第七節 リズンへと

第137話 資料を求めて

 アーベンは国王直轄都市である。

 サフィン王国北端部の中心として機能しており、周辺の村や集落から作物や採取物、木材などを集積し、王都を始めとした各地へと供給している。しかし町としての規模は小さく、そこにある施設も簡素貧弱だ。


 それは、情報についても同様であった。


「やっぱ、簡単には見つからねぇな」


 ジョニーは腕を組んで天を仰ぐ。机の上には魔物について書かれた本が十冊ほど積み上げられており、その全てを彼は読み切っていた。しかしその中に、求める情報は存在しなかったのだ。


 ここは執政官の館の一室、町で最も多くの本が存在する場所である。本来ならば一介の冒険者風情が入れるような場所ではないが、先の帝国と三王国のいがみ合いの解消に一役買った功績もあって執政官エルンストが快く許可を出してくれたのだ。しかしそんな部屋にも十冊程度しか魔物に関する本が無い、アーベンがいかに辺境都市であるかを示すような蔵書数である。


「一旦、商人組合ギルドに戻るか……」


 無駄足に終わった結果に一つ溜息を吐いてジョニーは出した本を書架に戻し、館を後にした。


 一方、商人組合では。


「だ~めだー!なーんにもないし~!」


 癇癪を起こしたミリカの手から資料が宙へと放り出される。順番や分類が綺麗に整えられていたそれらは空中で混ざり合い、ただの雑多な紙となって机の上にばらまかれた。


「ちょっ、ミリカさん!あー、折角纏まってたのに……」


 ぐっちゃぐちゃになった紙をロイが集める。散らばった三十数枚の資料は綺麗な文字で書かれており、そこには絵というには緻密で一切の歪みの無い魔物の姿が描かれていた。


 そんな物を用意できる人物など一人、いや一体しか存在しない。


商人組合ギルドに存在する情報を精査分類して資料をご用意しましたが無駄でしたか、そうですか」

「無駄とか言ってないし!?マジ感謝してるって!」


 エマは壁にもたれ掛かって指で壁をなぞる。何ともわざとらしい、人間を模倣したいじけ方である。


「冗談です」

「分かりにくいしっ!」


 それはフリであった。人間っぽい仕草や言動をする機械人形オートマタの冗談は非常に判別が難しい。


「おう、やってんな」


 執政官の館からジョニーは戻ってきた。机の上に乱雑に置かれている資料を見て、彼は一目でロイたちが有益な情報を得られていないと確信する。


「こっちはさっぱりッス。師匠の方は……?」

「同じだ。多少は期待してたんだがな」


 やれやれとジョニーは肩をすくめる。

 迷宮領域に囲まれた辺境の町アーベンは、いわば魔物蠢く地と相対する人類の最前線。であれば対峙する相手の情報が集積されていてもおかしくはない、むしろ無ければ困る。たしかに館には魔物に関する資料が色々とあった、その点はちゃんとした辺境都市である。


 しかし目当ての情報は無い。それはつまり、今回の事態を引き起こす可能性のある魔物は、アーベンが出来てから今現在に至るまで発見されていないという事を示している。


「うー、チッカチカするし~」


 文字の読みすぎでミリカの目は限界なようだ。目を瞑り、手で目を隠し、机にゴンと額を付けて突っ伏した。


「戻りました」

「ジョゼ、何か収穫はあったか?」


 静かにジョゼは首を横に降る。彼はまた別口、冒険者や傭兵に話を聞きに行っていたのだ。しかし彼ら彼女らも然したる情報は持っておらず、毒花粉か何かを飛ばす魔物の手掛かりは得られなかった。


「手詰まりだな。王都の図書館になら何かあるかもしれんが……それかミリカを聖殿まで行かせて色々調べさせるか」

「何であーしが!?」


 突然の指名にミリカはガバッと上体を起こす。


「俺は職を辞して出ていった身だ、そう簡単には戻れん。アウスは病で倒れている状態、先生は遺跡……リズンの調査を優先させなきゃならん。リベルは行けと言っても絶対に行かない、俺よりも聖殿に戻れん奴だからな」


 騎士団長の位にありながら、ある日突然出奔した少女。そんな彼女が聖殿へ戻ろうものなら、あっという間に騎士たちに囲まれて再び窮屈な椅子に座らされてしまう事だろう。だからリベルは彼の地に近付かないのである。


「むむむ……それはたしかに、だし……」


 反論の余地なしと理解してミリカは唸る。地味な作業に向かない彼女としては、聖殿の資料庫でひたすら紙を漁るのは苦行だ。それでも人々のために動く事を拒否しないのは、ミリカもまた見習いとはいえ弱者救済を旨とする聖殿騎士であるが故である。


「で~も~、聖殿まで戻るのメンドい~~~」


 縦に長いサフィン王国を南へ南へ、更に南へ進んで山脈を抜けた先。聖殿領はそこにあるのだが、当然ながら移動にかなりの時間が掛かる。つい先日アーベンに来たばかりのミリカとしては、アーベンと聖殿間の往復は気が乗らない話である。


「もっと近場に資料がありそうな場所は無いんスかね~」

「それこそ王都だが、有るのか無いのか分からんのに足を運ぶのも面倒ではあるな」


 アーベンは北の端、王都は領土の南に存在する。ほぼほぼサフィン王国を縦断するとなると、軽々に実行はしにくい。ロイもジョニーも唸るばかりである。


 そんな時、その場の一人が口を開いた。


「アーベン近郊で多数の資料が存在する場所、一件該当します」

「該当……何かご存じなんですか?」


 少々不思議なエマの発言にジョゼが反応する。

 そんな彼に機械人形は、はい、と一つ言った。


「リズンです。私と皆様が出会ったホールの下、そこに図書館がございます」

「遺跡に図書館が!?」


 一般的な認識として遺跡は古代の残骸だ。構造は所々崩壊していて、既に亡き者からの命令を遂行し続ける無機質な魔物が徘徊し、時々古き時代の遺物が置き去りにされた箱の中などから発見される。回収物の中には今の時代では作れない物もあり、それを収めている箱はまさに宝箱だ。一攫千金を目指す冒険者が命を賭けて挑むに値する場所なのである。


 そんな場所に図書館という、保管と維持に手間が掛かる本が集められた場所が存在するなど信じられない。


「管理者として『私が』定期的にメンテナンスしております。収蔵されている本の状態は万全、町に存在する物よりも良い状態である事を保証いたします」

「なんで時々強めに自己主張してくるんだ、お前は」


 エマは機械人形だ。しかし自分の性能やら功績やらを不自然かつ自然に主張してくる様は、ジョニー達よりもよほど人間の臭みが滲み出ている。千年前の技術が優れていた証左なのか、それとも彼女が高性能だからどこか壊れてるからなのか、どちらかは不明である。


「まあいい、とりあえずそこへ行ってみよう」

「では、私がご案内致します」


 次なる目的地は地の下。

 いまだ全容が見えないリズンに存在する図書館となった。

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