を瞑り、低い椅子に掛けたミリカはパタパタと足をバタつかせる。館内の安全が一応確保されて以降、中央端末で検索された本を、広い広い図書館の中を駆けずり回って集めていたのだ。集め終わったら、今度は中身の確認で目を酷使。身体と頭のどこもかしこもが疲労で悲鳴を上げている。
「ま、その苦労の結果、色々と分かった事もある」
求める情報は手に入れた、と言ってジョニーは一冊の本を手に取った。黒の表紙に金の装飾、銀の文字。一見して分かる程に高級な書物だ。
≪魔物に関する本ですぅ?≫
「そうだ、と言いたいが違うな」
フッと笑って彼は本を開く。当然その中に書かれた文字を視聴者たちは読めないが、描かれたものについては理解可能だ。絵画ほどの芸術性はない、しかし明確に正確に特徴を表しているイラストがそこにはあった。
≪草に花、植物図鑑ですか。≫
「そうだ」
現状を打開する手がかりとしてジョニー達が見つけ出したのは、草花や樹木の情報が詰まった本だった。その中には身近な物から見た事も聞いた事も無い物まで、古今東西さまざまな植物について記されていた。毒を持つ草に自ら動き回る木、近寄った生物に茨を突き刺して養分を吸い取る危険な花などもある。それらは意思を持つ魔物ではない、自然の中で環境に適合して進化した植物だ。
≪花が襲ってくるとか、怖ッ!≫
≪ふっ、だが食虫植物の亜種と考えれば納得出来なくもない≫
≪あ~、そう考えると有り得る……のか?≫
食人花など視聴者たちの世界には存在しないものだ。だが世界が違い、魔力やら魔物やらが存在するならば、人間くらい捕食する植物があってもおかしくはない。
「探してたのはまた別の奴だがな。この間の配信で聞いた……何だったか」
≪花粉症でござるか?≫
「おうそうだ、それそれ。危険な花粉を飛ばす植物を探してたのさ。で、見付けた」
とあるページを開いて窓へと見せる。丸々一頁を使って纏められていたのは、異世界の住人たちにも馴染みのある植物だった。
≪薔薇……ですの?≫
≪赤だけど、何だか色がどす黒い感じがするですぅ≫
そこにあったのは大輪の薔薇の花。色は赤、しかし鮮やかな深紅ではない。乾いた血のような、黒を混ぜたような色だ。そして多くの茨が生えた蔦を四方に伸ばしている絵が描かれている。視聴者たちは文字を読めないが、花は大した大きさではない事だけは見て取れた。
「本によれば、この花は大量の『毒』を撒き散らすらしいんだ」
事象現象の全てを明らかに出来るほど人間は賢くも万能でもない、それは本を書いた者も同じである。花が生み出す何かが人を害する、ならばそれは毒である、そういった形でしか記載出来なかったのだろう。
≪その毒が病気の元、と。≫
「おそらくね。でも当たり前だけど確証は無い。実際に見付けて処理して、それでどうなるか、かな」
アルベルはそう言って腕を組む。彼は常人とは異なり、長き時を生きてきた。しかしそれでもこの世は知らない事で満ちている。確実な正解を得るには本を読んでいるだけではダメだ。実際に赴き、確かめ、考え、対処しなければならないのだ。
≪それで、その毒薔薇はどこに生えてるんですの?≫
町を、人を蝕む原因に見当がついた。あとはそれが何処にあるのかが分かれば良い。幸いにしてそれは、本を認めた者が調べ、確かめ、記録している。
「この花は常に霧を纏うほどに水の気が多い場所に咲く。つまりは――」
少し前ならば予想も出来なかっただろう。しかしジョニー達は自ら赴き、己で確認し、その身を以て未知を拓いてきた。彼らだからこそ見付けられた、遥か昔に生きた著者の残した手掛かりから。
「湿地だ」
目的地は定まった。
二つの世界の知恵によって。
彼らは行く。
異世界では矮小なれど厄介な、当世界においては未知で恐ろしき病『花粉症』の拡大を終わらせるために。
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