第23話 山腹の穴

 リュックサックから出した薪を組み、着火用の小さな赤の魔石を放り込んで火を付ける。日も傾いて薄暗い外、それよりも更に闇が早い洞窟の中を少しずつ大きくなる炎が照らしていく。


≪今日は洞窟の中、ですか?≫

「ああ。岩山の中腹あたりに開いた穴倉の中さ」

≪山登り、大変そうでござるな≫

「あはは、大変でしたよ、本当に」

「死ぬほど疲れた……」


 リーシャは疲れた笑顔を見せ、ロイはガクリと項垂れた。その様子を見て視聴者たちは、彼女達がどの程度の環境にいるかを理解する。


≪何か探し物なん?≫

「いいや、組合からちょっと面倒な依頼を受けてな。多分これからしばらくは、この依頼に掛かりきりになるだろうな」

≪面倒な依頼……まさかドラゴン退治ッ!?≫

「んなワケあるか。そんな依頼ならこいつらを連れてくるか」


 ジョニーは親指を立ててクイと二人を指した。


≪じゃあ何ですぅ?≫

「探索だよ、探索」

≪探索って、冒険と同じなんじゃないんですか?≫

「ん~、まあ細かい分別ではあるんだがな……」


 荒らし改め好青年の素朴な疑問に、冒険者は腕を組んで唸る。


「冒険ってのは目的を持ってやるものだ。例えば遺跡に眠る秘宝を探すだとか、人間に害をなす魔物を倒すだとか、な」

≪ふむふむ、確かに≫

「んで俺が請けた探索ってのはその前段階、ってトコだ」

≪んん?ジョニキ、前段階って?≫

「簡単に言えば地図作りだ」


 薪を炎の中へ追加して、ジョニーは質問へと回答する。


「誰も足を踏み入れた事の無い場所に何があるのか。それを知っている人間なんて存在しない。当然だ、誰も行った事が無い場所なんだからな」

≪それは確かにですぅ≫

≪新しい場所を見付けたら新しいクエストってゲームの常識だけど、良く考えりゃそりゃそっか≫


 目から鱗が落ちた様子で、視聴者の一部が納得の声を上げた。


「んで、そこに何があって何処を通れば良いか。それを調べるのが探索だ」

≪はぁ~、それは中々に難易度が高そうでござるな≫

「いや、難易度自体は大した事は無いぞ」

≪おや、そうなのですか。≫


 答えを聞いて異世界の住人達は意外そうにする。彼は短く、ああ、と頷いた。


「安全策を採って魔物や危険地帯を回避すれば良いからな。期限なしの依頼だ、急ぐ必要も無い。危険はひたすら回避、安全が一番なのさ」

≪安全第一、大切でござる≫

≪我が社のお偉いさんに聞かせてやりたい……ッ!(血涙)≫


 とある視聴者は泣いた。


「そっちも上役に苦労してるんだな」

≪ああッ、ああ……ッ!ってそっちも?≫

「俺じゃあないがな。組合の受付やってる奴が常時しかめっ面なのさ」


 クライヴの事を思い出しながら眉間に皺を寄せて難しい顔をする。


≪組合の受付……女の子ですぅ!?≫

「だったら良かったんだがな。男だよ、俺と同い年の」

≪それはそれは残念だなぁ、ジョニキ≫

「ああ、心の底からそう思うぜ。せめて女なら気合も入るってモンだが」

「ジョニーさん、クライヴさんが可哀想ですよ。とても頼りになる優しい人なんですから」


 この場にいないが故にあんまりな言われ様のクライヴを哀れみ、リーシャが口を挟んだ。しかしその言葉を聞いて、ジョニーは驚きの表情を浮かべた。


「アイツが優しい……?」

「なんでそこで驚くんですか」

「いや想像が出来んというか、不機嫌そうにしてる姿しか見た事無くてな」

「そうッスか?けっこう親身になって相談に乗ってくれるッスよ」

「マジか」


 ロイからも事実を教えられ、ジョニーは再び驚く。


 若者を育てる。そのためにクライヴは二人をジョニーへと託したが、彼自身も若い冒険者たちの育成に力を注いでいるのだ。不明な点があれば教え、不安があれば解消するために努力する。そうして少しずつではあるが、アーベンの冒険者の質を向上させようとしているのである。


 それが組合の利益になる、クライヴはそう判断して行動しているのだ。


≪そのクライヴさんって、どんな人なんですぅ~?≫

「えーっと、茶色髪で細四角の眼鏡を掛けてて……」

「濃い紫の背広で黒革靴ッスね」

≪あ、それだけで優秀そうなのが分かります≫

≪ジョニキと正反対っぽいな、その人≫

≪こらッ、大雑把で物臭でいい加減で乱暴者とか言っちゃダメッ!≫

「ぶん殴るぞ、お前」

≪やってみろッ≫

「……いつかブッ飛ばす」


 窓から見えるように拳をグッと握る。目の前にいたならば確実にそれが飛んでくる状況だが、残念ながら触れるどころか見る事も出来ない相手だ。ジョニーが出来る事など窓越しに脅すことくらいである。


≪で、明日は山頂アタックするんですか?≫

「いいや、明日は帰りだ」

「そうなんですか?」

「お前ら、もうヘロヘロだろが。帰りも同じ時間掛かるんだぞ?」

「師匠、帰りましょう!」


 師から忘れていた事実を思い出させられ、ロイは弾かれるように賛同した。


「元気そうだな、やっぱり明日は山頂へ……」

「うぐぅ……もう、ダメ、ッスぅ。死ぬ、倒れそう」

「そんなにボロボロならお前は帰り道で死にそうだ、次に来るまでここで待機な」

「ええっ!?」

≪師弟漫才、面白すぎんだろ≫


 何を言っても悪い方にしか転ばず、ロイは慌てる。二人の軽妙なやり取りに、リーシャと視聴者たちは笑った。


「さて、冗談はこの辺にしておくか」

「ほっ」


 弟子は胸を撫で下ろす。


「今日のメシは保存食の肉だぞ」

≪前にも見た旨そうな奴ッ≫

≪炎を吸って新鮮な感じになる肉でござるな≫

≪え、そんなのがあるんですか!異世界凄いなぁ≫


 初配信から異世界を知る者はその時の事を思い出し、つい先日知った者は興味津々に驚いた。ジョニーの配信を見に来ている視聴者はいつもほぼ同じ。驚いてくれる者は、今になっては新鮮である。


「ちゃんと驚いてくれるのは嬉しいねェ」

≪一度見ちゃうと次はもっとインパクトが欲しくなるんだよ、配信は≫

≪人間の興味関心ですから仕方の無い事ですが、それに応えるために危険な事に手を出す配信者の方も多くて問題になっています。ジョニーさん達はそうならないで下さいね。≫

「自分から危険な事をしに行く気はねぇよ、安心しな」


 そんな事は真っ平御免とばかりに、ジョニーは肩をすくめて首を横に振った。配信外で行う探索は兎も角として、彼の配信の主体はただの駄弁りだ。これからもそれを変えるつもりは無い、配信者は視聴者にそれを表明した。


 リュックサックから布に包まれた塊を取り出し、その包みを解く。初配信の時よりも少し小さくなった肉塊にナイフを入れ、以前とは異なり三枚切り分けた。それをポンと焚火の中に放り入れ、火勢が弱まらないように細く割った薪を追加する。


 パチパチと木が爆ぜる音と揺らめく炎。ジョニー、リーシャ、ロイの三人はそれを眺め、視聴者たちも何もしない時間をゆったりと過ごす。


 そんな時、ジョニーの眉がピクリと動いた。


 彼は素早く立ち上がり、窓に背を向けて洞窟の奥を睨む。腰のナイフを抜き、一瞬のうちに臨戦態勢へと移った。


「え、ジョニーさん?」

「師匠、どうしたんスか?」

≪なになに、ジョニキどうしたん?≫


 リーシャとロイの驚き、視聴者の疑問。その双方に対してジョニーは答える。


「気を付けろ。何か……来るぞ」


 パラパラと天井から砂が降る。カラリと天井から小石が落ちる。それらは次第に増えていき、遂には洞窟全体が揺れ始めた。


「きゃあっ!」

「う、うわわわわっ!?」

≪何ッ、何ッ!?地震!?≫

≪ジョニー殿、お気を付けを!≫

≪外に出た方が良い、急いで逃げるですぅ!≫


 リーシャは座った姿勢のまま頭を両腕で庇い、ロイは揺れながら小石が振ってくる天井を見たまま身体を硬直させた。地震が身近な国に住む異世界の住人達は大急ぎで彼らに助言を送る。


 その中でジョニーは一人、ある一点を見ていた。


 天井だ。


「上、か。何かが山を……掘っている、のか?」


 振動は更に強まり、遂には彼が睨んでいたその場所が崩壊した。


「ッ!」


 リーシャとロイを安全地帯の中に残し、彼は前進する。

 近い、近すぎる。十歩程度の距離、それは広い洞窟の中では目と鼻の先と表現できる程の近さである。そこで発生した崩落に巻き込まれる事は無かったが、現れた何者かが暴れ出せば巻き込まれてしまうのは必定だ。


 だからこそ彼は、土煙の中に在る何かが動くよりも先に行動しようと身構える。


 天井に開いた穴から強く風が流れ込み、濛々と立ち込める土埃を洞窟の外へと流していく。向かい来る砂粒で目を塞がれるのを腕で防ぎ、ジョニーはその向こう側にいる者にナイフを向ける。


 と。


「げっ」


 晴れ行く視界、瞳に映ったモノを見て。


 ジョニーは嫌そうな声を上げたのだった。

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