第六節 探索

第21話 探索依頼

 冒険者にとっては組合ギルドとは依頼を受け、報酬を受け取る場所である。それはアーベンのような比較的小規模な町でも変わらないが、本来は商人のための組織だ。依頼に報酬を出したり、素材や採取物を冒険者から買い取っているのは、あくまでそれらが組合の利益に繋がるからである。


 商売こそが組合の本来の存在意義。各地に根差す小規模な商店や個人の店を物流商流で結びつけ、世界を繋ぐのが彼らの役目なのだ。そしてそこから生まれる金を使って人々を助け、各国に影響力を持つのである。


「まったく……」


 手にある書類を机に置き、眼鏡を外してグッと眉間を押さえる。既に熱を失ったカップの中の茶を、気付けとばかりに一気に飲み干した。


「辛気臭い顔してるな」

「この顔は生まれつきだ、失礼な奴め」


 いつの間にかカウンターの前にいたジョニーの言葉に、彼は反論する。


「で、何かあったのか?」

「何も」

「何も、って事は無いだろ。じゃあ何で渋い顔してたんだよ」

「仕事が多くていつも通り、それが原因だ」

「ああ、上役どもか……」


 眼鏡を掛け直して溜め息交じりに答えたクライヴに、ジョニーは同情の眼差しを向けた。


 大きな都市になればなるほど組合が扱う業務も利益も多くなる。そして組合員の報酬は、その地の組合が生み出した利益と連動しているのだ。王国首都に配された者ならば相当の、辺境アーベンに置かれた者には相応の、である。


 実働業務を担う一般組合員にとって報酬差は大したものではない、精々が日々の夕食に一品追加できるかどうか程度の違いだ。しかし立場が上になればなるほど、その差は歴然となっていく。その差は、望まずに僻地に据えられた上級組合員のやる気を削ぐには十分だ。


 一番上の役が業務に真面目に向き合わなくなってしまえば、代わりに一つ下の者が。その人物も無気力ならば更に下の者へ。業務の負担は次々に階段を下っていくのだ。


 そしてこの町アーベンにおいて業務の踊り場になっているのがクライヴなのである。実質的なアーベン商人組合の頭は彼であり、あちらからもこちらからも仕事が集まってきているのだ。


 であるにもかかわらず、クライヴは受付業務も行っている。組合員の数はそもそも少なく、そしてその少数の人員も業務対応のために外に出さなければならない。厄介者も多い冒険者に対応できる胆力があり、判断が必要な時にその権限を有しており、そもそもが組合に基本常駐している人物。それが彼しかいなかったのだ。


 この町の冒険者は本来、彼に頭が上がらない立場なのである。


「まあ、無駄にやる気を出されて仕事を増やされるよりは万倍良いがな」

「ご苦労な事で」

「全くだ」


 適当な相槌にクライヴは肩をすくめる。だが眼鏡の向こうのターコイズブルーの瞳が一瞬、怪しく光ったのをジョニーは見逃さなかった。そして彼は即座に踵を返す。


「さて、俺は帰るとする」

「まあ待て、ゆっくりしていけ、何の用事もなく来たわけではないだろう?」

「チッ、逃げ損ねた……」


 逃げようとした所を刺すような視線ともっともな言葉で貫かれ、ジョニーは渋々と言った様子で再び振り返った。


「まあ、そう嫌がるな」

「嫌に決まってるだろ、面倒事を投げつけられる事が分かってて笑えるか」

「いやいや、本当に悪い話ではないんだぞ」


 クライヴは不満タラタラの冒険者を宥めつつ、引き出しから何かを取り出し片手で持ってジョニーへと差し出す。それは赤の紐で結ばれた、一枚の上質な紙であった。


「おい、何が悪い話じゃない、だ。組合からちょくの依頼じゃねぇか、この赤紐」


 彼は両手を広げて上げて、絶対に受け取りたくないという顔をする。しかし、その程度でアーベン商人組合の実質的トップは退いたりしない。


「受け取れ」

「嫌だ」

「中身を見るだけで構わん」

「見たら受ける事が決まるだろ、赤紐は」


 組合から出される依頼の多くは重要な物。機密性が高かったり、多大な危険を伴う内容が殆どだ。その性質上、依頼書を受け取った時点で契約は成立となり、冒険者側には達成の責務が課されるのである。ジョニーが何が何でも嫌というには理由があるのだ。


「まったく、駄々をこねるな。これはお前にしか頼めないからこそ、こうして直接渡そうとしているんだ。その意図を汲み取ってほしいものだな」

「残念ながら、それを汲む桶は持ってなくてな」

「ならば手で掬え。特別に読んでから決定する事を許してやる、ほら」


 クライヴは手首のスナップを効かせて、筒状に丸められた依頼書を放り上げた。中に放り出されたそれはクルクルと回転し、ジョニーの目の高さを頂点として自由落下を始める。誰に受け取られる事も無ければ依頼はこのまま床へと落ちてしまう、信頼信用を裏切る事になるのだ。


「チッ」


 舌打ち一つ。それを文句の代わりに発して、ジョニーは落ち行く依頼書を救った。渋々といった様子で結び紐を解き、依頼書を広げる。


「探索依頼……?」


 書かれていた文字を見て、ジョニーは怪訝な表情を浮かべた。


「以前、組合はここアーベンに目を向けていると言っただろう。未開未踏の地は多く、だがそれ故に可能性がある。しかし」


 クライヴはカウンターの上に地図を広げる。それにはアーベンが主たる都市として描かれているにもかかわらず、何故か町の位置が北に寄っていた。


「北の遠浅の海、西の森林と山岳、東の丘陵と平原。アーベンは三方を迷宮領域ダンジョンに囲まれている。これらは探索が必要な不明の地。だが問題となるのは冒険者の質だ、深部へと進入するルートを切り開ける者がいない」

「だから俺に押し付けるワケか」

「人聞きが悪いな、ダルトン。お前を信頼しているのだよ組合は」


 ジョニーのあんまりな物言いに、クライヴは肩をすくめる。


「それにお前に旨味の無い話ではない、依頼書をよく見てみろ」

「本当かぁ?なになに……」


 言われて彼はそこに書かれている文章に目を通す。


 本依頼には期限を設けず、依頼遂行において発生した費用の一部を組合ギルドが補助するものとする。迷宮領域ダンジョンの探索によって判明した地理、当該地に生息する魔物の情報及び発見した素材の価値に応じて報酬を支給する。


 いつ探索を実行しても良く、費用補助もあり、そしてあらゆる発見に対して報酬が発生するという内容だ。


「おいおい、コレは……」

「どうだ、受けたくなっただろう」


 組合の受付にして実質的な決定権を持つ男は、ニヤリと笑んで眼鏡を光らせた。


「よし、受けようじゃないか!こんな依頼、他の連中には渡せん!」

「やる気が出た様で何より。ああそうだ、ちゃんと注意事項も読めよ」

「何ぃ?注意事項?」


 依頼書の下の方に書かれた注意事項の欄。ジョニーは目を凝らして、随分と小さく書かれた文字を読む。そこに書かれていたのは。


 本依頼の遂行にあたって受任者には、可能な限り複数人で探索に挑む事を要求する。同行者の選定は受任者の裁量によって決定する事を許可するが、冒険者としての経験が少ない者を優先せよ。


 そんな文章だった。


「テメェ、謀ったな」

「おっと、しっかり読まずに受ける事を決めたお前の不手際だぞ。今回の依頼内容は冒険者の育成に繋がるからな、組合としては好機と見るのだよ。ぜひともリーシャ嬢とロイ君を連れていけ、まあ他の者でも構いはしないが」

「誰かを連れて行くのは必須かよ」

「そこまでは言っていない。書いてある通りだ、可能な限り、とな」


 クックとクライヴは含み笑う。全てが思い通りに進んだ勝利の笑いだ。対する敗者は苦虫を噛み潰したような顔で彼を見る。


「どこをどう探索するかは一任する、頑張ってくれ」

「笑いながら言われると腹が立つが……まあ、やってやるよ」


 チッと舌打ちして、ジョニーは承諾の言葉を吐いた。


「ところで、何の用で来たんだ?」

「あー……?何だったかな、忘れちまった。お前のせいだぞ、お前の」

「自分の記憶力の無さを他人のせいにするな」


 お門違いの苦情を申し立てる冒険者。

 クライヴは彼の勝手な物言いに肩をすくめたのだった。

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