第五節 荒らし

第17話 考え事

「用が無いのなら、さっさと帰ってもらいたいのだが」


 商人組合の入っている建物の一階。依頼を受けるでも報酬を受け取るでもなく、その一角の机と椅子を占領する者に対してクライヴが退出を促す。だがしかし不法占拠者はその指示を意に介さず、ひらひらと手を振るだけだ。


「ここにいたとして邪魔も何も無いだろ。そもそも混雑する事なんてないくせに」

「邪魔であるかどうかではなく、居座る理由がないから出ていけ、と言っているんだ。誰の許可も無く机を使い、道具を広げて手入れしている奴を見逃す理由はない」

「減るモンじゃ無し、そのくらいサービスしろ」


 これ以上何を言っても意味はない。それをよく理解しているクライヴは溜め息をつき、ジョニーの向かいの席に腰掛ける。


「受付をカラにして良いのかよ」


 くいと顎で、誰もいなくなったカウンターを指す。


「多少の休憩は業務の範囲だ。誰か来たならば対応するさ」

「いい加減だねぇ」

「お前にだけは言われたくはないな、ダルトン」


 机に置かれた杭を一本手にして眺めながら、クライヴは言った。


「お、そうだ。前に聞いてた事があったろ」

「ん?ああ、異世界と繋がる窓についてか」

「何か分かったか?」


 大した期待もせずにジョニーが問いかける。質問を受けた彼は首を横に振った。


「この町にある書籍では何も分からん。他の町へ出た隊商に魔法に関する本を仕入れてくるように依頼はしているが……まあ、そう簡単ではないだろうな」

「そもそも、ンな本あったら噂くらいは流れてそうだ」


 こことは人も文化も何もかもが違う、そんな世界。それに関して記された書物があったならば、多少なりと人の口にのぼるはずだ。しかしジョニーもクライヴもそんな話は聞いた事が無い。世界の何処かにはそれ異世界を知る者がいるのかもしれないが、当のその人物が話さない限りは探し出すのは不可能である。


「ま、適当に駄弁って小遣い稼ぎが出来るんなら、異世界がどうとかも別に気にしないがな」

「異世界をそこまで軽く考えるのは実にお前らしい。いっそ言いふらしてみるか?世紀の大発見として世界を震撼させるかもしれんぞ?」

「ハッ、俺は世界中から指をさされて笑われる方に賭ける」

「これは分の悪い賭けになりそうだ、降りるとしよう」


 勝利の可能性が低い事を認識し、クライヴはさっさと撤退する。


「で、何か考え事か」

「よく分かったな、ご名答だ」


 問われてジョニーは頷いた。


「お前がわざわざここに居座る時は大体そうだ、考えてるのは窓に関する事だろう」

「お、また正解だ、やるな」


 フッと笑って指をさす。それを乱暴に払いのけて、クライヴは眼鏡の蔓を押し上げた。相談として受ける気は無いが雑談程度なら付き合ってやる、という意思表示である。


「異世界の連中との駄弁り……ああ、配信って呼ぶらしいんだが、その中でな。跳ねっかえりというか、むやみやたらに悪態をつく小僧が来たんだよ」

「なるほど、その人間を追い払う方法を探している、と」

「いいや、違う」


 綻びや傷を確認していたロープを置き、ジョニーは頬杖を突く。


「そいつをどうにかして調教してやろうと思ってな」

「犬馬の類じゃなかろうが。そう簡単に人間をどうこうは出来んぞ」

「ま、普通ならな」


 彼はそう言いつつ、ニヤリと笑った。クライヴは訝しみ、問う。


「その人物は普通じゃない、と?」

「ああ。流石に面と向かって話してるワケじゃないから何とも言えん部分はあるが、おそらく間違いない。俺は人を見る目は有る方だからな」

「それについて否定はしないが……。直接何かが出来ない状態では調教も何も無いんじゃないのか?」

「そうなんだよな、そこが悩みどころでな。あっちは好きに出来るが、こっちからはただ話す事しか出来ん。へそを曲げられると『はいそこまで』だからな。さてさてどうしたもんか、と」


 腕を組み、ジョニーは唸る。

 机を挟んで向こう側にいるという距離感ならば、腕を掴むなりして立ち去ろうとする相手を止める事が出来る。しかし配信では、視聴者からジョニーが見えていても彼から異世界人を見る事は不可能だ。当然ながらその中の一人を縛り付けるなどという事も出来はしない。


 荒らしを調教するとは言ったものの、それをどうやって完遂するかをジョニーは考えていたのだ。


「ふぅむ……。その者が興味を持つであろうものを用意する、というのが一番手っ取り早いとは思うが」

「そうだな、そうなんだよな。それは分かってる。ただなぁ……」

「なんだ、用意が出来ない物なのか?」

「いや、用意は出来る。出来るには出来るんだが……」

「いやに歯切れが悪いな」


 解決策が分かっていながら眉間に皺を寄せて唸るジョニー。なんとも妙な悩み方をしている彼を見て、クライヴは首を傾げる。


 装備が広げられた机を挟んで二人がそうしていた時。


「こんにちは~」


 カランコロンと入口のベルが鳴った。

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