第三節 狩猟

第9話 次の仕事

 ジョニーは無事にリーシャを救出し、組合へと戻った。急場しのぎの強壮剤とちょっとした食事程度では完全な回復とはならずに、フラフラよろよろと歩く彼女を支えながらの帰還である。


「帰ったぞ~」

「ご苦労」

「そんだけかよ」


 質素簡潔な出迎えにジョニーは文句を垂れる。しかしそんな冒険者には構わず、クライヴは命を落とす事無く帰ってきた少女へと声を掛けた。


「無事で何よりです、リーシャさん」

「いえ……ご迷惑をお掛けしました」


 リーシャは深く頭を下げる。自分一人を救出する為だけに熟練の冒険者を派遣してくれた。中々に手間な事であり、己が遭難しなければ発生しなかった労力だ。となれば申し訳なく思うのは当然である。


「謝罪よりも感謝を。そしてそれは私や組合、あとコレにではなく依頼主にです」


 そんな少女に対して、クライヴは事務的な声色でそう告げた。


「え?」

「おいコラ。コレとは何だ、コレとは」


 少女は首を傾げ、ジョニーは苦情を申し立てた。


「救助依頼を組合に出したのは、普段貴女が薬を納品している商店の店主夫妻です」


 申し立てられた苦情は華麗にスルーして、彼は今回の救出劇の始まりについて話した。


 毎日店に来るリーシャが二日も来ずに夫妻が心配になった事。家まで確認に行ったが姿が無く、更に心配を深めた事。どうにかして助けてほしいと組合へ来て、クライヴに対して深々と頭を下げた事。そして夫妻が、救助依頼としてはかなり高額の報酬を提示した事を。


「おじいさんとおばあさんが……」


 リーシャは思い浮かべる。いつもニコニコしていて本当の祖父母の様に接してくれる人たち、そんな二人が気を揉んで自分の為に動いてくれていた。感謝すると同時に、やはり申し訳なさで一杯になる。


「お嬢ちゃん、とりあえず今日は帰って寝な。そんなフラフラじゃ、今から爺さん婆さんのトコに顔出しても心配させるだけだ。一晩寝て、元気になってから頭下げに行けばいい」


 ジョニーは腕を組み、人生の先達として彼女に言葉を送る。


「……でも」

「コレの言う通りです。店主夫妻への救出成功報告はコレにさせるので、リーシャさんは気にせずお帰りを」

「そうそう、それがいい……ん?ちょっと待て、俺が報告に行くのか!?」

「消耗した物を補充する必要があるはずだ、ちょうど良いだろう?」

「ぐっ、ま、まあそうだな。そういう事にしておいてやる」


 大人の男二人から諭され、薬士の少女はようやく首を縦に振った。


 こうして、救助依頼は完遂されたのだった。






 数日後。


「かぁ~、報酬が渋いねぇ」

「そういった依頼を受けたのはお前だろう、ダルトン」

「いやまあ、それはそうなんだがなぁ」


 指でピンと弾かれて宙に舞った銀貨一枚を、ジョニーはパシリと掴み取る。


「そう文句を垂れるなら先の救助依頼、報酬を全額受け取れば良かっただろうが」

「バカ言うな、依頼に不慣れな爺婆から毟り取れるか。そもそもが、だ。お前がそうなる事報酬辞退を見越して俺に依頼を押し付けたんだろが」

「ふっ、何の事やら」


 詰め寄るジョニーに対して、クライヴは肩をすくめてニヤリと笑うだけ。チッと舌打ちして、彼はカウンター横に置かれた依頼が纏められた冊子に手を伸ばした。


 紐で綴られた粗雑な紙に記されているのは冒険者らしい依頼だけではなく、農家の収穫手伝いや雑用もある。ここは商人組合、迷宮領域ダンジョンに関する仕事を扱うだけが役割では無いのだ。


 一枚二枚と紙を捲り、日銭を稼ぐ仕事を探す。


「おし、じゃコイツで」


 ビッと紐止めから紙を千切り取り、それをクライヴに差し出した。それを受け取った組合受付の彼は、何とも渋い顔でジョニーに苦言を呈する。


「毎度の事だが、勝手に冊子から依頼書を取るな。お前の気が変わって突き返された時に冊子に納め直すのが面倒だ」

「ハッ、今までそんな事があったかね?」

「過去に例が無くとも、これからも起きないという証拠にはならないのだよ」


 苦情を伝えつつもクライヴは手を止めない。依頼受け付けと受注者の記録を取り、依頼書にサインをして大きな円形の組合印をドンッとす。最後にミスが無いかを確認して、とある魔物の狩猟に関して書かれた依頼書をジョニーへと突き出した。


縞猪シュトライバーンの狩猟とは、どういう風の吹き回しだ?」

「ちょっとばかり出費が、な」


 ハハと笑ってジョニーは、印が付いた少しばかり高い報酬額が記された依頼書を受け取った。その様を見てクライヴは彼の懐が寒い理由を看破する。


「どうせ飲み代だろう」

「よく分かってんじゃねぇか。今日の晩酌、明日の一杯の為に働くのさ」

「冒険者としては邪だが健全、無理で無駄な冒険心で死なれるよりはマシだな」


 今日も既に数人、新米の冒険者が死体になって運ばれてきた。ある者は周りが止めるのも聞かずに遠浅の海岸に出来た洞窟へ向かって魔物に襲われて死に、またある者は交易路として有望とみられるが未開拓の谷へ向かって落石に圧し潰された。


 他の者には無理だが自分なら出来る。

 その無謀さが冒険者の取り柄であると同時に、最大の落命要因なのだ。中には死んでも死んでも冒険に挑む者はいるが、多くは一度死ねば怯えて大事に当たらなくなってしまう。そうなってしまえば碌な経験を積めず、熟練となる事など出来はしない。


 辺境の町アーベンの冒険者が未熟なのは、こういった事も一因なのである。それを最も近くで見ているからこそ、クライヴは溜め息を吐いて肩をすくめるのだ。


「んじゃ、サクっとやってくるか」

「ああそうだ、ダルトン。リーシャ嬢がお前を探していたぞ、ここに聞きに来た」

「あン?あの嬢ちゃんが?つっても俺は家も何も知らんぞ」

「彼女が薬を卸している商店は知っているだろう。そこで聞くなりしろ」

「へいへい。冒険用の薬補充がてら行ってきますよ、っと」


 ひらひらと手を振りながら、ジョニーは組合から外に出た。


 と。


「あ」

「お」


 開けた扉の目前に、これから探そうとしていた少女の姿があった。お互いに驚きの表情を浮かべ、続いて偶然の出会いに軽く笑ってしまう。


「ジョニーさん、探してましたっ」

「さっき聞いた。ここ数日は依頼で町にいる事が少なかったんでな、探しても見つからんさ。で、何か用か?礼の言葉ならもういらんぞ」

「いえ、ちょっと意見が欲しかったんです。冒険者のジョニーさんに」

「意見……?」


 首を傾げたジョニー。

 彼はリーシャが、なにやら大きな籠を持っている事に気付いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る