第18話 遺跡

 ジョニーは依頼を受け、森の奥地に存在する遺跡へと足を踏み入れていた。

 苔むした石柱に蔦が這う石壁、破損してガタガタの床、今にも落ちてきそうな天井。そして古き者が仕掛けた幾つもの罠が内部に存在し、人のいないその場所には様々な魔物が生息している。


「この様子だと、もう少し奥か」


 倒れて崩れた石柱の瓦礫を踏み越え、ジョニーは呟く。彼の手には一枚の紙があり、そこにはとある物の採取依頼が記されていた。


「よいしょ……っと」

「師匠、ちょっと待って下さい~、うわわっ」


 リーシャは転ばないように慎重に瓦礫を越え、ロイは蹴躓く。悪戦苦闘しながらもジョニーの後を追い、懸命に彼についてきていた。


「一緒に来なくても良かったんだぞ」

「いえっ、ジョニーさんの力になりたいですから!」


 少しだけ申し訳なさげに言うジョニーに対し、リーシャは強く答えを返す。


「お、オレも!」

「お前こそ留守番してた方が良かったと思うが」

「酷いッス、師匠~」


 スッ転んで身体中に砂や葉っぱをくっつけながら、ロイは師匠の無体を嘆いた。


 所々天井が崩落しており、そこから日の光が入り込んでいる事で遺跡だというのに内部は明るい。十分な太陽の力を得た場所では植物が育っており、森のものとはまた違った進化をしているようだ。


「ふんふん、ふふ~ん」


 当然のようにリーシャが採取を始めた。普段見る事の無い様な植物群、薬士として鼻歌が出るのも仕方のない事である。放って先に行くわけにもいかず、ジョニーは足を止めて周囲の壁や床を確認を始めた。


「師匠、何してるんスか?」

ここ遺跡がどの年代のものか、分かるかと思ってな。超古代の遺跡なら珍しい遺物が見つかるかもしれん」

「おおっ、という事は億万長者に!?」

「そうそう上手くいくわけ無ぇだろうが、夢を見過ぎだ。こりゃ、せいぜいが三百年ってトコだろう、そう珍しくも無い遺跡だな」


 少年の夢想を一言で砕き、ジョニーは手にしていた石ころを放り捨てた。


 森の奥地には大小多くの遺跡が存在する。そこには古代の遺物が眠っている事が多く、冒険者にとってはまさに狙い目の場所なのだ。一攫千金を求めて各地の遺跡を巡る者もいる程に、遺跡探索は夢を孕んでいるのである。


 しかし同時に人の夢は儚い物。何の役にも立たないガラクタ、既に力を放出しきっている魔石クズ、その他持って帰る労力に見合わないゴミの数々。内部をくまなく探しても、実入りが梨のつぶてである事の方が圧倒的に多いのだ。


 ジョニーは積極的に宝探しをするような冒険者ではないが、依頼のついでに探すこと位はある。なお今までの戦績としては、晩酌の肴が二品から五品になるくらいの代物が最大戦果だ。依頼報酬と同じく、遺物探しのリターンは渋いのである。


「ごめんなさ~い、お待たせしましたー」

「構わん、そこまで急ぐ依頼でもねぇ。ここの中で一泊する事を決めてるしな、今日はのんびり探索だ」

「そういう割には結構進むの速いッスよね……」

「お前が遅いんだよ。リーシャの方がまだ探索慣れしてるぞ」

「ふぐぅっ!?」


 痛い所を思い切り突かれて、ロイは悶絶した。

 戦う力がなく単独で動く事は無かったとしても若き旅薬士としてアーベンに来る前から方々を巡っていたリーシャと、森の奥へ行く事も無く一人で燻っていた彼。どちらがより冒険慣れしているかと言われれば、答えは明白というものだ。


 胸を押さえながら、ロイは歩き出したジョニーを追いかける。そんな不憫な彼の背をリーシャがそっと押し、三人は更に奥へと進んでいった。


「おっと、開けた所に出たな」


 通路を埋め尽くすほどの瓦礫の下を潜り抜けた先には、二階建ての建物がすっぽり入る程に広い円形の空間があった。天井は完全に崩落していて青空が見えており、落ちた瓦礫は植物に覆われて緑の山になっている。


 周囲に魔物の気配が無い事を確認し、三人は山へと近付いた。


「お、発見」


 植物の蔦をロープ代わりにして瓦礫を登り、いくつかの砕けた石材を動かした所でジョニーは依頼の品を見付ける。手のひらに収まる程度の大きさの、緑色で丸い宝石のような物だ。


「ソレ、何なんスか?」

「前時代に作られた純度の高い魔石だ。今じゃ製錬してもそう簡単には作れない、遺失技術の産物、って奴だな。遺跡ならソコソコ見つかる物ではあるが」


 ロイの疑問に答えつつ、ジョニーはくいと空間の奥を指す。そこには人間の何倍もの高さと幅を持つ巨大な石扉と、中心で輝く真っ赤な石があった。


「あ~、アレと同じ物なのか……」

「質は天と地だがな。あんなモンを引っぺがせたら一生遊んで暮らせ……はしないな。十年程度はそう出来そうだが」

「え!師匠!アレを―――」

「無理だぞ。そもそもどうやって持っていくつもりだ」

「た、確かに……」


 ロイが目を輝かせた対象は、人間の二倍はある巨大な物体。どうにかして扉から外せたとしても動かせなくなるのが関の山である。


「それにな、ああいうのの奥に碌なモンは無ぇ。何かしらを閉じこめてるのが大抵だ」

「な、何かしらって何です?」

「化け物、猛毒に呪い。ああ後、例外的に古代人の茶目っ気が入ってる」

「茶目っ気?」

「開けた瞬間に爆発する贈り物だよ」

「罠じゃないスか」


 ハッと笑う師と自分の認識が甘かった事に打ちのめされる弟子。一攫千金は可能性が少ないからこそ夢であり、夢であるからこそ不可能に近いのだ。ジョニーの様に知識と経験がある者は、そんな夢物語は本の中にしか無いという事を良く知っているのである。


「採取完了~」


 二人が人の夢について話をし終わった頃合いで、現実の為に頑張る少女が作業を終えた。リーシャはずっと、瓦礫から生える植物やそれが根を張っていた土や石を採っていたのである。


「おう、お疲れさん」

「ふぅ、疲れました~」

「リーシャさん、手を」

「ありがとう、ロイくん~」


 瓦礫の上から少年が手を伸ばし、少女がそれを取って山を登る。


「今日はこの辺りで野営キャンプですか~?」

「そうだな、瓦礫の横にでも陣取って休むとするか」

「は~、疲れたッス」

「お前、ほぼ何にもしてねぇだろが」


 ペシンと頭を叩かれ、ロイは気まずそうに笑ったのだった。

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