第24話 乱入者

 ジョニーは見ていた、土煙の向こう側を。しかしリーシャとロイ、そして視聴者たちは未だに煙の中に在って、それを確認できていない。だがそんな彼ら彼女らの耳に、その場には似合わない声が届いた。


「あ、ジョニーだ」


 少女の声、それもリーシャ達よりも年齢が下とも思える声だ。


 そこにいたのは、腰まである長い薄紫髪を靡かせる一人の少女だった。背丈はリーシャよりも更に低く、ジョニーと比べると頭二つ分は小さい。彼を見る瞳は鮮血のように赤く、だがそれを宿す目は退屈そうで眠たげだ。


 肘くらいまでの大きさの茶色の編み物ショール、首元に二つボタンがあるクリーム色の長袖シャツ、ショールと同じ素材の小さなエプロン付き紺色ロングスカート、膝下まである焦げ黒色の編み上げブーツ。その服装だけを見たならば、町を行く育ちの良い娘のよう。


 だがしかし、それとはアンバランスな物が彼女の手にあった。


 斧だ。それも彼女の背丈の二倍以上はあろうかという巨大な片刃斧。それが彼女の隣で石突を上にして突き刺さっていた。今は天井を向いている石突には数本の飾り布が付いている。蒼玉サファイアに似た色の刃は透き通っているかのように、暗い洞窟の中に在って輝いていた。


 小さい背丈、町娘のような恰好、そして巨大な斧。違和感の塊のような姿だが、それ以上におかしなモノが彼女の足の下にあった。


 翼竜ワイバーンだ。頭から腹の中程までを真っ二つにされたソレの死骸だ。その大きさは一般的なそれの二倍以上、ジョニー達が登ってきた山の主であると言っても過言ではない化け物である。


 彼女が握っている斧は、それの体に深く深く突き刺さっていた。


「…………リベル」


 心底嫌そうな顔をしながら、ジョニーはポツリと呟いた。


「えっ、女の、子……?」

「へ?え?あえ?なんでこんな所……にぃっってか竜!?」


 突然現れた少女を見てリーシャはポカンと呆け、対するロイは小さな女の子の足下にある物に気付いて驚愕して少し後ろに飛び退く。


≪かわいい……けどッ、なに?≫

≪小っちゃい子がなんでこんな所にいるんだよ≫

≪というか、天井壊して落ちてきた……でござるか?≫

≪理解が、理解が追い付きません!≫


 視聴者たちは大混乱。異世界の洞窟の中で駄弁り配信を見ていたと思ったら、突然天井が崩壊して何故か少女が現れた。翼竜を踏み付けていて、その手には不釣り合いな大斧があって、そして普通の恰好をしている。情報量が多すぎるのだ。


「こんな所で、何してる?」


 リベルと呼ばれた少女は首を傾げながら、手にしていた斧を光の粒に変えて消滅させた。ピョンと翼竜の死骸から飛び降り、トコトコと三人へと歩み寄る。


「それはこっちの台詞だ、前人未踏な筈の場所に当然の様にいるんじゃねぇよ」


 ハアと溜め息を吐き、ジョニーはナイフを仕舞う。安全地帯の中へと戻った彼は、警戒して損をしたという表情を浮かべながらドスンと腰を下ろした。少女は彼の隣に座り、何の躊躇もなく焚火の中に手を突っ込んだ。


「わっ、ダメ!熱いよっ」


 当然のように実行された予想外の行動に驚いたリーシャが咄嗟に彼女の腕を掴む、しかし火の中から手を出させようとしてもビクともしなかった。腕力が違い過ぎるのである。


 燃えゆく薪を素手で掻き分け、リベルは何かを掴んで取り出した。火から出した手に一切の火傷は無く、完全に無傷である。どう見ても生焼けで柔らかさ抜群のそれに、またもや一切の逡巡無く齧り付く。


「おい、俺たちの晩飯を勝手に食うな」

「むぐむぐ」


 保存食の肉、三切れ。切り分けるなどという行儀のよい事はせず、手掴みのままで彼女は食べていく。見た目の可憐さとは正反対の、豪快というよりも野蛮な行いだ。


≪えー、ジョニー殿、その子はいったい……≫

「お。ああ、そうだな、そうだよな」


 配信の事を失念していたとばかりに、ジョニーは頭を掻いた。


「おい、リベル。自己紹介しろ」

「ん?」


 三枚の肉をあっという間に平らげて、指を舐めながら少女は首を傾げる。


「なんで?」

「何でもクソもあるか。俺以外は初対面だろが、お前は」


 言われて、それもそうかとリベルは納得の表情をした。が。


「この声、それと、それ。なに」


 自分のこめかみを指で二度トントンと突き、続いて窓を指さす。


「異世界と繋がってる、聞こえてるのは異世界人たちの声だ。原理も何も全く分からんが、とりあえずそういう事で納得しろ」

「あはは。ジョニーさん、そんな無茶な」

「ん、分かった」

「何の疑問も無く納得したッスか!?」


 物分かりが良いなどという次元ではない。そもそも大して興味がないのに聞いて、とりあえず答えを貰ったから頷いただけである。窓に正対し、リベルはその眠たげな眼を視聴者に向けた。


「リベル」


 一言、彼女は自分の名を口に出した。リーシャとロイは自分がやった自己紹介を思い出しながら、突然の乱入者である少女を見守っている。異世界の住人達はリベルの次なる言葉に応じて騒ごうと構える。


 しかし。


「……」


 少女は。


「…………」


 それ以上、口を。


「………………」


 開かなかった。


≪え、終わりでござるか!?≫


 かわいい等の言葉を準備していた視聴者たちは裏切られ、肩透かしを食らった反応をコメントする事となった。彼らの事など気にする様子もなく、リベルは肉の油が付いた手を魔法で生じさせた水で洗い始める。


「はぁ、お前はまったく……。ちゃんと自己紹介をしろ」


 ため息を吐きながらジョニーは彼女の頭を鷲掴み、その顔を強制的に窓へと向けさせた。少し不満げな表情のリベルには構わず、彼は彼女について説明する。


「コイツはリベル、リベル・ファリス。そうだな……俺の同業者と思ってくれればいい」


 何か言いたそうにリベルはジョニーを見る。黙っていろと彼女に目配せをして、彼は更に言葉を続けた。


「見た目に騙されるな、コレは猛獣の類だ。さっきの出来事と後ろに転がってる翼竜を見ての通り、この穴倉の主を空の上で仕留めて山に風穴を開けるような化け物だ」

「ジョニー、失礼」

「いま俺が言った事で間違った部分があるか?」

「ん。ない」


 少女はフルフルと首を横に振った。


≪なんというか、途轍もない子のようですね。≫

≪それでもカワイイですぅ≫

≪めっちゃ配信映えする子じゃねーか≫


 困惑しつつも異世界の住人はリベルの事を歓迎する。姿は人形のようでありながら行動はワイルドで、竜を軽々と倒せるほどに強い。彼女はインパクトの塊のような存在である。癒しと共に刺激も求める視聴者にとって、リベルは逸材であると言えるのだ。


「で、こんなトコで何してたんだ」

「強いの、探してた」


 彼女はちらりと背後を見る。


「満足したか?」

「んーん。つまらなかった」


 また首を横に振り、少女は少し残念そうな顔をした。一般的な翼竜とは一線を画す大きさの怪物を一人で相手し、それでいてなお眠たげな表情を崩さない。その言葉は強がりなどではなく、彼女は心の底から退屈しているのだ。


「そっちはなんで?」

「組合からの依頼だ。冒険者が挑戦しやすいように事前調査、って所だな」

「ジョニーにぴったり」

「ま、られ、よりかはこういう仕事の方が好みだね」


 ハッと鼻で笑って、ジョニーは笑う。


「あのー、ジョニーさん……というかリベルさん」


 そろりとリーシャが手を上げた。


「ん、なに」

「そのぅ、ちょっと聞きたいんですが……」


 口ごもりながら彼女はチラチラと、ある方向を見ている。その先にあるのは。


「あの翼竜から、薬の素材を採らせてもらえませんか?あ、勿論お金は払いますから!」

「お金いらない」


 ふるふると首を横に振るリベル。


「あ……そうですよね、駄目ですよね。竜の素材なんて高価だし……」


 彼女の返答を受けて、リーシャはしゅんと肩を落とす。交渉決裂となろうとした所で、二人の会話にジョニーが口を挟んだ。


「あー、違う違う。リベル、お前の言葉は足りなすぎるんだ、ちゃんと会話をしろ」

「面倒」

「こいつは……」


 あまりにも怠惰すぎるリベルに呆れて、彼は額に手を当てて溜め息を吐く。


「あの……どういう事、ですか?」

≪リーシャちゃんを置き去りにするなーッ≫

「うるせえぞ、部外者」

≪酷いッ≫

「話が進まないから、ちょっと静かにした方が良さそうッスね」

≪そうだねッ、ロイ君!分かったッ!≫

「うるせえ、黙ってろ」

≪本当に話が進まないから黙るでござる≫


 わあわあと騒ぐのが配信の楽しさだが、そのせいで本題が進まないのでは本末転倒というものだ。視聴者は自省して少しの間、邪魔をしないようにする。


「翼竜なんて好きにすればいい、自分には不要な物だから金も要らない。コイツはそう言ってるんだよ」

「えっ」


 代弁された答えを聞いて、リーシャは驚いた。

 竜は魔物の頂点にして、人間にとっては災害と同義の存在。古い伝承にそう残され、時代が下って人間が戦う力を強くした今であっても危険な生物である事に変わりはない。それ故に鱗に爪に牙、骨に臓腑に果ては血まで。その全てが高価な素材として扱われているのだ。


 それをゴミの様に扱うなど考えられない事なのである。


「ですが、その、それは流石に……」

「じゃあ、ご飯」

「え?」

「町に戻ったら、ご飯ちょうだい」

「そんな事で良いのなら……」

「じゃ、交渉せいりつ」


 ひらひらと手を振ってリベルは会話を切り上げた。困惑した薬士の少女はジョニーに目をやる。彼は肩をすくめて、良いというなら良いんだろ、と彼女がやりたいようにすれば良いと促した。許可が出た事でリーシャはすっくと立ちあがり、翼竜の死骸へと小走りで駆け出していく。


「ロイ、念のためリーシャに付いてろ。手を貸してやれ」

「はいッス」


 師から指示されて弟子は彼女を追いかけて行った。


 彼女達の動きなど興味なさげな乱入者の少女は、眠たげな目をしたまま窓の向こう側を退屈そうに見るのだった。

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