第138話 図書館へと続く路

 リズン第一層。

 ジョニー達がエマと出会った場所がある階層である。崩壊が目立つ地上部分よりは損壊程度は低い。かといって万全な状態とは言い切れず、壁に大穴があったり瓦礫で足下と頭上に不安を覚えたりする場所もある。


 今回、更に下が存在する事が判明したため商人組合は便宜上、この場所を第一番目の階層と命名した。果たして、リズンはどこまで下へと続いているのだろうか。


「それに関して、私は回答する権限を有していません」

「またかよ」


 平然と『知っているけど話さない』と宣言するエマ。彼女と出会ってから今に至るまでリズンに関する情報を得ようと何度も質問はしている。しかしその殆どに対する答えが、権限が無い、なのである。


 食い下がっても一切の妥協を見せない彼女に問答は無意味と知り、ジョニー達はこの遺跡について積極的に聞く事を止めていた。


「誰しも言える事、言えない事が有りますから仕方の無い事ですよ」

「コイツの場合は、そういう感じじゃねぇと思うがな……」


 人間にも隠しておきたい何かはある、それが無い者などそうそう居ないだろう。ジョゼはそれを以ってフォローするが彼の先生を納得させるには至らなかった。


「他人を指差してコイツ呼ばわり、ジョニー様は失礼なお方ですね」


 はぁやれやれ、とエマは嘆息しつつ首を軽く横に振る。いつも通りのわざとらしい人間仕草だ。


「この奥に下へと続く階段があります」


 エマが大扉を開く。明るかったホールとは異なり、その先にあるのは暗い通路だ。


 と、見える範囲に複数の人影があった。


「先生、ここに居たんですか」

「おや、ジョニー君」


 壁に彫られた模様を調べていたアルベルはジョニーに向き直る。


「あっ!ロイじゃないか!」

「みんな姿が見えないと思ってたら、アルベルさんの護衛依頼受けてたのか!」


 十代半ばの若手冒険者が四人、アルベルと共にいた。槍を携えた少年が声を上げる。他の三人もロイとは冒険者仲間であるようで、彼らはワイワイと会話を始めた。


「槍使い、魔導士、治癒術師……もう一人は斥候役か」


 男子が二人、女子が二人。それぞれの役割分担がハッキリしている一般的な編成の一党パーティだ。ここに剣を持ち、防御の技を体得しているロイが加われば攻防のバランスは更に良くなる事だろう。


「良い仲間じゃないか」


 ジョニーはフッと笑って呟く。冒険者が一党となる際に最も重要なのは編成のバランス、ではなく人間関係だ。結局のところ集まるのは人間、協調出来なければ冒険者は難しいのである。その前提を無視出来るのは、他に抜きん出た実力を有する者だけなのだ。


 その点、ロイと四人は危険な迷宮領域の中にあっても仲良く会話が出来ている。精神的に余裕が無い、お互いを信用しきれていない冒険者の集まりだとこうはいかない。各々が自分の稼ぎを最優先する考えを持っていたならば、出し抜こう出し抜こうと思うようになり、仲間は敵となってしまうのだ。


「護衛の依頼を受けたんだけど……むしろ守られてんだよね」

「そうそう。アルベルさん強すぎ!」

「ははは、持ち上げ過ぎだよ」

「先生は謙遜しすぎですって」


 護衛というのは依頼者を守る仕事、当然ながら実力や実績が無ければ依頼主は冒険者を信用しない。しかしアルベルの出した依頼はそれらの証明を求めておらず、ゆえにロイと同じ程度の駆け出し冒険者が護衛役となれている。実力の差は圧倒的、となれば護衛が護衛される状況も当然だ。


 とはいえ常にアルベルが前に出ている訳ではない。基本的には少年少女が魔物と戦い、彼らがどうしようもなく追い詰められた時だけ手を貸している。知り合った他者を成長させるのはアルベル先生にとって使命であり、無理なく経験を積ませて若者に自信と実力を付けさせているだ。


「ところでジョニー君たちは何でここに?」

「この下の階に図書館が有るらしいんですよ、コイツが言うには」


 そう言ってジョニーは同行するエマを指さす。本当に失礼な方ですね、と彼女は言うが彼は一切意に介さない。意味不明な事を言ったり、無意味に情報を秘匿する相手の扱いなどその程度なのである。


「へぇ、それは僕も興味があるなぁ」

「一緒に行きますか?」

「そうだね、そうしよう。っと、彼らは町に戻ってもらった方が良いね」


 ロイと話している少年少女を見てアルベルは言う。彼らを気遣った言葉であるのは間違いないのだが、ジョニーはそれを言った理由の方が気になった。


「……先生。どれくらいの間、ここにいたんですか?」

「ん~。たしか彼らは七回くらいは寝起きしてたはずだから、それくらい?」

「長すぎますよ、先生……」


 街道を行く隊商の護衛であれば仕事に七日かかってもおかしくはない。しかし迷宮領域に七日も滞在する事など殆ど無い、時間の掛かる探索を行っているジョニー達は例外中の例外なのである。


「寝る必要の無い身体になって長く生きすぎてると、やっぱり時間に対する感覚は普通に生きる子達とズレちゃうね」


 はは、と少し寂しげにアルベルは笑う。遥か昔、彼が錬金術の失敗で受けた身体の変化は人間の常を超えるものだ。限りが有るかどうか分からない長い長い寿命、睡眠も食事も不必要。生物として明らかに異常。生きている、と表現して良いのかも曖昧である。


 アルベルは人間であり続けようとして食事もすれば睡眠も取る。そして他人と異なる時間の流れで忘れないように思い出を手帳に残し続けている。彼が時折、懐から手帳を取り出して読んでいるのは過去現在を思い出すためなのだ。


「はいはいみんな~、ちょっと集合~」


 パンと軽く手を叩いてアルベルは護衛達を呼ぶ。はい!と元気よく素直に彼らは返事をして、駆け足気味に彼の下へ寄る。


「僕はこのままジョニー君たちと一緒に奥へ進む。君たちは疲れもあるだろうから町へ帰ってね」

「いえっ、俺たちはまだやれます!」

「そういう状態が一番危ねぇんだよ。いいから先生の言う通りにしとけ」


 やる気が満ち溢れる若者たち。だが七日も警戒状態だったのだから、確実に身体と精神には疲労が蓄積している。ずっと緊張していた事で一種の覚醒状態である本人では気付きにくいそれは、冒険者が命を落とす代表的な要因の一つだ。


 落命した事例をよく知っているからこそ、ジョニーは少年少女を窘める。ロイも説得に加わり、少しの問答の後に若者たちは納得して引き下がった。


「じゃあこれ。組合の受付に出せば報酬は貰えるから今日は美味しいものでも食べて、ゆっくりお休み」


 紙に文章をしたためて署名を入れ、アルベルは少年たちに渡した。一般的な護衛依頼では護衛対象と共に組合へと赴いて報告するものだが、今回の様に現地解散の場合は依頼主が証明となる文書を用意する。それを組合へと提出する事で文書に記された報酬を受け取る事が出来るのだ。


「はいっ、ありがとうございます!って、金額がっ!?」

「結構長期間になっちゃったから、ご褒美上乗せだよ」

「「「「ありがとうございます!!!」」」」


 一日の報酬額は予想の五割増、それが七日間分。更に今回の冒険で使用した薬や魔石、薪などの消耗品の補充費用まで報酬と共に支払う旨が書かれている。依頼の難易度と貰える金額が全く釣り合っていない、アルベルからの感謝の気持ちが沢山込められているのだ。


 当然少年少女は厚意に大感謝し、声を揃えて深く頭を下げた。


「良い気になった帰りは危ねぇからな、気を付けろよ~」


 町に戻ったら何をする、今日の夕食はどうする、報酬で何を買おう、と話しながら笑い合う若者たちにジョニーは忠告を送る。はーい、と素直な返事をする少年少女を見送って、ジョニー達は先へと進んでいく。


 右へ左へ通路を進み、ドーナツ状の空間を円筒形の石柱に沿ってぐるっと二百七十度回って別の路へと入る。逆回りで九十度歩けばよかっただろ、というジョニーの文句を華麗に受け流すエマを先頭に彼らは更に奥へ。


 暗がりの中に第二層へと続く階段が見えてきた。


 遂にジョニー達は古き時代の図書館へと足を踏み入れる。

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