第31話 若き覚悟
暴れる竜によって木々が薙ぎ払われ、森に土煙の柱が立つ。強大なる魔物は、自身の封を解いた冒険者たちを追って遺跡から町へと向かっていく。倒す事はおろか、足止めする事すら容易い事ではない。
しかし、そんな相手に奮戦する者たちがいた。
竜が追ってくる。破壊された木々がまるで小枝の様に宙を舞う。踏まれた大地には大きな足跡が残り、咆哮一つで惰弱な魔物は失神する。リーシャとロイは恐怖に心を侵食されながらも、自分達に出来る事を懸命に実行していた。
「リーシャさん!こっち、終わりました!」
「よいしょ……っ。うん、私も完了だよ!」
掘った穴に入れた何かに土を被せた二人は、すぐにその場を離れる。竜が迫る、だが彼女達は既に次の作業に取り掛かり始めていた。先へ先へ、追いつかれてしまえば足止めも何も不可能なのだから。
二人が埋めた何かを竜が踏む。
その途端に、大地が、爆ぜ飛んだ。
地面が大きく抉れ、突然の出来事に魔物は怯む。が、痛手は与えられていない。その程度でどうこうなる様な相手では無いのだ。しかしそれを理解してもリーシャとロイは罠を張る手を止めない。
「この程度じゃ、どの位の効果があるか分からない……けどっ」
幾つかの薬草毒草の粉に鉱物粉を混ぜ合わせ、魔物素材の粉末を加えて慎重に袋草に詰める。普段投擲している爆発物よりも遥かに強力な配合であり、軽い衝撃で起爆するような危険物だ。魔物との戦闘でまともに使うのは不可能に近い。
だがそれも時と場合と使い方によるのだ。今この時においては、地中に埋めて竜を迎え撃つ罠として活用出来ている。薬は毒、毒は薬。何事にも無駄などという事は無いとリーシャは薬士として学んできたのだ。
「時間を稼げば、その間に町の方で何か手を打ってくれるはずッスよ!」
ロイは
大人しく殺されるか、町とは反対側の山に向かって逃げるか。
そして、無謀と分かっていても立ち向かうか、だ。
彼は迷う事無く、勇気ある選択をしたのである。
地中に罠を設置し終えて更に後退し、二人は巨木が見下ろす広い場所に出た。足止めを続けてきたものの、遂に奥地から出てしまったのだ。
「出来る事は、した。これで止まってくれれば……」
手元で爆発したら人体が半分消し飛ぶような威力の爆発物。かなり無茶な調合だ、普段なら絶対にしない。だがそれでも今はそれが生み出す可能性に掛けるしかないのだ。広場に張った罠が、今打てる最大の一手である。
木々が倒れる。四足で進む竜の体が緑の海を破壊し、その土煙の間から白色の尾が覗く。咆哮は大気を震わせ、リーシャとロイの身を
破壊が、遂に姿を現す。
四つ足で歩く大蜥蜴。人間の十倍以上の体長を持ち、長い尾は太く強靭だ。その身は白色の鱗で覆われており、剣も矢も効かず、魔法であっても傷付ける事は叶わない。
翼を持たぬ地を這う竜、それが
「来たッ!」
リーシャとロイは姿を隠していない。追いかけっこをしても勝ち目がない以上、確実に罠を踏ませる必要がある。自分達を囮として、竜の進路を限定させているのだ。
ずっと追っていた彼女達の姿を発見し、竜は一層強く咆える。木々を隠れ蓑にして何度も攻撃を仕掛けてきた、鬱陶しい羽虫のような存在。それをようやく潰せるとして巨大な魔物はその目を血走らせる。
猛り咆える鉄の鎧を持つ竜は、一歩、罠に足を踏み入れた。
その瞬間、轟音と共に大地が爆ぜる。埋伏させた調合薬が次々と発火起爆し、竜の両前脚の鱗が剥げ飛んだ。同時に埋めていた毒薬が飛散する。付着したものを爛れさせる毒、それを濃縮した酸だ。散った毒はむき出しとなった竜の脚に付き、傷を溶かして更に悪化させる。
「よし、やった!」
作戦が上手くいって、リーシャはグッと拳を握った。どれだけ強い魔物であったとしても、足を酷く傷付けられれば行動は出来なくなる。敵わない相手ならば倒さなくてもいい。勝つ必要は無いのだ、動けなくすれば目的は達されるのだから。
「リーシャさん、行きましょう」
「うんっ」
二人は鉄鎧竜に背を向けて駆け出した。これ以上できる事など無い、あとは逃げてしまえばいい。町に戻って他の冒険者や衛兵と協力して対処すればいい。リーシャとロイは自分達の役割を終えて、ほんの少しばかり安堵していた。
「……?」
背後で何かが爆ぜる音がする、起爆しなかった袋草だろうか。だがそれにしては大地が砕け散った音がしない。ロイはそれに違和感を覚え、ふと後ろに目を向ける。
「―――ッ!!リーシャさん、伏せてッ!!!」
「えっ!?」
彼の叫びにリーシャは咄嗟に身を屈めた。その瞬間、彼女のすぐ脇を何か巨大な物体が通り過ぎ、駆けていこうとしていた大地を破砕する。
「ぐ……、
ロイは剣を抜いていた。両手で握ったそれで彼は飛来した何かを捌き、軌道を変えたのだ。もしそれにに気付かなかったなら、二人纏めて切断粉砕されてしまっていた事だろう。
リーシャは飛来した物に目を向ける。そこにあったのは、彼女の背丈の半分ほどはある、白色鋼鉄の鱗だった。逃げていく二人に向けて、鉄鎧竜が放った弾丸だ。
そしてそれは、一発だけでは無かった。
魔物の背に生えている山脈の様に連なり立った鱗。それが次々と射出され、竜の意のままに空中で軌道を変えて飛んでくる。一つ一つが人間を粉砕できる程の威力を持ち、飛来する速度は矢を超えている。
「だぁぁぁぁッ!!!」
ロイは咆哮した。
彼は剣を振る。斬るのではない、触れて受け流すのだ。それに集中するのだ。瞬き一つの隙ですら危険、歯を食いしばって全身に力を込める。直撃する軌道を僅かに逸らすのが限界、しかしそれで今は十分なのだ。
彼はジョニーとリベルという、二人の圧倒的強者と戦闘訓練を続けてきた。しかし彼ら相手では碌に攻撃が通らず、相手を斬る能力は大して伸びなかった。
だがその反面で、彼は防御の技術を磨く事になったのだ。叩かれ殴られしながらも果敢に戦い、次第にジョニーの剣を多少は受け止められるようになった。吹っ飛ばされ投げ飛ばされながらも立ち向かい、リベルの一撃をほんの僅かながら受け流す事に成功した。
その経験が今まさにロイと、彼が守るべき相手を救ったのである。
「ぐッ」
受け流す。それだけに全力を注ぐも、飛来する白色の鱗は途轍もない重量だ。下手な受け方をすれば安物の鉄の
だがしかし、彼が多少修練しただけの新米冒険者であるという事実は変わらないのだ。
「あぐッ!?」
「ロイ君!」
捌き切れずに衝突した鱗の威力に負け、ロイは剣を弾き飛ばされてしまう。彼自身も吹っ飛び、ドスンと尻もちを搗く。咄嗟に身を庇った事で彼は両手を負傷し、もう一度得物を持って立ち向かう事は不可能になってしまった。
だがそれでも立ち向かおうと、痛みに耐えながら彼は顔を上げる。
しかし彼が見たのは、自分達に向かって飛んでくる巨大な龍の鱗だった。
逃げる、いや、もう間に合わない。
ロイとリーシャは恐怖と死の覚悟を決めて、目をきつく瞑った。
だが。
いつまで経っても。
二人が痛みを感じる事は無かった。
「大丈夫か、リーシャ、ロイ」
よく知る人物の声。
それに促されるようにして、彼女達は目を開く。
飛来した竜の鱗は、自分達を避けるように左右に分かれて大地に刺さっていた。斬ったのだ、ロイが弾き飛ばされた安物の剣を使って。
「ジョニーさん!」
「師匠!」
二人は彼を呼ぶ。
ジョニーは戦う覚悟を、竜を睨む目に宿らせていた。
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