第20話 嫌う人

 少年少女が持ってきたカゴには、たくさんの山菜と木苺のような赤い実、そして細長くてゴツゴツした深緑色の野菜らしきものが一つ入っていた。重量の大半を占めるのは野菜だ。


「おつかれさん」

「いろいろってて楽しかったですよ」

「実家の仕事やってるみたいだった……」


 ニコニコ顔のリーシャと、昔を思い出して少し疲れた表情のロイ。植物に対する捉え方は正反対であるようだ。ジョニーが用意した椅子代わりの岩に腰掛けて、二人は一息つく。


≪女のコいるじゃん、いくら積んだんだよ≫

「金を出せば人が動く。間違いじゃないが全てそれで解決すると思ってるなら浅いな、お前さん」

≪は?なにコッチを責めてんだよ、テメエら配信者にとって視聴者は神様だろが、もっと敬えよ≫

「ハッ、馬鹿馬鹿しい。神は心に在りって言ってな、他人を神だなんて思わねぇよ。どれだけ立派で尊敬できる奴だとしてもソレは人間ひとだ。敬う必要なんて無し」

≪舐めてんのか、クソ野郎≫

「自分から突っ掛かってきておいて、なんともまあ都合のいい奴だ」


 暴言を吐きながら身勝手な要求をする荒らしに対して、ジョニーは呆れたように笑って肩をすくめた。


「あの、ジョニーさ」


 彼らのやり取りに疑問を抱いたリーシャ。しかしジョニーは窓から見えないように彼女の事を手で制する。何かの考えが彼にある事を理解して、少女は開いた口を閉じた。


「で、そこまで文句を言っておきながら、なんでまだ居るんだ?とっとと余所へ行きゃ良いだろが」

≪お前が侮辱してくるから相手してやってんだよ≫

「おおう、それは俺の台詞だな。勝手に演劇台本の俺のトコ読むんじゃねえよ」


 ジョニーはケケケと笑う、勿論このやり取りに台本などは存在しない。


≪台本なんて貰って無いですけどー、言い掛かりは止めて下さーい≫

「冗談も通じないとは、中々に真面目だな」

≪成績優秀な優等生なんだよ、バカなお前とは違って≫

「はっはっは、そうかそうか」


 声を出して笑ったジョニーは。


「ならそろそろ気付きそうなモンだが」


 笑顔を消して鋭い目で窓の向こうを見る。


≪何がだよ≫

「お前がココから離れない理由だよ」


 そう言いつつ、彼はニヤリと笑った。


≪さっき俺が言った事もう忘れたのかよ、ジジイ≫

「いいや、忘れちゃいないさ。お前の言い訳はよぉく覚えてるぜ」

≪は?何言ってんだ≫

「ふむふむ。自覚なし、か」


 顎に手を当てジョニーは頷く。


「前回、俺が言った事を覚えてるか?」

≪覚えてるわけねーだろが、カス≫

「忘れたなら仕方ない、もう一度言ってやる。お前、女と遊んだことないだろ」


 絶対に覚えていると理解しながらも、彼は再び前回のトドメとなった言葉を口に出した。ジョニーがわざと煽りの言葉を吐いている事を他の視聴者は理解して黙っており、流れるコメントは荒らしのものだけ。しかしジョニーが再度の一撃を発した途端に、彼は発言を停止した。


 反論する言葉が無い事を確認して、配信者は発言を続ける。


「なあ、一つ聞きたい。リーシャの事をどう思ってる?」


 挑戦的な笑みを浮かべて、ジョニーは窓の向こうへと問い掛けた。しかしそれに対する反応は無く、彼の脳内に漂う異世界の文字も新しく出現して動く事は無い。それを答えと認識して、配信者は更に一人で喋り続ける。


「可愛い娘だ、俺が見てもそう思う。まあ半分の歳だからな、当然手を出したりはしないが」


 平然と言い放たれたその言葉はリーシャの顔を火照らせた。その様子をチラリと見て少し笑い、ジョニーは再び窓を見る。


「お前、リーシャの存在に引き留められてンだろ。今まで身近にいなかった女子と交流できるかもしれない場だ。これを捨てるのは惜しい、と考えてるワケだ」


 ここまで言われても荒らしは反論しない、沈黙は肯定だ。ジョニーが講じていた策とは彼女の事だったのである。そして彼が乗り気ではなかったのは、リーシャを男に対する餌に使う形になるためであった。


 ジョニーは腕を組む、そして考える。


「お前は人生を嫌だと感じてる、だがしかし捨ててはいない。だから気になる女子と近付きたいと考える。どうにかして楽しく生きたいと考えているが、その手段が分からない。だから気に食わない奴を叩いて留飲を下げる」


 荒らし。

 それは何も生まない不毛な、いや他者に苛立ちと悲しみ、そして憎悪を植え付ける行いだ。配信を見るために端末を操作する人間は娯楽を求めているのであって、汚らしい剥き出しの罵りを観察したいなどとは思わない。


「だが、お前自身がそれに疑問を抱いている。でなければ俺と会話なんぞしない、一方的に罵り続けて勝ち誇って去れば良いだけだからな。お前は誰かと会話したいと考えている、だがしかしそれが正常に行えない状態にある」


 望んで他者を害する者もいるだろう。しかしジョニーは、自身の配信へとやってきた彼がそうであるとは認識していなかった。だからこそ配信者は配信外で言ったのだ、調教してやる、と。


「あくまで想像、ただの推測だ」


 断りを入れてから、ジョニーは言う。


「お前、人を信用出来なくなってるだろ」


 短く、彼は窓の向こうの一人へと投げかけた。


「荒らし何ぞと言うくだらん事をしてはいるが、いま俺の言葉を聞いて苛立つなり悩むなりするは一応持っている。だが何かしらの出来事で……ああコレも想像だが、おそらくは金だ。金で人を動かせる、問題を解決できる、思い通りに出来ると考えている様子からするに、ある程度の纏まった金を持ってるんじゃないか?だがそれが問題の根本にある」


 ジョニーの頭の中に声は響かない。だがしかし、その静寂こそが荒らしの心境を物語っている。何をコメントすればいいのか、どう返せば勝てるのか、それを即座に判断できない程に異世界の住人は混乱困惑しているのだ。


「二十やそこらで大金を持っていて、人を信じられなくなっている。何かしらで予想外の金が転がり込んだは良いが、周りの連中からたかられ裏切られた、か」


 ほぼ煽り合いの荒らしとのやり取り、少ない言葉の中からジョニーは推測を繋げて結論を出した。それが真実かどうかは分からない、そもそもが顔もうじ素性も知らない相手。あくまで彼の頭の中に存在する荒らし視聴者の姿でしかない、現実の彼をそのまま見ている訳ではないのだ。当然ながら、的外れである可能性の方が圧倒的に高い。


 だが。


≪なんだよ、それ≫


 やっと出された荒らしの言葉。打ち込まれたコメントはただの文字、そこから感じ取れる感情はない。だがジョニーの頭に響いた彼の声は、どこか悲愴を纏っていた。


≪なんで分かるんだよ≫

「一応、色々と経験してきた身でな、人間は大勢見てきた。といってもこういうのは俺の領分じゃねぇ、半分は当てずっぽうだ。どうやら博打に勝ったみたいで何より何より」

≪なんだよそれ≫


 フッと笑うジョニーに対して、視聴者は先程と同じ言葉を打ち込んだ。だがしかしその声色には、呆れと同時に僅かな笑いが含まれていた。


「さあ、白状しろ。このまま逃げは許さんぞ」

≪分かったよ、分かった、分かりました≫


 今度は文字だけでも分かる程にもう降参と荒らしは観念する。


≪俺……いや僕はただの学生です、あなたが言っていた通り、世間知らずの≫

「随分しおらしくなったな」

≪う、その、ネット上なら普段の自分と違う感じでいけるかな、って思って≫

「なるほど、俺達は似た奴を知ってるぞ」

≪ジョニキ、こっち見んな≫


 粗野な口調を演じる少女が文句を言った。


≪僕、宝くじに当たったんです、その……十億円≫

≪十億ッ!?!?≫

≪すごいですぅ!!!≫


 彼のコメントに他の視聴者たちが驚愕する。普段の生活の中では見る事の無い程に大きな数字。それが自分の懐にあるという状態など、想像する事も出来ないのが当然だ。それこそ夢の中で見るだけの金額であると言えるだろう。


≪喜びました、とっても……でも≫

「金の匂いは金食ういなごを呼びよせ、人を狂わせる」

≪その通りです≫


 ジョニーたちには彼の悲しみに満ちた声が聞こえている。文字しか認識できない他の視聴者たちも、彼の短い一文からその辛さを読み取っていた。


≪家族に良い事が出来ると思いました、友人に恩返しできると思いました≫

「そうはならなかったんだな」

≪はい、家族からは際限なくお金を出すように言われて、友人には……裏切られました。みんなみんな、あの日を境にしておかしくなった≫


 家族からの仕打ちよりも友人の行いに彼はより強い痛みを感じている、それが声と文字から認識できる。


≪家にいたら、知らない親戚や顔も覚えていない昔の同級生が押しかけてきました≫


 彼の声が少し震える、その時の恐怖を思い出しているのだ。


≪僕は逃げたんです、家をそのままにして≫

≪今はどちらにいらっしゃるんですか?≫

≪ネットカフェです、最低限の荷物だけ持って寝泊まりしてます≫

≪ホテルに入った方が安全だと思いますが……。≫

≪怖いんです、家と同じ密室にいるのが……誰かが押しかけてきそうで≫


 最年長の先達からの意見も、異常な日常に入り込んでしまった彼にとっては受け入れられない事だった。彼自身もホテルの一室に居た方が安全だとは理解しているが、それ以上に精神的な苦痛を感じるのだ。


≪自分の状況が受け入れられなくて、その、八つ当たりで荒らし行為をしてました、憂さ晴らし……最低です、動画や配信を見るの、好きだったはずなのに≫


 自分自身の行為を嫌悪している。それであっても抑えられない程の鬱屈した感情を抱いており、今までの日常で楽しんでいた物を使って、間違った形でそれを発散していたのだ。嫌悪と発散、そしてまた嫌悪。他人を信じられないと同時に、彼は自分自身をも信じられなくなっていたのである。


「ま、良いんじゃねぇか?」

≪え≫


 あまりにもあっさりとジョニーは言った。


「人間ならそうなるのは当然だろ、他人様に迷惑かけるのは良くねぇがな。今ここで止められたならそれで良し、だ」


 やり合っていた時とは違い、ちゃんと笑んで彼は話す。


≪でも、それじゃあ≫

「気が済まねぇなら頭下げに回れば良いだろ。それ以上何かしたいならすればいい、したいようにすればいい」

≪分かりました!そうします!!!≫


 青年は異世界の配信者の言葉に気付きを得て、すぐさま実行した。


「んお?」


 金貨が五枚、石で作られた遺跡の床に落ちて音を立てる。


≪上限なげぜにでござる!≫

≪すげえッ!≫


 中々見られない事を目の当たりにして、視聴者たちが騒ぎ出した。


≪したいようにしてみました!≫

「違う、そういう事じゃない、馬鹿かお前」


 愚行を窘める口とは裏腹に、ジョニーは床の金貨を一瞬で回収した。その様を視聴者たちが揶揄い、リーシャとロイが笑い出す。荒らしによって殺伐としていた配信は、いつも通りの駄弁り配信へと返っていった。


 金は人を狂わせもするが、同時に使い方次第で幸せにも出来る。


 大金に不幸をもたらされた青年は、異世界の住人からそれを学んだのだった。

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