第22話 山へ

 カラカラと小石が転がる。斜面に沿って落ちて行ったそれは宙に放り出され、遥か下へと消えていった。山肌を風が吹き抜ける。舞った塵が龍の如く空を飛び、千々に分かれて散っていった。


「ひぃぃ、怖い、怖いッスよ、師匠!」

「うるせぇ、黙って歩け」

「がんばろう、ロイ君」


 森の奥地から更に奥。樹木無き山の中腹にジョニー達はいた。


 組合からの迷宮領域の探索依頼。受ける際に色々とやり取りはあったものの、彼はきちんと仕事に向き合っている。森の奥地との境である巨木に探索物資を運び入れ、そこを中継地点として山への道を拓いてきたのだ。


 当然ながら、彼らが作ってきた道もこれから行く先も人の入っていない場所。比較的歩きやすい、危険性が低いと思われる所を選んで進んでいる。目印となる物や地形などを紙に書き入れ、後にやって来るであろう冒険者の為に地図を作りながら探索しているのだ。


 だが彼らが拓いているのは、あくまで『比較的安全そうな』道である。他の場所を通るよりはマシ程度のものであり、ジョニー達が居る場所が暢気に歩ける安全地帯という意味ではない。


 彼らは今、一歩踏み間違えば真っ逆さまに落ちる断崖の上を進んでいた。


「リ、リーシャさん、なんでそんなに平気そうなんスかぁ」

「全然平気じゃないですよ~」


 リーシャはニコニコと笑顔を浮かべている。が、その表情は余裕から生じているものではない。恐怖と緊張によって笑うしかない状態になっているのだ。しかし、腰が引けて今にも落ちそうなロイよりは大分マシである。


「落ちるなよ~、蘇生するのが面倒だからな」

「し、死ぬの確定ッスかぁ!?」

「そりゃ、ココから落ちたら普通なら死ぬだろ」

「あはは……当然の事ですけど、平然と言われると怖さが……」


 震えながら付いてくる二人と異なり、ジョニーはいつも通りの調子だ。この程度の危険は慣れた物、万が一落下したとしても自身はどうとでも出来るという実力を持っているからである。


「取り敢えずへっぴり腰はむしろ危険だ。背筋を伸ばせ、ちゃんと歩け」

「は、はいぃ……」


 不甲斐ない弟子に注意して、彼は先へと進んでいく。風は強く、身体に力を入れていないと煽られて飛ばされてしまいそうだ。強風に晒され続けた岩山の肌は脆く、時折こぶし大の石が頭上から降り落ちてくる。下手に当たれば怪我をして、よろけてしまえば次の瞬間には崖の下である。


 未踏未開の場所を進むという事は、危険へと自ら飛び込んでいくのと同義だ。組合では軽い調子で受けたものの、こうなる事はジョニーも十分理解していた。想定外だったのは若年の二人を連れて挑む事になった一点である。


 彼は突き放しつつも要所要所で声をかけ、リーシャとロイが致命的な失敗をしないように気を配っている。クライヴがジョニーに二人を託した押し付けたのは、何のかんの言いつつも面倒を見るだろう事を確信していたからだ。


 彼の手のひらの上で踊らされているであろう事実を理解しながらも、ジョニーは自分に任された仕事を全うしていた。


「あと少しで広いトコに辿り着く、もうちょっと頑張れ」

「はいっ」

「りょ、了解ッス」


 励ましの言葉を受けて、若き二人に希望の光が差す。前進する力を回復したリーシャとロイは先導するジョニーに付いて、踏み外したら一巻の終わりの危険地帯を何とか脱出した。


「だ、だぁぁ、何とかなったぁ……っ」

「ふぅ……これで一息付けますね」


 馬車が進める程度には広い所へと至った二人は緊張の糸が切れてその場にへたり込む。先程までの弱々しい足場とは異なり、思い切り踏みつけてもビクともしない地面は安心と言う掛け替えの無い物を与えてくれた。


「立て、さっさと進むぞ」

「え、ええ~……。もうちょっと休憩欲しいッス」

「わ、私も……」

「ふむ。そろそろ日が落ちそうだ。となると、これから安全に野営出来る場所を見付ける必要がある。が、この先がどうなってるか分からん。となると探すのに時間がかかる事だろう、見付けられない可能性もあるな。さて、お前たちはココ断崖の脇で野営したいか?」


 一睡もできない絶望的な未来を頭に浮かべて、リーシャとロイは素早く立ち上がる。ジョニーは呆れて笑い、三人は険しい山道を進んでいった。


 山とは巨大な円錐形をしているもの。当然ながらその肌を歩くとなれば基本的にはずっと上り坂である。だがしかし一直線に山頂を目指せるはずもないため、時には曲がり、時には下り、蛇腹折りの様に進行する必要があった。となれば一日で登頂できるはずも無し。先にジョニーが言った通り、三人はどうにかして野営が出来そうな場所を探しながら歩く。


 しかし彼らが登っているのは樹木一つも無い完全な岩山。裾野が狭い山の表面は切り立っており、木の根に支えられた頑丈な地面は無く、少し蹴れば崩れてしまうようなカラカラの岩地しかないのだ。そんな所で寝る事など想像したくない、せめて風がしのげる場所を見付けたい。若者二人は周囲を注意深く観察し、目当てのものを発見しようと躍起になっている。


「あっ、ジョニーさんっ、あそこ!」


 そんな中、少女が声を上げた。


「お、目が良いな」

「薬草採取で鍛えてますからっ」


 リーシャはえへんと胸を張る。彼女が指さした先にあったのは、山肌にぽっかりと開いている穴だ。つまりは洞窟、そしてそれは安心して腰を下ろせるであろう場所である。


「け、結構、距離が、あるッスね」

「ロイ、もう少し体力を付けような。女子のリーシャよりも貧弱なのは流石に」

「うぐっ。ま、町に、戻ったら頑張り、ます……」


 悲しき事実を突き付けられて、ロイは少し落ち込んだ。


 希望を見付けた二人の足は軽やかだ。早く早くと前進し、あっという間に目的地へと辿り着く。洞窟の入口は人間二人が並べる程度だが内部は中々に広かった。天井は高く、横幅も十分。奥行きは有り過ぎるという程で、最深部が見えない程の深さであった。


「コイツは……何かの住処か?」


 内部を確認してジョニーは呟く。闇に包まれていて何も見えない洞窟の奥には特に気配は無いが、何かしらの魔物が戻ってくる可能性も無いわけではない。


「はぁ、疲れました~」

「も、もう歩けない……ッス」


 だがリーシャとロイは疲れ切って、早くも適当な所に腰を下ろしている。既に限界が来ている二人、再び立ち上がらせて進むのは不可能だ。


「まあ、どうにかなるか」


 顎に手を当ててジョニーは再び呟く。洞窟の幅は馬車が二台から三台は収まる程に広い。その端に安全地帯セーフゾーンを作れば何かの魔物が戻ってきたとしてもやり過ごせる、万が一戦いとなった場合でも奇襲を仕掛ける事が可能だ。どちらにせよ、ここで野営をしても大きな問題とはならないと彼は判断したのである。


 下ろした腰から根が生えた二人を急かして、ジョニーは手早く野営の準備を済ませる。そして今日も、配信が始まった。


≪こんちゃっすッ≫

「おう来たか、暇人ども」

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