第16話 荒らし
≪ナニソレ、ただのお遊びじゃん、クソすぎ≫
突然現れた視聴者の言葉。それまでの和やかな配信が一瞬、ピタリと止まった。
「おいおい、いきなりなんだ」
≪は?てか、お前誰だよ≫
「初対面でその態度、随分と礼儀がなってねぇ奴だな」
≪説教かよ、コスプレ野郎が≫
「こすぷれ?なんだそりゃ」
ジョニーはそれまでの調子を崩さずに、棘のある発言を繰り返す視聴者とやり合う。両者のやり取りを見て、他の視聴者たちが
≪ジョニキ相手すんな≫
≪チッ、こんな所にまで荒らしの手がッ≫
「あらし……ってなんスか?」
視聴者が発した言葉の意味をロイが問う。
≪なんて言えばいいのか……悪意を持って配信で暴れる人の事、でござるな≫
「なるほどな」
フッと鼻で笑って、ジョニーは窓の向こうの荒らしを挑戦的な目で見た。
≪凄んでる?全然怖くとも何ともないんだけど≫
「そりゃぁな、手が届かない場所にいるんだから当然だ。しっかしお前、ンな事して面白いのか?」
≪お前には関係ないだろ≫
「はっはっは、仕掛けに来ておいて関係無いときたか」
≪ムカつく、クソが≫
粗野な物言いに汚い言葉、それらをわざと選んで荒らしは発言する。悪意の塊であり、優しい人間が真っ向から受け止めたなら心に傷を負う場合もあるだろう。しかしジョニーは荒事
≪だからお前、誰なんだよ≫
「年長者に向ける言葉じゃねぇな」
≪は?歳なんて分かるわけないのに意味不明~≫
「二十くらいの男って所だろ。まだ世の中を知らねぇ感じで喋ってンのが分かるぞ」
≪喋る?何言ってんだコイツ、馬鹿じゃねぇの≫
「お前らはこめんとを書いてるんだったか。俺達には声として聞こえてるんだよ」
≪イカれてんじゃね?病院で頭カチ割ってもらった方がいいんじゃないですかぁ?≫
荒らしの発言はどんどん過激になっていく。ジョニーが相手をする事、そして彼が一切怯まずに対応してくる事で苛立っているようだ。逆にジョニーは薄ら笑いを浮かべており、粋がる小僧をあしらって遊んでいる様子だ。
「異世界のオッサン相手にそうカッカするなよ」
≪ハァ?異世界?脳みそどうにかなってんじゃねぇの、お前≫
「ふむ、まあ俺も初めはそう思ったからなぁ。よし、魔法を見せてやろうじゃないか」
そう言ってジョニーはパチンと指を鳴らす。その瞬間、彼の手の上に赤々と燃える炎が出現した。虚空に生じる火、魔法でなければ出来ない技である。
しかし。
≪ただの手品じゃん、魔法とか言ってバッカじゃねぇの≫
「奇術ときたか。おい、お前ら。何か助言を寄こせ」
≪うお、いきなりこっちにボールが飛んできたッ≫
≪アドバイスくれ、って急に言われても……困るですぅ≫
絶賛
≪火がダメなら、手品で出せなそうなのが良くね?≫
≪魔法の全容が分からぬ&ジョニー殿が何が出来るか不明でござるが、ゲームを例とするなら火水土風がメジャーでござるか?≫
≪風は画面で見えないから否定されそうッ≫
≪地も地面の下に何か仕込んでるとか言われそうですぅ≫
≪となると水でしょうか。≫
流れるコメントの中で意見を出し合い、彼らの世界において手品で出現させにくいであろう物について結論を出した。荒らしの暴言を捌きながらその話し合いを聞いていたジョニーは、すぐに指を鳴らして水の球を空中に出現させる。
「ほらよ、こいつは手品じゃ出来ないだろ?」
≪CG合成とか、往生際悪すぎ≫
「しーじー?また訳の分からん事を」
実証して見せても、両者の間に『窓』がある事で如何様にも反論が出来てしまう。これ以上は意味が無いと判断し、ジョニーは手を振って水の球を消滅させた。
≪てか、おっさんとガキだけで女の子もいないとかヤル気なさすぎ、あ、ごめんごめん、モテないから連れてこれないんだよね~、カワイソー≫
完全なる罵倒と挑発。黙って聞いていたロイも他の視聴者たちもカチンときて、荒らしを黙らせようと口を開こうとする。しかしジョニーは。
「なるほどな」
「え、師匠?」
≪ジョニキ……?≫
腕を組んで頷く彼の様子に、他の全員が怪訝な顔をした。
≪あれ~?認めちゃう認めちゃう?お前、モテなさそうな顔してるもんなぁ~≫
対する荒らしは勝利した事を誇るように、露骨に言葉で嬉しさを表に出す。だがジョニーはそれに対して激高する事なく静かに窓を、いやその向こうにいる彼を見た。
「人間ってのはな、大抵の場合は自分の経験した範囲の事しか考えられねぇんだよ」
先程までとは異なり、挑発は含まずにただ静かに話を続ける。
「稽古の内容をただのお遊びと言ったな。それはお前が今まで、本気で何かをしてこなかった事の裏返しだ。手加減をされる程に、過剰な何かと衝突しなかった」
≪は?今度は説教しようっての?負け惜しみ~≫
荒らしは彼の言葉に耳を貸さず、自分の勝ちに酔っているようだ。
「魔法を手品、あと……しーじーだったか?まあ、そう言ったな。知識の外にある物を身近な物に当てはめて考えるのは当然だ。しかし否定するのは、未知を認めたくないという狭量さを示している。他の奴が知ってて自分が知らない、自尊心を傷付ける真実から目を逸らそうとしている」
≪おい何言ってんだよ≫
荒らしは怒りを覚えた様子で言葉から挑発的な色が消滅する。彼が書き込んだ言葉は、確実にジョニーの言葉が届いているという証左だ。
「俺の事を女にモテない奴と言ったな、これは簡単だ。お前、女と遊んだこと無ぇだろ。自分がそうだから他の奴もそうだ、そうじゃないと不公平。自分が言われたくない事だから相手への攻撃になる、そう思ったんだろ?」
≪バカじゃねぇの、クソが≫
その言葉を最後に、荒らしは配信から姿を消した。ジョニーは言葉を発さずに窓を見続け、彼が戻ってこないかを確かめる。少しの間そうして、ジョニーはフッと笑った。
「ま、ざっとこんなモンだ」
「お、おおお~!」
≪すっげ、荒らしを殴り返して勝ちやがった……≫
≪反撃がオーバーキル過ぎるッ≫
≪ちょっとこっちもダメージ受けたですぅ……グハッ≫
ロイは目を輝かせて感嘆の声を上げ、視聴者たちは驚きに目を丸くする……一部の者は流れ弾を喰らって蹲っているようだ。
≪ですが、荒らしにあそこまで言ってしまうと今後が怖いでござるな……≫
「あン?何か問題でもあるのか?」
≪よくあるのは、もっと厄介になって帰って来るパターンだな≫
≪意味不明な文章を連投する奴とか、純粋にウザいッ≫
≪二度と来るな、ですぅ……!≫
視聴者たちは他配信での惨事を思い出す。どれだけ平和に楽しんでいても、そういった輩が出てくるだけで意識がそっちに行ってしまう。相手にしないのが一番であるが、ジョニーは完膚なきまでに叩き潰してしまった。
今回はただ遊びで配信を覗いただけだろうが、次があるならば明確な憎悪を抱いてやって来ることは想像に難くない。視聴者たちはそれを危惧していた。
≪彼はまた来るでしょうか。≫
「アイツは来るぞ、必ず」
「なんでそこまで言い切れるんスか?」
ロイは不思議そうに首を傾げる。
「奴は俺と会話したからな」
ジョニーはニヤリと笑ったのだった。
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