第35話 経験の力
拾った枝で遊ぶ子供のように、ブンブンと片手で槍を振り回すリベル。
「……?」
ミケーネは彼女の姿に違和感を覚えた。
木製とはいえ訓練用の木槍それなりに長く、そして本物に似せて穂先に重さがあるように作られている。そんな物を自身よりも頭一つ以上小さい少女が、石突近くを片手で持って、腕を大して動かさずに振ることなど出来るだろうか。
ミケーネはスッと槍を構える。
穂先は僅かに下げ、踏み込みと同時に相手を突き上げる基本姿勢だ。
リベルが槍を両手で持つ。
自然な構え、いや自然体に下げた両手で棒を持っているだけだ。彼女はそこから左手を持ち上げ、槍の穂先がミケーネの顔に向く。
その瞬間、ゾワッと彼女の毛が逆立った。
獣人は只人よりも生物としての強さがある。腕力脚力、視力聴力、その全てが魔法を行使しない只人よりも勝っているのだ。そんな彼女が持つ能力の全てが警鐘を鳴らした。
「ひっ」
小さく鳴いて、ミケーネは顔を左へと動かす。
その刹那、先程まで自身の頭があった場所を超高速で槍の穂が通り抜けた。リベルの攻撃だ、しかし総身に力を入れた一撃ではない。軽く上げた左手で狙う先を定め、右手の腕力だけで撃ち抜くという速度重視の突きだ。
突いた槍が瞬時に引き戻され、戻した勢いのままに反時計回りにクルリと縦回転する。石突近くを右手で持ったリベルは遠心力を載せた槍を、いや長い棍をミケーネへと振り下ろした。
「わひっ」
素早く左へ一歩半。身体をずらしたその場所を、ゥオンと風を切って槍が落ちる。
「くっ」
次の行動を先読みして彼女はその身を深く深く沈め、限界まで低い姿勢を取った。その読みは完全に当たっていた、リベルは薙ぎ払いを選択したのだ。ミケーネのピンと立った耳の先を掠めて、少女の振る得物が通りすぎた。
「りゃぁッ!」
突かれ、叩かれ、薙がれ。その速さと威力に圧されながらも、彼女は果敢に反撃に出る。身体を深く沈めた状態で両脚に力を籠め、左手で地面を押す。右脇に槍を挟み、それが動かないように固定して身体ごとリベルへと突っ込んだ。
「よっ」
薙ぎ払った槍の先で、少女はカッと地面を突いた。その一点に力を集中させ、彼女は両足の力で自身の身を宙へと舞わせる。
まさに曲芸。
逆さに動く振り子の様に、リベルは放物線を描いてミケーネから距離を取った。
「ロイ、ちゃんと見てるか」
「はい、リベルさんやっぱり凄い……」
一瞬のうちに行われた二人の攻防を見て、ジョニーとロイは言葉を交わす。
「そっちじゃない、ミケーネの方だ」
「え?」
「リベルは怪物だ、あんなものを参考にするな。お前は冒険者、目指す先はミケーネだ。一挙手一投足を良く見て、自分との違いを見つけ出せ。それを経験にしろ」
「……はいっ」
突き、払い、振り下ろし。流れるように行われる攻撃。
避け、躱し、逸らす。身体能力だけではない、経験から来る予測を交えた防御。
始める前の調子が消え失せたミケーネは、全力で化け物相手に食らいつく。ロイならば一瞬で吹っ飛ばされるであろう一撃も、上手く力を逸らして受け止めている。自分よりも強大な相手とも戦う機会のある冒険者ゆえの技術だ。
同じ獣人の、より歴の長い冒険者であれば力負けした事はある。自身よりも大きな魔物相手に吹き飛ばされた事もある。しかし自身よりも小さな、それこそ半分の歳と言われても納得出来そうな少女相手に、ここまで力で押されたのは初めてである。
冒険者として鍛えている獣人の膂力ですら、リベルには到底及ばないのだ。
「あっ」
だが少女は力だけが取り柄ではない、ジョニー相手に巧みに仕掛ける技術も持ち合わせている。今まさにその技をもって、ミケーネが突いた槍を石突で下から打って胴をがら空きにした。
槍ではなく棍として、水平にリベルはそれを振る。
「がふ……ッ」
直撃。ミシリと胴に槍の柄が食い込んだ。
あまりの力にミケーネの足が地面から離れる。薙ぎ払いの威力を受けて、彼女は吹っ飛ばされてしまった。ゴロゴロと地面を転がった彼女は、長椅子に掛けて試合を見守っていたジョニーの足元へと到着する。
「じょ、じょにー、せんせ」
仰向けになったミケーネは飛びそうになる意識を繋ぎ止めて、自身の先生を見上げる。
「あの子、なに、もの……」
ジョニーは呆れた表情で彼女を見下ろす。
「冒険者たるもの?」
「敵を、見た目で、侮る、な…………がくっ」
ミケーネは力尽きて意識を手放した。
しばらくして、彼女は意識を取り戻す。
「いやー負けた負けた!はっはっはー……はぁ」
すっかり復活した彼女は頭を掻きながら笑った。が、すぐに肩を落とす。
「くぅ~、先輩として良い所見せたかったのにー!」
地団駄を踏んで悔しがる様は、先輩としての威厳など何処にも無い姿である。リーシャとロイは苦笑いし、ジョニーは一つ溜息を吐いた。
「でも、凄かったッスよ!リベルさんにあそこまで食らいつくなんて。オレだったら一瞬で建物の屋根より高くブッ飛ばされてたと思います!」
へにゃりと垂れていたミケーネの耳がピンと立つ。
「私はあんまり戦いは分からないですけど、ミケーネさんが強いという事はわかりました。それにこんなに早く体力が回復して、傷も無いなんて驚きです」
彼女の顔に笑みが戻っていく。
「にゃはは~、そう?そう?そう思う~~~?」
「そういう所だぞ」
調子のいいミケーネの頭に、ジョニーの手刀がこつんと落ちた。
「結構がんばってた」
「うっ、勝者の余裕がっ」
「
「え、ホント?あの狼、めちゃ厄介で強いよね。それよりも?」
「うん」
「ふふ、うふふ、ふへへ、嬉しいねぇ~」
森狼とは、人間の背丈と同程度の体長で深緑の毛を持つ狼だ。
群れを成して森の中に潜み、集団で獲物を捕らえる賢い生物である。時には森を出て畑を荒らし、家畜も人も襲う危険な魔物。一体だけでも冒険者にとって難敵であり、群れとの戦いともなれば経験の長い冒険者の一党ですら葬る脅威なのである。
そんな魔物よりも強いという評価を受けて、テレテレとしながら彼女は頭を掻く。相当な手加減をされていた事はミケーネも理解しているが、強者に認められたというのは素直に喜ばしい事なのだ。
「さてと今日はここまでだな、明日の探索に向けて準備しとけ。特にミケーネ」
「え、何で私だけ念押し?」
「若いのに褒められて、気分よく酒を飲んで明日に響きそうだからだ」
「はぐっ、見透かされてるっ!?」
胸を押さえて彼女は苦悶した。
「あ、私はお仕事があるので……」
控えめに手を上げたのはリーシャである。五人の中で彼女だけは冒険者ではない、薬士には薬士の仕事があるのだ。
「私も行かない」
二本の木槍と一本の木剣をお手玉しながらリベルが言った、器用である。
「んじゃ、明日は俺とロイとミケーネの三人だな」
「頑張るッス」
「えー、女の子がいなーい。寂し~い~」
猫獣人は不満そうにぶー垂れた。
「喧しい」
「女の子、私だけじゃーん。花が欲しい、彩りが~」
「女一人になる事なんて冒険者なら日常だろが」
「むー、悪い事したら引きちぎりますよ~」
「誰がするか。というかお前、女の『子』って歳じゃないだろ」
「あー!傷付いたー!今すっごい傷付いたー!女の子は何歳になっても女の子ー!」
「うるせえなぁ……」
どうでも良い話を広げて騒ぐ。鬱陶しい反面、こうした明るさは命のやり取りが日常な冒険者にとって必要な事である。ミケーネはそれを良く理解しているのだ。
「うるさい猫は置いておくとして」
「置いておくなーっ」
「明日は朝一出発、今回は東を探索する」
「東っていうと、草原ッスか」
「ああ」
アーベンから東、広がる草深い地。
目的地を定めたジョニー達は、おのおの準備のために解散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます