第27話 強者の消失

 太陽が天頂に届こうとする頃、ジョニーは山腹の洞窟の中にいた。彼は椅子代わりにちょうど良い岩にドスンと腰を下ろし、リュックサックから布包みを取り出す。中身は肉と野菜を挟んだ硬い黒パン、今日の彼の昼食である。


「ん、中々の味だ」


 ガジリとそれに齧りつき、ジョニーは一つ頷いた。肉も野菜も少し古い、食べられる限界点と言っていい材料だ。パンに至っては作られてからそこそこ時間が経っているようで、彼が腰を下ろしている岩の様に頑強である。こうした材料でもそれなりに仕上げられるというのは、ひとえに彼の腕による所だろう。


「もぐもぐ」

「勝手に食うな」


 隣から手を伸ばしてきた強奪者リベルは、さも当然のようにそれを食する。そして彼女が作り手への感謝などという殊勝な行動をするはずもない。奪っても大丈夫な相手から欲しい物を貰っただけなのである。


 リーシャは納品する薬の調合本業で、ロイは前回登山で浮き彫りになった貧弱さを克服するための鍛錬体力作りで不在のため、今回は二人旅。前回リベルと遭遇した飛竜の元巣穴で休憩中である。


「はぁ……」


 更に一つ黒パンサンドを奪取する少女を見て、ジョニーは深くため息を吐く。


 組合からの探索依頼書には、冒険者としての経験が少ない者を同行させるように、とあった。そしてそれは『可能であれば』という条件が付いていた。つまりリーシャとロイが同行できなくなった時点で今回の探索は単独ソロ行動、元々のジョニーのやり方で仕事が出来る、はずだった。


『冒険者の登録してきた』


 リベルが発したその一言は彼を驚かせた。

 彼女は強者を探して世界中を歩き回り、徒党を組む賊や強き魔物を次々と討ち取ってきた殺戮してきた。未開の地へと単独で分け入り、ありとあらゆる環境を突破してきた。しかし彼女は冒険者ではない、それを仕事として対価を受け取る事をしてこなかったのだ。


 当然、彼女に冒険者としての経歴は無い。つまり、どれだけポンコツであっても一年のちょうがあるロイよりも経験という面では下という事になる。


『メガネが言ってた。町の周りの迷宮領域ダンジョンには未知の魔物がいるって。そこにジョニーが行くから付いていくと良いって』


 それを聞いた瞬間、ジョニーは膝から崩れ落ちた。自由気ままに動き回り、強者と見たら襲い掛かる怪物。その首輪役を知らない間にクライヴに押し付けられていたのだ。


「探索時の……ッ。魔物の露払い役が出来たと、思う事に……ッ」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ジョニーは独り言ちる。そうこうしている内に彼の手にあった昼食は、その半分以上を実に頼もしい露払い役に消費されてしまった。短い昼食休憩を終えて、二人は洞窟を後にする。


「ここを歩けば早い」


 リベルは当然のように、ほぼ垂直な山肌を指さす。


「ンなトコを進めるのはお前だけだ、こっちへ来い」


 常人がちゃんと歩いて進める場所を見定めて、ジョニーは彼女を呼び寄せた。


 地図を作りながら二人は進む。襲い来る魔物の相手は全てリベルに任せ、ジョニーは周囲の目印や生息する魔物の情報を記録する。役割が完全に分担された事によってルートを開拓する速度は増し、先日よりも遥かに早く山を登っていく。


 八合目。


 何とか通る事が出来る場所を探して山肌をジグザグに、縫うようにして進んだ先。多数の大岩が転がる場所でジョニーは妙な光景に遭遇する。


「……おい、リベル」

「なに」


 後ろを歩く少女に声をかける。振り向く事は無く、彼の目は眼前の異常を映したままだ。リベルは首を傾げた。


「なに、じゃねぇだろ。やりやがったな、お前」

「……?」


 何を言われているのか心底分からないといった顔で、薄紫髪の少女はジョニーを見る。その様子を見て、ジョニーは深くため息を吐いた。


「この山の翼竜、全部殺しやがったな?」

「うん」


 特に悪びれる事も無く、リベルはこくんと頷く。


 二人の前には無残な翼竜の死骸が、ありとあらゆる場所に転がっていた。そのどれもが体を縦か横に真っ二つにされており、まさに惨劇の現場だ。それなりの高さから墜落したのか、潰れているものもいる。この場所と上空でどれだけ激しい戦闘が発生したのか、想像する事が出来ない程の惨状であった。


 先程休憩した翼竜の巣穴。その主を討ち取って山肌に風穴を開けてリベルが配信に乱入した、その前。ジョニーたち三人が一歩一歩山道を歩いていた時に、山頂付近ではリベルが翼竜の群れと盛大な殺し合いをしていたのだ。


「おそらく、この山の生物の頂点は翼竜だ。それがある日突然、丸ごといなくなったらどうなるか、分かるか?」

「分からない」

「だろうな」


 ジョニーは肩をすくめる。


「ま、分からなくともいいさ。すぐに理解する事になるだろうよ」

「どういうこと?」


 彼の言葉の意図が分からず、リベルはまたも首を傾げた。その時。


 翼竜の死骸がモゾリと動き、その下からガサガサと小さな生物が姿を現した。鼠だ。額から尾までを鉄の鱗で覆われた、赤褐色の毛を持つ大鼠だ。それがその場にある死骸の全てから這い出てきた、かなりの数だ。


 腐るのを待つだけの竜の体に齧りついていた彼らは、折角得た貴重な獲物を奪われまいとジョニー達を威嚇する。


「おぅおぅ、随分と威勢がいいな。手甲鼠リュストゥマオスども、恐れる相手がいなくなって気が大きくなったか」


 翼竜という最大の脅威が消失した。本来は臆病な鼠たちはそれを理解して、群れの全員で昼間に行動するという大胆な行動に出たのだ。


「ん」


 ブブブと低く重い音が聞こえる。リベルは辺りを見回して、その出所を探す。


 上だ。

 鼠たちと同様に翼竜の死骸に群がっていた、赤褐色と黒の縞模様を持つ巨大な赤山蜂ロトベルクビーネだ。


「沢山きた」


 彼女の背丈と同等程度の大きさのそれは、翅を鳴らして次々と飛び立つ。十、二十と現れたそれは顎を鳴らし、カマキリの様に発達した前肢をもたげる。


「これが、起きる事?」

「そうだ。本来なら捕食者を恐れて大っぴらに動かない魔物が、それの消滅によって活性化する。人間が手を出さずとも起きる事はあるが、まあ稀だ。それをお前は……」


 ジョニーは肩をすくめ、責める目つきで隣の少女を見る。

 しかし。


「弱いのが沢山、面倒」


 リベルは彼の視線など気にもせず、これから全滅させる相手を見てげんなりしている。


「そーだな、お前はそういう奴だな。こんな話知ったこっちゃなくて、魔物については強い弱いしか興味ないもんな」


 はあ、と一つ溜息を吐いて、ジョニーは一歩前に出た。鼠がヂヂッと鳴き、蜂が羽音を強くする。敵から目を話す事無く、彼はリベルに指示を出す。


「お前は蜂をやれ、鼠は俺が追い払う」

「ん、分かった」


 彼女は了解を口に出したと同時に、大地を蹴って跳んだ。弾丸のように蜂の大軍に突撃したリベルは、その中の一匹のくびれた胴を鷲掴む。もう一方の手で太い腹を引き、ブチリと赤山蜂を上下に千切った。


「んしょ」


 落下しながら蜂の上半分をポイと捨て、まだビクビクと動いている下半分の殻を割る。毒針や消化器官を除去し、海老のような乳白色の身を掴み取った。


 そして、齧りついた。


「むぐむぐ」


 あっという間に目の前で仲間を解体されて食われた蜂たちが怒り狂う。ただ落下するだけで無防備なリベル目掛けて、赤山蜂の大軍は一斉に襲い掛かった。


「ほっ」


 前肢の鎌で彼女を両断しようとした蜂の顔面を蹴り付け、反動で後ろに跳んでクルリと空中で後方一回転。別の蜂の背を踏み付けて打ち落としながら、リベルは手にあるものを食べ続ける。


「せめて焼いて食え!変な病気を貰っても知らんぞ!」


 飛び掛かってきた鼠を蹴り飛ばし、ジョニーは彼女の蛮行を注意する。素手で赤山蜂を引きちぎるのも、空中で蜂を足場にして戦いを続ける事も、リベルを対象とする場合は特に注意する部分では無いようだ。


「もぐもぐ、大丈夫」

「何を根拠に言ってんだ、まったく」


 蜂が打ち落とされて砕け散る。蹴られた鼠が仲間に衝突して、まとめて無力化される。ジョニーとリベルは適当な会話をしながら、次から次へと襲ってくる敵を打ち倒していく。


 少しの後、蜂は全て大地に落ちて砕け、鼠たちは逃げ去っていった。


 二人は山頂を目指してなおも足を止めずに進んでいく。

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