第135話 記憶を辿る
町を歩きながらジョゼはここ数日の行動を思い出そうとしていた。しかしミケーネは久しぶりに会った彼に町を案内するために、連日あちらへこちらへ移動しまくった。それ故に簡単には記憶を遡れない状態である。
「えぇと、確かこの間は……」
何度目かの思案をしながら、ジョゼは転倒に果物が置かれた店の前に立つ。美味しい果物を売っていて色々買うとオマケしてくれる良い店だ、と紹介された覚えがある。その時を思い出しつつ、彼は一つの果実を手に取った。
「これを食べたんだっけ」
ミケーネの奢りで一人一個、丸々そのままを店先で食べたのだ。
「いらっしゃい。おや?アンタはこの間の」
「あ、こんにちは」
店の奥から現れた店主は商品を店先に並べつつ、そこにいたジョゼに気付く。彼がこの店を訪ねたのはミケーネに連れてこられた一回だけであるが、店の優秀な主はしっかりとジョゼの事を記憶していた。
「今日は一人か。近頃病気が流行ってるが、ミケーネは元気かい?」
「実はミケーネさんも病気になってしまって」
「ハァ!?ミケーネが!?」
過剰とも思える程の驚きを店主は見せる。しかし病気とは無縁であると思っていた彼女が倒れたとあれば、驚愕の表情になるのも無理もない事だ。ナントカは風邪を引いたりしないはずなのである。
「そうか……今度、何か持って見舞いに行くかねぇ」
「ミケーネさん、喜ぶと思いますよ」
病でヘロヘロになりつつも訪問者を歓迎する彼女の姿は容易に想像できる。と同時に出迎えようとするミケーネを、ラオがベッドに押さえつける光景も予測可能だ。なんにせよ、栄養満点な果物は病気に苦しむ彼女には最適な見舞いの品であろう。
「で、何が欲しいんだ?」
店に来たなら客、客なら商品を求めるもの。商売人として当然の思考で店主はジョゼに問い掛けた。
「すみません、買い物に来たわけじゃなくって……」
彼の返答を受けて店の主は首を傾げる。そんな相手の様子を見て、ジョゼは自分が今やっている事について説明した。
「へぇ~、何とも地味な話だな~。治癒術師なら魔法でパーッと治したり出来ないのかい?」
「怪我なら可能なんですが、病気や毒はお医者さんや薬士さんの領分なんですよ」
「ああ、そういえば。病気になっても治癒院へは行くけど、治癒術師じゃなくて医者に診られてたわ。普段病気しないから忘れてた」
治癒院は冒険者の治療や蘇生だけをやっているわけではない。町の人々が怪我を負ったり、病気に罹った際に担ぎ込まれる場所でもあるのだ。そこには常時、治癒術師と医者が各々最低一人は待機している。いつ
大まかに、怪我ならば治癒術師が魔法で癒す、病ならば医者が診る、と仕事が分けられている。いま現在のアーベンでは後者の業務量が限界を超えかけており、近隣の町へ応援要請がされている状態なのである。
「しっかし、そんな事を細かく思い出すなんてのは大変そうだなぁ」
「いや本当に。それこそ見たもの聞いたもの、やった事を再現してくれる魔法が欲しいくらいです」
流石に非現実的ですけどね、とジョゼは言葉を続けて笑った。
「再現、か~。お、そうだ」
何かを思い出した様子で店主は店先にあった野菜を一つ手に取った。
「たしかあの時、アンタだけコレを買っていったよな。ミケーネが何か渋い顔してたのを覚えてる」
「ああっ、そうでした!ありがとうございます!」
薄らいでいた記憶が呼び起こされてジョゼはその時の事を明瞭に思い出した。その時に彼が買ったのは以前
「自分だけで思い出せないんなら、その時その場にいた人間に聞いてみれば良いんじゃないかい?ミケーネがアンタを引っ張って連れていったんならミケーネをよく知る奴が居る場所だろうし、その時にアンタ……見た事無いツレがいたなら覚えてるはずさ」
「なるほど、たしかにそうですね」
思い出す、という事ばかりに目が向いていたジョゼは店主の意見を歓迎する。方針を転換し、自分の力で補いきれない記憶の断片は他者の力を借りる事にした。気付きを与えてくれた店主に礼を言って幾つか買い物をして、ジョゼは店を後にする。
「ああ、店に来たの覚えてるよ。たしか――」
「一緒に食事しに来たよね、同じ物を頼んでて――」
「あっ、いぬのにーちゃんだ!みけーね、いないのー?まえに、にーちゃんとみけーねにまけたあそび、りべんじしたかったのに――」
行く先々で事情を説明すると、誰もが彼女と自分をすぐに思い出してくれる。ミケーネは多くの人と良い付き合いをしているという証である。ついさっきまでは記憶の遡りが難事であったが、今度は得られた情報の整理の方が大変だ。
それでもジョゼは、自分と彼女の行動の差異を見つけ出すために人々を訪ねて回る。その先にミケーネやアウス、その他多くの人々を蝕む病を打ち倒す鍵があると信じて。
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