第一章 終幕

迷宮領域に潜り、駄弁る

 パチパチと薪が爆ぜる音がする。時々揺らめく炎が灯りとなって、不可思議な古代の紋様が刻まれた遺跡の壁を照らし出す。遥かな年月、人間が一人も入り込んでいないその空間は、不思議な程に破損が少ない。


 焚火の世話をしながら冒険者の男は一人、今日の夕食の準備を進めていた。


≪ジョニキ、おっす≫

≪ジョニーさん、こんばんは≫

「来たか、暇人ども」


 いつも通り。彼の『いつも』に組み込まれてしばらく経った、異世界の住人との会話が始まる。彼らに教えられた配信と呼ばれるそれは、今や迷宮領域ダンジョン探索のお供のようなものである。


≪おや?今日はリーシャさんたちはいらっしゃらないのですね。≫

≪リーシャちゃん達とおしゃべりしたいッ≫

≪リベルたんのカワイイ顔が見たいでござる≫

≪何処かへ行ってるですぅ?≫

「あー、うるせえうるせえ」


 異世界の住人、視聴者たちから矢継ぎ早に問われて乞われて冒険者ジョニーは、耳に指を突っ込んで嫌な顔をしながら首を横に振った。


「俺は元々、単独ソロ行動を徹底してるんだよ。あいつら引き連れて行動する方が稀だ、稀」

≪そうなん?なんで?≫

「冒険者同士で組んだら依頼報酬の取り分が減るだろが。金の分配で刃傷沙汰とかも冗談じゃねぇ」

≪やっぱりお金が絡むとそういう事が……?≫

「ああ、何度も見たぞ。迷宮領域ダンジョンの中で仲間に闇討ちされて放置された奴とかもいたな」

≪うわッ、なにそれこわい≫


 当然のように言い放たれた言葉に視聴者たちは耳を疑う。やはり金や欲が絡むと、人間は碌な事をしないのである。


≪ところで今どこにいるでござる?遺跡のように見えるでござるが……≫

「お、正解だ。前に荒らし君を調教した時があったろ」

≪僕は馬みたいに調教されたんですか……≫

≪実際、そんな感じですぅ≫

「その時の遺跡だ。奥に続く扉がちょっとした事情で開いたんでな。俺が物見ものみとして探索中、ってわけだ」

≪熟練者ゆえの信頼に基づいて任命された、という事ですね。≫

「そういうこった」


 ジョニーはハハと笑う。


≪あれ?ジョニキ、今まで剣なんて持ってたっけ?≫


 目聡めざとい視聴者の一人が、彼の傍らに置いてあるそれに言及した。ナイフのみであった彼の武装に追加されたのは鉄の短剣ショートソード。鍛冶屋で安く売りだされていた数打ち量産品である。


「探索する範囲も広い、強力な魔物とやり合うしかない状況も発生するかもしれん。流石にナイフ一つで動き回るのも限度があると思ってな。ま、お守りみたいなもんだ、極力抜く気はぇよ」

≪え~、魔物をズッパズッパするの見てみたいッ≫

「いや、今まで野営時以外で配信始まった事無いだろ」

≪そう言えば確かにでござる、何か理由があるのか……≫


 配信は野営と共に。必然的に異世界の住人たちとはユルユルと駄弁るだけ。刺激となるのはせいぜいが食事か、配信者側か視聴者側の新しい参加者くらいのものだ。


 しかし異世界と繋がる切っ掛けについて、ジョニーには思い当たる事があった。


「もしかしたら安全地帯セーフゾーンを作っている杭かもしれんな。俺の持ち物の中で特別というか、普通じゃない物ってなるとコレ位しか無い」

≪地面に打ってある奴ですぅ?≫

「ああ。昔の友人……というか恩人から押し付けられたモンでな」

≪押し付け?≫

「いらないって言っても『餞別だよ』つって無理やり荷物に突っ込まれたのさ」


 当時の事を思い出して肩をすくめる。だがそのおかげで今、快適に野営が出来ているのも事実だ。仕事中の気晴らしになる配信も杭の効果とするならば、その人物に礼を言わなければとジョニーは考える。


≪あっ、そうだ、一つ質問がありますっ≫

「おん?なんだ、元荒らし君」

≪その節は誠にごめんなさい、謝るのでその呼び名は止めて下さい……≫

「ははは、冗談だ、冗談。で、何が聞きたいんだ?」


 しょんぼりとした声が配信者の頭の中に響く。言葉をそのまま受け取る良い子な彼の様に、ジョニーは笑って詫びを入れた。


≪ダンジョンに宝箱ってあるんですか?森とか、山とかっ≫

「あるわけねぇだろ、そんなモン誰が用意するんだ」

≪あ、そうなんだ……≫


 またも彼は少し落胆の声色になる。少しだけ彼がかわいそうになったジョニーは、その望みに応えられるであろう情報を教える事にした。


「だが、遺跡となると話は別だ。昔の人間が置いていった物が色々あるからな。極々たまーにだが、古代遺物を見付けて一攫千金する冒険者もいるぞ」

≪おおおおお!それ、そういうのを聞きたかったんです!≫

「喜んでくれて何よりだ」


 想像以上の喜びようにジョニーは苦笑する。


「というかそんな事を聞くって事は、そっちはそこらに宝箱が生えてくるのか?」

≪どう説明すれば良いのか悩むですぅ≫

≪ゲームって言っても分からんよな、ジョニキ≫

盤上遊戯ボードゲームとかそういう奴か?いや、それで宝箱がどうとかはよく分からんな……」

≪うがあッ、身近な物を改めて説明するの難しいッ≫


 異世界では普通の物が、ジョニーの世界では想像もつかない何かになる。逆でも同じとなる世界の差異は新鮮であると同時に、お互いに言語化しようとすると困難なのだ。どちらにとってもそれは『ただの日常』に組み込まれたものなのだから。


≪うーん、私もビデオゲームについては説明が難しいですね。今まで触れてこなかったものですし。≫

「頼みの綱の先生でもダメならもう無理だな」


 最も言語化に長けている人物が手を上げた事で、その場の全員が諦めた。


「しかしまあ、そっちとこっちは違う世界なんだな」

≪なんだよ今更≫

「改めて考えると素直に不思議だ、ってことさ。一人で迷宮領域に潜ってんのに何処とも知らない世界の連中と話してる、これが不思議じゃないはずがないんだがな」

≪そう言われると確かにですぅ≫

≪俺ら、別世界の人と交信してるッ……うん、凄い話だ≫


 既に日常に組み込まれてしまった事で慣れてしまった非日常。配信者も視聴者も、それが常ならない事であるという真実を思い出す。


「ま、これからもよろしくな、視聴者諸君。一人寂しい探索の話し相手になってくれや」

≪ジョニー殿は一人ではない、仲間がいるでござろう?≫

≪そうですよ、リーシャさんたちがいるじゃないですか≫

「いやいや、アイツらは商人組合からの依頼で経験を積ませてるだけだ。俺は本来は一人だよ」


 フッと笑ってジョニーは言った。


「寂しい事、言わないで下さい。ジョニーさん」

「!?」


 ストンと、彼の隣に薬士の少女が座る。


「そうッスよ。師匠は一人じゃないッス」


 もう一方の隣に、剣士の少年が腰を下ろした。


「お前ら、どうしてここに……。というか俺が気配を察知できないはずが」


 ジョニーが言い終わるよりも先に頭の上を何かが通り過ぎてクルンと一回転し、胡坐あぐらをかく彼の膝の上にドスンと落ちる。


「わたし」

「だろうな。そう思ったよ、ああ。複数人に隠形術とか器用な事しやがって……」


 強き強き少女は、ジョニーの身体に背を預けて彼を見上げた。


≪愛されてますね、ジョニーさん。≫

「よせよせ、ンなワケあるか」

≪ハッ!?これが俗に言うツンデレって奴かッ≫

≪オッサンのツンデレとか、きっしょ≫

≪ツンデレならリーシャちゃんのが見たいですぅ≫

≪拙者はリベルたんの……いや無理、想像がつかんでござる≫


 手をひらひらと振って否定するジョニーに対し、視聴者たちは好き放題にコメントする。彼ら彼女らの声は全て笑いを含んでおり、確実にこの状況を楽しんでいる。リーシャとロイもまた同じように、笑みを浮かべていた。


 そんな仕方のない視聴者と若者たちの様子に、ジョニーは頭を掻く。その口元には僅かに笑みが生じており、彼自身もこの状況を憎くは思っていないのが分かる。


「ジョニー、気持ち悪い」

「うるせぇ」


 一人いつも通りなリベルの鋭利な一撃をジョニー跳ね除けた。彼は彼女の両頬に手をやって、これ以上言葉を発せないようにグニグニと揉んだ。


「ったく、仕方ねぇ奴らだ」


 フッと彼は笑う。


「んじゃ、今日の配信、改めて始めるか」


 少し考えてから、ジョニーは配信に向いた話題を選択した。


「そうだな、鉄鎧竜アイゼメイルドラッヘっつーという魔物について話すとするか。特殊な白い鉄の鱗を纏った竜だ」

≪おおお、なんか凄そうなドラゴン、キターーーーッ!≫

≪気になる気になる、ジョニキ早く早く≫


 視聴者たちがにわかに騒ぎ出す。彼ら彼女らは竜が好きなようだ。


「そう急かすなよ。のんびり駄弁るのが、俺の配信だろ?」


 ニヤリと笑って、彼らの望む話を始めた。


 冒険者にして配信者ジョニー。


 彼は今日もいつも通りに、迷宮領域ダンジョンで駄弁る。




 ― 第一章 完 ―

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