第139話 書架の森

 図書館とは本を求めて訪れる場所だ。

 貴重な書物を集中して読む者が集まる空間は、当然静寂に包まれている。


ドーーーーンッ!


 のが一般的な認識。


 ここはリズン第二層、迷宮領域の只中に在る書架の森。

 普通ではないのが当たり前なのだ。


「な、なんで図書館に魔物がいるんスかっ!?」


 人間よりも大きな金属質な魔物の一撃を飛び退いて辛うじて避けてゴロゴロと石造りの床を転がり、ロイは泣きそうな顔でエマへと問い掛ける。


「現在、当該フロアはセキュリティシステムが作動しています。階層中央の制御装置で設定変更しなければ、利用者の皆様は不法侵入者と認識され、防衛機構により排除されます」

「そういう事は先に言え!」


 魔導剣が四つ、魔物を瞬時に斬り刻んだ。

 こうした防衛機構による迎撃は既に十回以上受けている。どうやら第二層に存在する全ての魔物に侵入者の情報が共有されているようで、数多立ち並ぶ巨大な書架の向こうで生じている音がどんどん近付いてきているのが分かる。


「このままだと、いずれ押し負けます……っ」

「無理してでも進んで、その制御装置?に辿り着かねぇとな……」


 後退する事も考えるが第一層に戻ったからといって、それで魔物が追ってこないとは断言できない。大量の魔物を引き連れて地上に戻りなどしたら、どれほどの被害が出る事か。である以上は、今ある戦力で事態を収拾するしかない。


「一気に吹き飛ばせればいいんだけどね」


 言いつつアルベルは魔法を放つ。しかしその威力は最低限、小指ほどの大きさの小さな雷の矢だ。それは鋼鉄で出来た人型の魔物の頭を貫き、バヂンと音を立てる。一瞬身を震わせた金属人間は、操り糸が切れたようにその場に力なく倒れ込んだ。


「当図書館の書架は魔導技術による装置で保護されています、多少の炎や水では汚損しません。が、アルベル様の魔力強度では容易に貫通してしまう事でしょう」

「だよねぇ」


 本が魔法で守られているなど通常考えられない事だ。それ程の魔導技術が千年の昔には存在していた、いやアルベルが驚いていない所を見ると彼が人間として普通に生きていた五百年前にも残っていたのだろう。アルベルの魔力の強さでは、威力の低い魔法ですら本を保護している力を撃ち貫けてしまう。資料を探しに来たというのに、それを破壊してしまっては意味が無い。


「僕くらいの魔力なら大丈夫って事ですか?」

「はい。ですがジョニー様は魔法の使用はお控えください、特に大規模な魔法は」

「分かってる。ってかこんなトコで大魔法なんぞ使ったら、こっちにも被害出るわ」


 ジョゼの魔力は魔力を持つ獣人と比べても、同年代の治癒術師と比較しても高い。しかしジョニーはその更にずっと上だ。彼は器用貧乏、万事において常を超えるのである。アルベルには遠く及ばずとも、そこらの魔導士よりは魔法に秀でている、簡易な無詠唱魔法から高度な大魔法まで一通り使いこなせるように修練を積んできた。エマから禁止される程度には彼の魔力は高いのだ。


「とにかく前進だ、向かってくる魔物は蹴散らすぞ」

「はいッス!」


 向かってくる魔物の処理に手が追い付かなくなる前に、制御装置とやらに到達しなければならない。幸いにして図書館を守る者たちは魔導の産物だ。生身を持つ生物ではなく、ジョニーが剣で微塵とするに何一つとして問題はない。


 彼らは駆け足で、しかし立ち並ぶ書架によって見通しの悪い場所を警戒しながら進んでいく。


「ッ、ロイ、上だ!」

「え、うわっ!?」


 上方の気配を感じ取り、ジョニーは振り返ると同時に声を張る。


 だがそれは少し遅かった。

 彼の呼びかけとほぼ同時に、四足歩行の魔物がロイへ目掛けて降り落ちてくる。回避は間に合わない、防御しようにも体で押し潰そうとする相手を捌く事など出来ない。ただ剣を盾にして身を守ろうとするのが精いっぱいだ。


「やらせないしっ!!」


 駆ける、一歩踏み込む、そして全力を込めて両手で持った大鉈を振る。重い刃の剛撃が、金属で出来た魔物の胴を打った。硬度が高い物体同士が衝突し、ミヂリと一方がひしゃげる音が響く。


「ぃぃぃんんん、だぁッ!」


 斬る技術など無い、ただ力任せに押し通す、思い切り吹き飛ばす。人型なれど四足歩行の金属魔物は、その身をの字に曲げられて豪速で射出される。歪な姿のそれは書架の一つに叩き付けられ、ドダァンと凄まじい音を響かせた。


「ふぃ~、間に合った~」

「ミリカさん!?なんでここに!?」


 居るはずの無い人物の登場にロイが驚きの声を上げる。


「薬作りが早く終わったの!リシャっち、凄いヤル気だった~」


 情報を得て根本を解決する事も重要だが、同時に町の現状を改善するのも大切である。それ故にジョニー達はリズンの先へ進む者とアーベンで対処する者に分かれたのだ。その分担に応じてミリカはリーシャの薬作りを手伝っていた、この場に来る事は本来有りえなかったのである。それを可能としたのは薬士の少女の、誰かを助けたいという信念に基づく奮起だった。


「はぁ……でも、助かった~。ありがとうございますッス」

「もー、ロイロイ硬いかたーい。あーしらの仲ならもっとヤワヤワで良いっしょ!」

「や、やわ……?」


 バンバンと肩を叩かれながら勢い重視な発言を食らったロイは、その意味をいまいち理解できずに首を傾げる。おそらくは他人行儀な感謝の言葉など要らない、もっと楽に接してくれて構わない、という事なのだろう。


「とにかく、あーしが来たからもうダイジョーブ!さあさあ、前進~っ」

「何が大丈夫か知らんが、無警戒で先に行くな」

「痛っ。頭叩くのナシ~!」


 ずんずんと進もうとするミリカの頭をポコンと軽く叩いて、ジョニーは代わりに先頭に立つ。他の場所では見られない特殊な魔物だらけのこの場所を、勢い任せで進むなど命が幾らあっても足りない愚行である。


 その後も幾度も幾度も不気味な人型魔物と遭遇し、襲い掛かってくるそれらをその都度撃破する。集まってくる金属人形の包囲網を巧みに躱し、エマの指し示す階層中央を目指して彼らは突き進んでいく。


 そして。


「よ、ようやく着いたか……」


 石造りの巨大な円柱がそこにあった。表面には謎の金属製フレームや部品が埋め込まれており、取り付けられた一際巨大な『窓』にはここ階層中央ではない同じ階の何処かの景色が表示されている。ジョニー達が打ち倒してきた魔物の姿も見える、どういう仕組みかは不明であるが窓は今現在の状況を映し出しているようだ。


「お疲れさまでした。それでは設定変更を行いますのでそちらに掛けてお待ちください」


 そう言ってエマは、石柱をグルリと囲う形で設置された金属製のカウンターの前にある椅子を指す。


「そんな暢気に……座ってる時に魔物に襲われたら……」

「問題ありません。防衛機構はこの中央端末メインターミナルには接近出来ないように設定されています」

「よく分からないんだケド、ここは安全ってコトでダイジョブ?」

「肯定します」


 断言を受けてロイとミリカは安堵の溜め息を吐いた。リズンの管理者が促す通りに彼らはカウンター席に腰を下ろし、疲れた~、と言いつつ脱力する。


「嘘じゃないようだな」


 エマの発言を信用せずにジョニーは周囲の気配を探っていた。それまで自分達を追いかけてきていた魔物は、この場に到達した瞬間から急に追跡を止めている。少しずつではあるが気配は遠ざかり始めた、どうやら書架の森へと帰って言っているようだ。


「信用して頂きたいのですが」

「何事もすんなり納得は出来ないたちでな」

「面倒臭い方ですね」

「お前にだけは言われたくねぇな」


 万事を警戒するのは冒険者のさが、元密偵であれば猶更である。対してエマの面倒臭さは人間を模したわざとらしさからくるものである。どちらも厄介ではあるが、その方向性は全く違うのだ。


 そうこう話している間も彼女は手を止めず、石柱に設置された鍵盤のようなものを指で素早く打っている。音楽を奏でるような手つきではなく、何らかの規則性をもって連打しているようだ。


「設定の変更、完了しました」


 大した時間も経たずにエマは作業を完了する。それまで光源が殆ど無かった第二層の全体が柔らかな光で照らされた、魔石灯である。木漏れ日のような目に優しいそれは読書をするのに丁度良い明かりだ。


「わぁ、こんなに本棚が……全部に本が……」


 分からなかった全容が露となり、ジョゼは思わず呟いた。

 町の様に広大な面積を有する場所に書架が立ち並び、それどころか壁面、空中通路、階段、その全てにも本棚が設置されている。そしてそれらは全て本で満たされており、蔵書数は明らかに地上に存在する国家の持つ物以上であると一目で分かった。


「……コレ、全部調べんの?ムリじゃね?」

「あ……」


 げんなり顔なミリカの発言にロイは顔を青ざめさせる。これ程の本を片っ端から確認していくなど現実的ではない、目的の情報について記された書物を発見する前に寿命が来てしまいそうだ。


「ご安心下さい。蔵書の検索が可能です」

「何処にどんな本があるのか分かる、という事で良いかな?」

「肯定します」

「それは助かるね」


 ははは、とアルベルは笑った。終わりのない寿命を持つ彼でも、流石にこれだけの本を虱潰しに探すのは遠慮したいのだ。


「ん?」


 ガシャと金属が擦れ合う音が背後から聞こえ、ジョニーは振り向く。

 顔には目も鼻も口も無く、腰から上は人型だが下半身は椅子のように四本脚、黒い金属の体を持つ魔物が居た。それは道中で戦ってきた魔物たちと同じ特徴であるが、時折体を震わせて歪な動きで一歩一歩近づいてくる。


「えっと、もう襲われないんですよね?」

「あり?でもココには近寄れないってエマエマ言ってなかった?」


 ゆっくりと迫ってくる魔物に目を向けながら、ジョゼとミリカは首を傾げた。


「と、とてもそうは思えないんスけど……」


 明らかに様子がおかしい存在を怖がりつつ、ロイは一旦鞘に納めた剣を抜く。


「そうだな。こりゃ襲ってくるか――」


 ジョニーも同様に臨戦態勢に移ろうとした、が。


「お下がりください」


 彼らの前にスッとエマが進み出た。


「階層システムは正常、しかし対象との接続リンクは途絶。ターミナルから出された指示を正しく受け取れていない。つまり」


 彼女の腰、その背面にある青と銀の装飾品が光る。カチャリと音が鳴り、それが彼女の身体から離れて浮遊する。二つが空中へ、しかしエマの身体には装飾品が残っていた。まるで生え変わるサメの歯の様に、体内からせり上がってきているのだ。


 二つ、四つ、六つ、八つ。

 次々と浮かんだそれらは空中で静止する。


「対象はエラー状態、排除の必要有りと判断します」


 浮遊する八つの菱石ひしいしに紫電が走る。互いに繋がり形を成すそれは、まるで――


「龍……人……」


 ロイの頭に浮かんだのは死霊を操る術師との戦いの最中に見た者の事。死してなお雄々しく、鱗剥がれてなお気高く、その身壊れてなお強き龍の人、人の姿の龍だ。


 その翼を模したかのように雷電は翼を作り、エマをその場で僅かに浮遊させる。羽ばたきはしない、その翼で浮かんでいるのかは分からない。しかし一つ、確かな事がある。


「エネルギーを右腕部に集中」


 彼女は戦う力を有している、という事だ。

 エマは右腕を前へと伸ばす。キュイという音と共に彼女の右掌に穴が生じ、内部から金属製の筒のような物が顔を出した。


「目標ロック――」


 彼女の身体で生じた雷の力が右の腕へ、手へ、そして筒へと流れて凝集する。


「集束レーザー、発射」


 何の抑揚もなく、ただ事実を口から出すだけ。エマが言うと同時に集め束ねられた一筋の雷電が放たれた。


 雷声は無い、代わりにドヂュンという目標を撃ち貫いた音が静かな図書館に響く。身の中心を穿たれた魔物は力を失い、その場にドシャリと崩れ落ちた。


「対象沈黙、排除完了。戦闘モードから通常モードに復帰します」


 雷電の翼が消失し、空中に在った菱石は意思を持つようにエマの腰に、元あった場所へと戻っていく。


「お、終わったッスか……?」

「はい。ですが接続が切れ、エラー状態のメンテナンサー保全要員も本階層に多数存在しています。書籍をお探しの際はご注意下さい」

「一人じゃ、ゆっくり読書は出来なさそうですね……」


 静かに本を読むべき図書館だというのに、どうやらここも正しく迷宮領域ダンジョンであるようだ。その事実にジョゼは苦笑いするしかない。


 そんな彼の隣で、ジョニーは眉間に皺を寄せていた。


「おい、エマ」

「何でしょう」

「お前、戦えたのか」

「はい」

「なんでここまでの道中、一度も戦おうとしなかったんだよ!」

「ご要望を頂いていませんでしたので」

「融通の利かない奴め……」

「それを言うなら、確認をされなかったジョニー様にこそ非があるかと」


 道案内は頼んだが魔物が出たら戦えとは指示していない。機械人形オートマタは自分に課せられた事を忠実に遂行したのだから責められる謂れはないのだ。今さっき魔物を処理したのは、リズン管理者としての業務の一環である。


 ともかく、色々と問題はあったがジョニー達は遂に目的地へと到着した。町で起きている異常事態を静める、それに繋がる情報は必ずここにあるだろう。


 なぜならここは、人が一生涯をかけても読みきれない程の、完全に手入れされたで満たされた書架の森なのだから。

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