第36話 期待の新人

「とりゃぁぁっ!」


 ぐるりと一回転させた槍が、人間の二倍近い大きさの岩の塊を打つ。衝突した一点に穴が生じ、そこを中心にひびが入った。ギギッと魔物が鳴き、岩塊は身を丸める。ミケーネが戦っている相手は、本来は槍と相性の悪い石の体を持つ生物であった。


「もういっちょォ!」


 一度槍を引き、今度は突く。先程開けた穴に刺さったその一撃は、強固な外殻を持つ魔導生物の核を打ち抜いた。体を繋ぎ止める魔力を失った魔物はガラガラと崩れ、ただの瓦礫の山へと姿を変える。


「よっし、倒したーっ」


 大きく両腕を振り上げて、ミケーネは喜びを身体で表した。


「おおー!」


 そんな彼女の戦いを見ていたロイが拍手する。


「どーよっ、アタシの武器の威力!」

「すっごいッス!そんな風に使うんスね」


 ドスンと石突で大地に突いたミケーネ。

 その手にあるのは彼女愛用の特殊な槍。長さはおおよそ彼女の背丈の五割増。先端の穂は丁寧に磨かれており、太陽の光を受けて銀色に輝く。そしてその根元から横に伸びるのは、鋼鉄で作られた一本の杭であった。


「突いて良し、叩いて良し、ぶん殴っても良し!杭槍パイルランス、私専用な特注品だよっ!」

「叩くとぶん殴るは同じだろうが」


 勢いで得物の利点を喋るミケーネに、ジョニーが冷静に指摘した。


「良いんですよ、こういうのはノリと勢いでっ」

「まあ、役に立ってるからとやかくは言わないが。というか何でそこまで張り切ってんだ」


 彼は肩をすくめる。

 事実としてミケーネは戦闘で活躍している、それこそ襲ってきた魔物の全てを彼女が蹴散らしているほどだ。なぜそこまで頑張るのか。理由は単純明快であった。


「弟弟子に良いトコ見せたいっ、先輩凄いって言われたい!」

「そういう事を口に出さなければ、姉弟子として十分な経験と実績で尊敬されるだろうよ」


 完全に呆れた目で師は、威厳のの字も滲み出ていない弟子を見る。


「いや尊敬します、ミケーネさん!オレ、魔物を碌に倒せないんで……」

「おお、可愛い弟弟子よっ!細かい事を気にして将来絶対にハゲるジョニーせんせとは雲泥の差だよー」

「他人の頭髪を勝手に失わせるな、失礼な奴め」


 パコンと手刀が無礼千万な姉弟子の頭に落ちた。


 そんな愉快なやり取りをしながら、三人は草深い原野を進む。人の手によって整備されていない草原に道など無く、腰や頭以上の高さまで伸びた植物を払いながら前進するしかない。


 だがそんな騒がしい事をすれば魔物がやって来るのが当然だ。森や山と比べると魔物との遭遇は遥かに多い、視界が草に遮られて先に相手を察知して回避する事が出来ないためである。


 更に進む速度も遅くなっている。ルートを作るための探索はただ分け入れば良いというものではない。切り払って作った道は火炎魔法で大地ごと焼いて再び植物が生えないようにする必要がある。しかし大火力で焼き尽くすわけにはいかない。そんな事をすれば草原全体を巻き込む大火災になり、自分達も炎に巻かれてしまうのだ。


 植物を切り払って進み、大地を焼いて、灰の道を作る。背丈に近い草むらの中から奇襲してくる魔物を返り討ちにして、更に先へと進んでいく。草の切り払いはロイが、火での道作りはジョニーが、そして姿の見えない魔物への警戒と対処はミケーネが、と役割分担をして実行していた。


「なかなか良いカンジじゃない~、アタシたちっ」

「お前が油断するんじゃない、魔物への警戒を任せてるんだぞ」

「もー、ジョニーせんせ。アタシがそんなヘマするわけないじゃな~い」


 その瞬間、草むらから牙を持った鹿が彼女に襲い掛かった。


「よっ、とぉッ!」


 槍の杭で横っ面を殴りつけ、怯んだ相手の喉を槍の穂が斬り裂く。くるりと縦に一回転させて、今度は上から一気に振り下ろす。鋭利な穂先は剣の刃の如し。スパンと綺麗に、牙鹿の首を切断した。


「ねっ!」


 ニカッとミケーネは笑う。

 調子が良くて人懐こい。ただのお調子者であれば実力が伴わない事も間々ままある事だが、彼女は槍使いとして確実な力を有している。ミケーネはいい加減とも見えるが、冒険者という過酷な仕事を生業としているのは伊達では無いのだ。


 実に見事な活躍で気合が入ったのか、彼女は少し離れた所に現れた牙鹿を発見し、それが向かってくるよりも早く駆け出して行った。


「ミケーネさん、ホント凄いッスね。魔物への対処は完璧だし、オレを気に掛けてもくれるし……」

「お調子者なのは昔と同じだが、三年四年会わんうちに大人になったという事だろうな」


 またも見事な槍捌きで、ミケーネは鹿の首を天高く斬り飛ばした。彼女はジョニー達に振り返って、大きく手を振って終わった事を知らせる。


「師匠、いま気付いたんスけど……」

「なんだ?」

「配信の事、ミケーネさんに話してないッスよね」

「あー……そういえばそうだったな」


 ロイに指摘されて、ジョニーはしまったという顔で頭を掻いた。


「いやー、鹿ちゃんは大したことないな~……ん?ジョニーせんせ、難しい顔してどうしたの~?」

「ミケーネ、出発前に話し忘れてた事があってだな」


 改まって話し出す師に、ミケーネは首を傾げる―――


 夜、野営にて。


「にゃほにゃほ、にゃっほーっ!ミケーネちゃんだよー!」

≪うおおーッ!ミケーネちゃ~んッ!≫

≪獣人でござる!猫ちゃんでござる!≫

≪お手てが猫ですぅ!≫

≪これぞ異世界、ですね!≫


 配信開始の開口一番で、ミケーネは配信者として花丸百点満点の挨拶を実行した。初対面で何も知らないはずの視聴者たちも彼女の勢いに乗っかり、長年応援するアイドルへ対応するかのように盛り上がる。


「お前、凄いな……」

「おー?ジョニーせんせ、ノリが悪いぞぉ~?」

「調子に乗るな」

「むぎゃっ、お鼻が取れるーっ」


 非常にムカつくニヤケ顔で煽ってきた新人配信者の鼻を、先輩配信者はギュッと摘まむ。そのまま引っ張り上げられて、ミケーネは自身の愚かな行いを反省した。


≪で、その人何者なんだよ、ジョニキ≫

≪先生と言っていたという事は、ロイ君と同じようにお弟子さんでしょうか?≫

「ああ、三年前に面倒見てた奴だ。見ての通り、こういう奴だから大変だったぞ」

「えーっ、手の掛からない良い子だったでしょー?」

「そうだな。腕が上がったと言って勝手に森に入って死にかけて、俺が助けに行く羽目になったくらいには良い子だったと思うぞ」

「むぐっ。それはその……若気の至りという事でっ!」


 弁解できない自身の恥ずかしい過去を掘り返されて、ミケーネは大焦り。両手を広げて窓の前に突き出し、フルフルと振って誤魔化した。


「そ、それにしてもせんせ、こんな面白そうな事やってたんだ~」

「訳も分からずに成り行きでやってるだけだ、まあ野営の暇潰しにはなってるがな」

≪私達の事は遊びだったのッ、酷い、酷いわッ≫

≪えー、ジョニキ薄情ー≫

「気持ち悪ィ事を言うな。そもそもお前らこそ暇潰しやら遊びに来てるんだろが」

≪まあ、そう言われると反論できないでござるな≫


 視聴者たちは仕事や生活の合間にジョニーの配信を視聴している。魔物蠢く迷宮領域ダンジョンを探り潜る彼とは正反対なのだ。野営はそんな危険の中で唯一気を休められる時であり、本来は単独ソロ行動のジョニーが配信を暇潰しと評するのは正しいと言える。


≪それにしてもミケーネちゃんは初めてのはずなのに配信慣れしてるですぅ≫

≪初めてとは思えませんね。もしかして演劇などの経験がお有りなのでしょうか?≫

「がさつなコイツがそんな上等なモンをやるわけないだろ」

「あー、傷付いたー!というか三年も会ってなかったのに、なーんでそんな事言い切れるんですかー!もしかしたら万に一つくらいの可能性で、王都で評判の大女優兼冒険者になってるかもしれないじゃないですかー!」

「師匠が判断してるの、そういう所だと思いますッス、ミケーネさん……」

≪この短い時間でどういう感じの人なのか、なんかすっごい分かりました≫

≪これは……期待の新人配信者でござるな!≫


 配信は始まったばかり。


 この日は夜が更けるまで、ミケーネの騒がしさ全開な野営模様が垂れ流されたのだった。

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