第二章
第一節 冒険者
第33話 教え子
アーベンには幾つか酒場が存在する。そこでは周辺の農家から仕入れた作物や北の海岸で採取された海産物、森や平原で得られた木の実や自然野菜などが使われた料理が提供されている。
そこは町の人々や冒険者の憩いの場であると同時に、
「ジョニー、この間は本当にすまんかったッ!」
髭面の冒険者は卓を囲む相手に深々と頭を下げた。彼は勢い余ってゴズンと机に頭突きをかまし、テーブルの上の料理がガチャンと揺れる。振動で倒れ行く酒瓶を手で受け、ジョニーは溜め息を吐いた。
「酒がダメになるだろが、止めろ止めろ」
「いやだがしかしだな!」
「酔っぱらい過ぎだ、馬鹿野郎。もう四回目だぞ、このやり取り!」
自身のコップに中身を注いで空にして、彼は瓶で赤ら顔の髭面冒険者の頭を小突く。
先の
幸いにして町に被害はなく、ジョニーからもリベルからも、それを解き放った元凶への苦情は出されなかった。むしろリベルの口からは感謝の言葉が発された。そのため商人組合は関係した冒険者たちを罰する事はせず、厳重注意と一定期間町への奉仕活動を義務付けて事態を収束させたのだ。
大変な事をやらかしながらもほぼお咎め無し。冒険者として十分な経験があるにもかかわらず、不用意に竜を解き放ってしまった髭面冒険者は恐縮しきり。彼は罪滅ぼしとばかりに、こうしてジョニーに食事と酒を奢っているのだ。
「うう、すまねぇ、俺はなんて馬鹿野郎なんだぁぁぁ……」
「普段は豪快なクセに、酒が入ると本っ当に面倒だなコイツ」
おんおんと泣くオッサン冒険者に呆れながら、もう一人のオッサンはチビチビと酒を飲む。彼は皿の上に一つだけ残された焼肉串に手を伸ばした。
が、その手は空を掴む。
「もーらいっ!」
「おいこら。他人の物を盗るんじゃねぇ、ミケーネ」
「この位、いーじゃんいーじゃん。ねっ、ジョニーせんせっ!」
「久しぶりに会ったってのに、相変わらず調子のいい奴め」
ニカッと人懐こく笑うのは頭に猫の耳を生やした、黄白黒の三毛柄毛並みの獣人女性だった。
ミケーネと呼ばれた彼女は歳の頃二十。瞳は黄色で黒の瞳孔が細い猫の目、ピンと立つ右の耳には大きな黒の
彼女もまた冒険者である。
「冒険者たるもの、常に調子よくあるべし!ジョニーせんせの教えじゃないですかぁ」
「冒険者たるもの、常に余裕を持つべし、だ。三年四年見ないうちに成長しているかと思えば、いい加減なお調子者は変わらなかったか」
「むむむっ、何をおっしゃいますやら!こーんなにも成長したのに!」
そういってミケーネは胸を張り、少女から大人へと成長している証を見せた。
「図体だけ成長して始末に負えない」
「酷いっ!ヒゲさん、ジョニーせんせがイジメるよぉ~」
「ぐがぁー……ぴすすすす……」
「あ、このハゲ、寝てやがるっ」
「まだ禿げてねぇだろ、可愛そうな事を言ってやるな」
年を追うごとに後退していく髭面冒険者の額を、ミケーネは肉球張り手でバシバシ叩く。自然に任せるよりも早く生え際が引き上げていく事を不憫に思ったジョニーは、彼女の手を掴んで理不尽な攻撃を止めさせた。
「そういえば、せんせ。いま何か楽しそうな事してるって聞きましたよ~?」
「クライヴの奴は秘密を守るという事を知らんのか」
「教えてくれなかったので小一時間駄々こねて、無理やり聞き出しましたっ」
「どこが、大人になった、だよ。完全にガキじゃねぇか」
とんでもなく迷惑な大きな子供を相手にして、眉間に深い皺を寄せながらため息を吐く組合受付の姿がジョニーの脳裏に浮かぶ。
「まーまー。目的達成できたなら、いーじゃないですかー」
「その図太さは冒険者に相応しいと言えなくも無い可能性が無いかもしれない」
「そーでしょ、そーでしょ~……ん?相応しいって言われて無くない?」
絶妙な言い回しによって躱されたミケーネは首を捻った。
「うん、気にしないっ!で、ジョニーせんせ、アタシも一枚かませてよ~」
「断る、お前といるとガチャガチャ騒がしいんだ」
「えーっ、そんな事無いですよー。ねーねー、いーじゃないですかぁ」
「ダメだ、拒否する」
「やーだーやーだー!アタシも儲けが欲しいの~っ!」
「やっぱり喧しいじゃないか……」
二十歳という年を悪い意味で感じさせない仕草で猫獣人は駄々を捏ねだす。周囲の客の視線が痛い。ジョニーは深く溜め息を吐いた。
「分かった分かった。とりあえず明日朝に訓練場に来い」
「やたっ!それじゃ、ジョニーせんせ、また明日~っ」
疾風のようにビュンとミケーネは去っていった。
「面倒なヤツに嗅ぎつけられたな……」
ジョニーは一口、酒を口に含んだ。
翌日、訓練場。
「やーやー、少年少女諸君~。アタシこそは凄腕冒険者ミケーネ・カッツェ!これからよろしくね~!」
ミケーネはリーシャとロイにニコニコ笑顔で自己紹介した。
「「よろしくお願いします」」
若き二人は年長者に対して頭を下げる。
「ん~~~っ、素直で可愛いなぁ~。ジョニーせんせ、この子たち頂戴っ!」
「バカな事を言ってんじゃねぇ」
スパァンとジョニーの一撃が猫獣人の後頭部に炸裂した。
「痛ぁいっ!酷い、酷いよぉっ、可愛い教え子に何という仕打ちッ」
「可愛くは無ぇ。そもそもが押しかけ弟子だろが、お前」
「むむむ、それを言われると反論しにくい」
過去の出来事を掘り返されて、ミケーネは腕を組んで唸る。
彼らのそんなやり取りを見ていたロイがふと気づいた。
「先生に教え子……?もしかしてミケーネさんも師匠の弟子なんスか!?」
「師匠?という事は
猛烈な勢いで迫ってきた年甲斐もない姉弟子。師匠で先生なジョニーは彼女の額にかなり強烈デコピンを見舞う。予想外の威力を喰らって、ミケーネは大きく上体をのけぞらせた。
「ふふふ、なんだか楽しい方ですね」
「騒がしくて面倒臭い、という言い方の方が適切だぞ。冒険者としては経験を積んできたみたいだが、二十にもなって落ち着きの欠片も生えてきていない」
「せんせがイジメるよ~、ロイ君」
「師匠、ミケーネさんをイジメるのは良くないッスよ」
「姉弟子を守ろうとする、実に大人な弟弟子だな。見習えよ、ミケーネ」
「ぐはっ!」
自身の行いが己に跳ね返されて、猫獣人は胸を押さえて後退る。だがしかし、ミケーネは実に立ち直りが早い女。すぐさま元の調子を取り戻し、素直で可愛い弟弟子に向き直った。
「よぉし、ロイ君。この姉弟子が稽古を付けてあげよう!」
「本当ッスか!?よろしくお願いします!」
大喜びでロイとミケーネは訓練武器置き場へ得物を取りに行った。
「あれ、ミケーネさんは槍使いッスか」
「そうだよ、この普通の槍とはちょーっと違う特殊なの使ってるんだ~。今度ジョニーせんせと一緒に探索に行くときに見せてあげるっ」
「特殊な槍……気になる。楽しみにしておきますッス!」
そんな話をしながら、二人は訓練を始めたのだった。
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