第19話 荒らし、再び

 今日の探索を終了とした三人は、早速野営の準備を開始した。リーシャとロイは食べられる物を探しに行き、ジョニーは杭を打って安全地帯を作って火を起こす。手ごろな大きさの瓦礫を移動させて椅子にして、準備を終えた彼は一息ついた。


≪ジョニー殿、こんにちはでござる≫

「お、配信始まったか。しっかし、いつも何の脈絡も無く突然始まるな」

≪しかしッ、それでも我らは集まるのだッ≫

「暇人どもめ」

≪実際、暇なんですぅ≫


 危険な迷宮領域ダンジョンに潜っている人間を見に来る暇な異世界人たち。ジョニーは一応は命の危険がある場所にいるわけだが、視聴者たちはそんな事を気にせずに暇つぶしに来ているのだ。誰一人として心配していないのは、配信者が余裕綽々しゃくしゃくで穴倉やら森やらから配信しているせいである。


「さぁて、今日もアイツは来るかな、っと」

≪あいつ……昨日、暴れていた方の事でしょうか。≫

「そうそう。負け惜しみ吐いて帰っていったが、絶対にもう一度来るだろうからな。ただそれが今日か明日か明後日かは分からん」


 腕を組んでフンと鼻を鳴らす。


≪ずいぶん自信満々だけど、なんでそこまで言い切れるんだよ≫

「そりゃぁ、言い合いになって負かされたら、負けっぱなしは嫌だと思うのが人の常ってモンだろ?今度は絶対に泣かしてやる、と考える。暴言を吐き続けただけなら二度と現れないだろうが、俺の言葉に反応した時点でその呪縛に囚われてるのさ」


 さも当然とジョニーは言い切った。今までの人生で、そういった手合いとやり合った経験があるという口ぶりだ。


≪経験あるのでござるか?≫

「おうよ、昔いたトコで跳ねっかえりとやり合ったさ。勿論だが俺が勝ったがな」

≪ウソかホントかは分からんけど、多分ジョニキが勝ったんだろうな≫

≪口喧嘩で勝てる気がしないッ≫


 正面から当たらず斜に構え、相手の勢いを躱しつつ引っ叩く。配信の中でジョニーがやっている事であり、それをそのまま相対しての口喧嘩に応用したならば確実な強さとなるだろう。常人ならば強いと分かっていても面と向かってそんな事は出来ないものだが、彼は一切躊躇せずにやると視聴者たちは理解していた。


≪本日はどちらにいらっしゃるんですか?≫

「遺跡の中だ、崩れかけのな」

≪おー、遺跡を冒険とか異世界っぽいな≫

≪古代の大魔王とか居たッ!?≫

「ンなモンいるわけねぇだろ。そうホイホイと神に近い化け物出てきたら世界滅亡するっての」

≪そんなの存在してるとか、怖い世界ですぅ……≫


 肩をすくめるジョニーに対して異世界の住人達は、大魔王という存在自体が否定されなかった事に驚いた。


≪あ、魔王がいるなら勇者ッ!勇者っているのッ?≫

「勇者ぁ?敵陣に単騎で突っ込んでいく奴の事か?」

≪そういう武将的なのじゃないぞ≫

≪こう……王様から魔王を倒してこい!って言われる感じの人ですぅ≫

≪勇者に戦士、魔法使いに僧侶、あと盗賊などのパーティで魔王討伐の旅をするのが一般的な勇者像でござるな≫

「そっちにはそんなヤツいるのか?というか、盗賊はとっ捕まえるべきだろ」

≪確かに盗賊って完全に犯罪者だな≫


 首を傾げるジョニーと視聴者たち。両者の認識や知識はやはりズレているようだ。


「過去の魔王との戦いに関する伝承における主役は、軍を指揮して打ち勝った王や騎士ってのが多い。前線で奮戦した奴を勇者なんて呼んだ場合はあるかもしれんが、魔王と正面から戦った人間は英雄って呼ばれ方が一般的だな」

≪敵が軍勢で押し寄せてくるならばこちらも軍で対抗。なるほど、言われてみれば納得ですね。≫

「少数精鋭で総大将へ奇襲する戦法は分からんでも無いけどな、相手は強力な魔法や呪いやらを自在に操る魔王だ。数で押して押して押し切る方が確実ってモンだ」

≪現実的に考えればそれはその通りでござるが……≫

≪ロマンが……ないッ≫


 異世界に非日常を求める者たちは嘆いた。しかしジョニーにしてみれば自身の生き死にに関する事と地続きな話であり、自身がその立場にあって採る戦術は泥臭いものになるのは当然である。


「存亡の危機にロマンもクソもあるか。演劇なんかでは最後に人の王と魔王が一騎打ちなんて展開もあるが、総大将が最前線に行ってどうする、って話だ」

≪ぐうの音も出ない正論ですぅ……≫


 現実を突き付けられて異世界の住人達は肩を落とす。そんな視聴者たちを多少不憫に思ったのか、ジョニーは言葉を繋げた。


「だが、何事にも例外はある」

≪どゆこと?≫

「単独で嬉々として魔王に突っ込んでいって討ち取りそうな奴を知ってるって事だ。お前らが言う勇者が少数精鋭ってんなら、アイツは更に上を行くだろうな」

≪おおおッ、そんな人が!?≫

≪ジョニー殿、ぜひその人を配信に!≫


 窓の向こう側がにわかに色めき立つ。だがしかし、配信者は彼らに悲報を伝えなければならなかった。


「残念ながら今どこにいるか分からん。まあアレの事だから、どこぞで龍でもブチ殺してるんじゃないかね」

≪物騒ッ≫

「もしくは野盗を皆殺し」

≪その御仁ごじん、恐ろしいでござるな……≫


 視聴者たちは輝かしい装備を纏った格好良い勇者を思い浮かべていたが、与えられた追加情報によって脳内の人物が厳つい大男に変貌した。手に血みどろの剣を持ち、もう一方の手に刈り取った人の首を持っているような危険人物だ。


「ま、もし出会ったら連れて来てやるよ」

≪ちょ、ちょっと遠慮したいですぅ……≫

「ンだよ、お前らが会いたいって言ったんだろが」

≪それはそうだけど、ジョニキのせいで会いたくなくなったんだよ!≫

「そうか残念だな、視聴者諸君が気に入りそうな奴だったのに」


 冗談めかしてジョニーは言って、くくくと含み笑う。


≪どうせ嘘だろ、そんな奴いないクセに盛り上げようとしてて哀れ~≫


 そんな配信に棘むき出しのコメントが出現した。


「お、来たな」

≪十数人しか同時接続ない中の貴重な一人だもんな、逃がしたくないよなぁ?≫


 ニヤリと笑うジョニーに対して、荒らしは挑発で返す。昨日の再現であるが、今回は偶発的遭遇ではない。窓の向こう側の悪意ある者は、明確な害意を持ってやってきたのだ。


「そうだな、そういう事にしておこう。ま、ゆっくりしていきな」

≪馬鹿じゃねぇの、あ、そっか高等すぎる言葉が理解できないのか~≫

「おう、随分と頭の良い奴だな」

≪ってかオッサン一人でむさくるしいんだよ、クソ配信者だな≫

「そーかそーか、クソか。じゃあどうすれば良いかご教授願えるかな、頭良い人」

≪くっだらね、エロい女の一人でも用意すれば~?あ、モテないから無理だよな≫


 相手の言葉に応じているようで応じていない、荒らしは挑発と暴言だけを吐いている。ジョニーは真正面から対応せず、異世界からの攻撃をのらりくらりと受け流す。


 そんなやり取りをしていると。


「お待たせしました~」

「ひぃ~、結構大変だったぁ」


 可愛らしい少女と頑張り屋の少年が帰ってきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る