第136話 解決への光明
≪調査、お疲れさまでござる≫
≪何かを調べるというのは、どんな事でも地道なものですよね。≫
前回配信から今日までの間にジョニー達がしてきた事を聞いて、視聴者は労いの言葉を掛ける。単純な調べものであろうが事件の捜査であろうが、分からないものを分かるようにするのは難しい事。濃霧の中を手探りで進むようなものである。
「ホント、歩き回って聞き回ってタイヘン~」
大きく腕を振り上げて、ミリカはぐいーんと伸びをする。彼女の担当範囲はアーベンの街中、ジョニーやロイと比べると各所の移動に苦労は無かった。がしかしその代わりに大勢の人をほぼ無差別に襲撃、もとい聞き込みをしていた。休みなく動いていたのだから疲れを表現するのも無理もない。
といっても、今いるのは湿地。
町での調査からはそれなりに時間が空いている、あくまで疲れたフリである。
「私も手伝えたら良かったんだけど」
「リシャっちは自分にしか出来ないコトをやってたっしょ。ソッチが優先ゆーせん!」
薬士には薬士の、冒険者には冒険者の、そしてギャルにはギャルの……ではなく見習い騎士には騎士として、その者にしか出来ない事はあるのだ。リーシャは自分の技術を用いて、取り急ぎ熱病の症状を緩和させる解熱剤を作っていたのである。
≪ふっ、薬士とは調剤薬局というよりも研究機関と考えた方が正しいようだな≫
≪そう考えるとスゲェな、リーシャ≫
視聴者曰く調剤薬局なる場所で働く者も特殊技能を有している、国家が課すかなり難易度が高い資格試験に合格した者だけが従事出来るそうだ。それとは別にリーシャが行っているような新薬の研究開発をしている者たちもおり、そちらはそちらで別方向に高度な職務を遂行しているらしい。つまり、その双方を担っている彼女の能力は格別のものなのである。
「そんなに凄い事じゃないですよ~」
「いや、凄いコトだし!ね、ロイロイ?」
「そうッス!オレじゃ絶対に出来ない仕事ッスよ」
≪薬剤師に製薬会社の研究員……無理だ、頭脳がッ、足りない……ッ!≫
皆から凄い凄いと言われてリーシャは照れながら笑って頬を掻く。その可憐な様に異世界の住人たちが、わいのわいのと騒いだ。よりいっそう顔を赤くする彼女。いい加減にしろとジョニーが窘めると視聴者たちは大人しく――
≪ジョニー殿、邪魔でござる!≫
≪リーシャちゃんの照れ顔をもっと見たいですぅ、退けですぅ!≫
「黙れ、うるせえ」
≪カスどもが騒いでますわ~!≫
なるわけがなかった。これぞジョニーの配信の日常である。不埒な
「あははっ、オモシロ~っ!」
ケラケラとミリカが笑った。姿の見えない存在と会話するのみならず、仲良くケンカも出来る。異世界配信とは稀有なもの、他では体験できない愉快さがあるのだ。
一頻りバカ笑いしたミリカは、今度は腕を組んで思案顔を見せた。
≪うわッ、急に落ち着くなッ!≫
≪突然静かになると驚きますね……≫
意表を突かれれば驚く、それは当然だ。騒がしいギャル騎士が口を横一文字に閉じるなど余程の事態である。
「どうしたんスか?ミリカさん」
「いやー、ちょっち気になるコトがあってさー」
「気になる事って?」
リーシャは首を傾げる。彼女と同じくジョニーたちも、異世界の住人らも、ミリカの頭を悩ませる問題が思い付かずに不思議そうに彼女を見た。
「ねぇねぇ、リシャっち」
「なに?」
ミリカの呼び掛けにリーシャは答える。話を聞いてくれる状態である事を認識して、修道女風見習い騎士は自分の中で持っていた疑問を薬士少女にぶつけた。
「ホントにビョーキかな、いま流行ってるの」
今更、何を言っているのか。その場にいる全員の頭に疑問符が浮かぶ。人々が発熱して体調を崩している、これを病と言わずに何と表現できるのだろう。
「えっと……?」
「あーっ、ごめんゴメン。
意味が分からない、といった顔をしている友人を見てミリカは慌てて疑問の詳細を話し始める。
「ビョーキって、ぶわーって拡がるじゃん?」
「うん、そうだね」
「でもさ、いま流行ってるの、アーベン以外じゃぜーんぜん流行ってないっぽい。行商のヒトに聞いたらそう言ってた」
街中での聞き込み調査でミリカは町に住む者だけでなく、遠方からやってきた者らにも病気ついて聞いていた。その結果は彼女がいま言った通り。アーベン以外の町では同様の事態は発生していなかったのだ。
「……あーし、森がアヤシイと思ってんだよねー」
「森が?」
「そそ。聞き込みしてたらさぁ――」
探索前にも情報は共有した。しかし自分が抱えていた疑問を、いまいち明確に言葉に変換できなかったためにミリカはそれを口に出さなかったのだ。だが集めた情報から繋がった自分の考えを無視は出来ない、たとえ滅茶苦茶な順序や内容であっても共有するべきだと彼女は判断したのである。
「――ってワケで森に関係してるヒトが最初に体調崩してて~」
原因はアーベンの西の森にあるんじゃないか。そこが病の発生源で近場でのみその影響が広がってる。実は感染力自体は強くないかも。そうした予想をミリカは続いて話した。
「そう言われると、たしかに考えられるかも……」
「そうっしょ?そんなこんなで、フツーのビョーキじゃない気がしてて~」
≪ふっ、つまり風土病のように特殊な病という事か≫
非常に限定された地域でのみ発症者が出ている病気というものはある。土壌や水源、野生動物や周囲の環境などを要因として特殊な病が生まれるのだ。今回のアーベンに広がる病もそうした風土病の一つでは無いか、という可能性は確かに存在する。
しかし。
「でもそれっておかしくないッスか?アウスさんは森に入ってないッスよ?」
「そこなんだよねー。あーしもそれが分かんなくって~」
確実に森に何かある、だが発症の第一号はそれに該当しない。不思議な状況だ。
≪ふっ、第一が例外という事もある、大多数を見るべきだろうな≫
「アウスだからな……そう言われれば、たしかにあり得る話か」
最初に観測されたからといって、それが事の標準とは限らない。アウスという常人とはかけ離れた人物であれば、その可能性は十二分にあるだろう。いま起きている事態の部外者であるタダノトオリスガリであればこその客観視、渦中で対応に右往左往していたジョニーたちにとっては単純ながら完全に盲点だった。
「じゃあアウスさんの事は横に置いて考えましょう」
ジョゼの仕切り直しを受けて皆が一つ頷いた。
「そうなると森に何か……でも私達も他の冒険者さんも異変は見付けてませんよね?」
「そうだな。何かしら異常が起きているなら動物や魔物の動きが変わるモンだ。しかしそういった事は起きていない」
森と関係した者に異変が発生したというのにそこには変化がない。これ程に大きな事態が発生しているのだ、明確な何かが起きていないなどあり得ない。
「……あのタダノトオリスガリさん、前に言ってましたよね。ういるす、は空気中を漂って病気を拡げるって。それってどれ位の距離を移動できるんですか?」
≪ふっ、ウイルスが感染力を有して飛散するのはせいぜい二メートル程度d≫
リーシャの問いに漫画で医療を学んだ男は答える、しかしそのコメントは明らかに途中で途切れた。単なる入力ミス、かに思えたが。
≪待て≫
≪そうか≫
≪飛散する≫
≪遠くまで≫
「えっ、えっ、どうしたんですか!?」
自分の質問で急に様子がおかしくなった視聴者。リーシャはよく分からない事態に困惑する。
≪そうだ、あり得る、遠くまで飛んで人間の体調を崩させるものは存在する≫
「何か分かったぽい?」
≪ああ≫
勝手に閃きを得てコメントする男の言葉。ミリカはそれが病の正体に繋がるものだと認識した。彼女の問いを肯定して、異世界の知恵者はコメントする。
≪遠距離を移動し≫
≪風邪に近い症状がみられ≫
≪それには大きな個人差が存在する≫
≪その病は≫
その場の誰もが、次の発言に息を呑む。
≪花粉症だ≫
一瞬の沈黙がその場を支配した。
≪え?は?花粉症?≫
≪見間違いじゃないですよね?花粉症、ですか?≫
≪もちろん我々の知るものと完全に同じでは無い、杉などの花粉症で発熱する事は多くないからな、同時に異世界であるならば命にかかわる病である可能性も十二分に考えられる、こちらと同様と判断して軽く見て良いものではない≫
タダノトオリスガリの断言と他の視聴者の困惑。ジョニー達には分からないが、かふんしょう、なる病は本来は重大な結果を発生させるようなものではなさそうだ。
「その、かふんしょう、ってのは何なんだ。お前らの反応からすると、そんなに危険なモンじゃないようだが……」
≪日本人の国民病とも言える病気、というよりもアレルギーですね。≫
「あれ、るぎ?」
またも飛び出した危機馴染みの無いワードにリーシャが首を傾げる。普段ならばその可愛さにコメントが乱れ飛ぶところだが、流石の
≪ふっ、以前ウイルスの説明で肉の粒に入り込んで増殖する、と言ったな≫
「はい。まだよく分かってないというか理解できてないですけど……」
≪ふっ、構わない、それが当然なのだ≫
ようやく男にいつもの「ふっ」が戻ってきた。
≪ふっ、入り込んだウイルスは体内の白血球……治す力によって排除される≫
「つまり病気が寝て治るのはその『治す力』のおかげなんスか?」
≪ふっ、その通り≫
完全に門外漢ながらも正確なロイの答えは肯定された。
≪ふっ、花粉症を始めとしたアレルギーはその治す力の暴走によって発生する≫
「治す力の暴走……あっ」
異世界の知識に触れて、リーシャは何かに気付く。
「病気に強い人ほど、あれるぎー、が強くなったりしますか?」
≪ふっ、直接的な指標や論文があったかは分からないがアレルギーとは免疫の過剰反応だ≫
≪ふっ、病に強い者ほどその反応が強く出ても理論は破綻していない、と考えられるかもしれない≫
「急に勢いが落ちたな」
≪ふっ、流石に医療知識の全てを知っているわけではないからな≫
分からないならば分からないと言う、それは中々に難しい事だ。しかし他者の身体や命にかかわる事に嘘は言えない。あくまで推測として彼は自己の認識を示したのである。
「アウスさんは普通の人の十倍は病に強い、ってアルベルさんは言った。それなら誰よりも早く酷く症状が出た事が説明出来ます、森に入っていなくても飛んできたものに強く反応した」
「なるほど。となるとやっぱり原因は森か」
答え合わせが進んでいく。
しかしその流れを止める者が現れる。
≪ふっ、それは早計というものだ≫
「お前の話から進んでるんだぞ?」
≪ふっ、分かっている≫
自らが与えた知識から繋がった考察を己で止める行為にジョニーは首を傾げた。
≪ふっ、花粉は風に乗れば数十から数百キロメートル飛ぶ事もある≫
≪ふっ、その西の森がどの程度の距離にあるかは知らないが近いのだろう、ならば花粉のような物はもっと西から来ている可能性もある≫
「なるほど……。でも生まれてから今まで、こんな事は起きて……あっ!!!」
突然ロイが声を上げる。全員の目が彼に向いた。
「大壁!大壁
強い風が吹けば物が飛ぶ。ならばずっと小さな、目に見えないようなものはどうなるのか。考えるまでもない、いつもよりも遠くまで飛ぶのだ。
過去、少なくともロイが知る十年程度の期間で今回のような事は発生していない。彼の母親もアーベンの事態を聞いても何も思い出さなかった。つまり今年の風は最低でも、ここ数十年ほどの期間で一番だという事だ。
そんな強風に載って飛来した何かに敏感に反応したのが獣人であり、疲労などで身体の状態が悪い者がそれに続いたのである。病を得た者が獣人に多い理由は、これで判明した。
が。
≪それなら、なんでジョゼさんは無事なんでしょうか≫
≪ジョニキ達もだよな≫
そうである。ジョゼは獣人であり、ジョニー達は飛来する何かに近付いていく形で探索をしてきた。アウスはともかくとして、その次の発症者は彼らでなければ妙なのだ。
しかしそこでジョゼが口を開く。
「僕とミケーネさんはここしばらく、ほぼ同じ行動をしてきました。その中で一つ、明確な違いが有ったんです」
記憶を遡り、多くの人の助けを得て。彼はミケーネに連れ回された時の事を思い出せた。大半は同じ、しかし差異は明確に存在した。
「これです」
そういってジョゼは傍らに置いていた物を手に取り、ジョニー達と窓の前に差し出した。
それは濃い黒の色の中から僅かに明るい黄土色を見せる、とてもではないが食べられるとは思えない木の根。異世界の住人たちにはなじみ深い食物であった。
≪ごぼう……ですわ?≫
「はい。ミケーネさん、これがあまり好きじゃなくて」
≪そういえば先の配信で、嫌がってラオ殿に押し付けていたでござるな≫
良い歯応えで風味良し。そんな野菜だが彼女はその土の香が苦手だったのだ。それゆえに野営においても町においても、ミケーネは牛蒡っぽい野菜を食べていない。
≪ふっ、こちらの牛蒡にそんな効果は無いが、世界が違うならばアレルギー症状を抑える効能があっても首を傾げるような事では無い、かもしれないな≫
異世界ならば食物の持つ栄養などが違う可能性は十分に考えられる。その中に花粉症に似た病の症状を強く抑制する効能があってもおかしくはない。
「これを使って薬を作れば……!」
今現在熱病に苦しむ者は勿論、次は自分かもしれないと不安を抱いている者も共に助けられる。牛蒡のような野菜はアーベンでも比較的簡単に手に入る物だ、問題解決への道筋に明確な光明が差した。
あとはリーシャが薬のレシピを完成させれば、他の薬士へと共有して量産体制を整える事が出来る。
これにて事は落着した。
わけではない。
「最後に残った問題は飛来する何かの元はどこにあるのか、だ。大本を断たなけりゃ、事態が悪化する可能性がある」
≪日本ならば杉の木が一般的な花粉症の元ですが、ジョニーさん達の世界では違うでしょう。魔物によるものである可能性もあるのではないでしょうか。≫
「闇雲に草や木を除去して回るよりは、他地域で確認されてる魔物の生態や被害を調べた方が良さそうだ」
完全に同様の事態は発生していないであろうが、より小規模な類似の事例はあるかもしれない。それを元にしてアーベンの西を探索、そして原因の排除を考えるのが現状での最適解であろう。
「皆さんっ、ありがとうございました!」
流行る病、その拡大の終わりへと続く道が開けた。
この日の配信は明るい表情を見せるリーシャの礼で終わったのだった。
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