第8話 コラボ配信
生命が回復するかのような食事を終えて。ようやく元気を取り戻してきた少女は、先程までと比べると血色が大分と良くなっていた。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございました」
座った状態で深く深く、彼女は頭を下げる。
「あ、私は―――」
「リーシャ・メディルツィンだろ?救助依頼を受けてきたからな、知ってるさ」
「そ、そうでしたか」
わざわざ救助依頼を受けて来てくれた。それを意識がハッキリした状態で改めて聞き、薬士の少女リーシャは申し訳なさそうに目を伏せる。
「ってか俺が名乗って無ぇな。ジョニー・ダルトン、見ての通り冒険者だ。といっても、こうしてチマチマとした細かい仕事をしてるだけだがな」
「ジョニーさん、ですね」
「おう」
彼女は命の恩人の名を口に出して確認し、冒険者は短く返事をした。初対面の人物に対してどう接するべきか迷っているように、たどたどしく話すリーシャ。彼女のそんな姿に視聴者たちは。
≪かわいいでござるなぁ≫
≪これが清楚ッ≫
≪可憐ですぅ≫
口々に勝手な事を言っていた。それを遮る事も出来ずに頭の中へと送られて、薬士の少女は顔を赤らめる。その反応でまた
「止めろ止めろ、お前ら。
≪イジメてないッす!褒めたたえてるだけ!≫
「それがダメだ、って言ってンだろが」
お馬鹿たちが言う事を聞かないのは、昨日のやり取りで理解しているジョニー。歳を喰った自分ならばともかく、まだ十六程度の少女に異世界人の言葉を受け止めさせるのは酷というものだ。散々に遊ばれてボロ雑巾のようにされてしまうのが関の山である。
そこで彼は考えた。
「はぁ、仕方ねぇ。お嬢ちゃん、ちょっと良いか?」
「え、あ、はいっ。何でしょうか」
呼びかけられてリーシャは背筋を伸ばす。
「なんで森に入ったんだ?」
「あの、その、薬草が足りなくなったので採取に……」
救助の手間が生じた事について問い詰められていると感じたのか、少女は申し訳なさそうな顔になる。
≪ジョニキがイジメてんじゃねぇか≫
「ああ、すまんすまん。問い詰めようってんじゃないんだ」
「……え?」
ひらひらと手を振って、彼女が考えているであろう事をジョニーは否定する。
「この窓の向こうにいる奴らは放っておくと好き勝手しやがる。こっちで手綱を握っておくのが楽ってモンだ。だから、お嬢ちゃんの事を話してもらおうと思ってな」
「は、はあ……」
彼の説明に対して、リーシャは小首を傾げた。だがそれも仕方のないこと、命の危機を脱したと思ったら、訳の分からない存在と対話しろと言われているのだから。
「そんじゃ、まずは自己紹介からやってやってくれ」
「は、はいっ。ええと、私はリーシャ・メディルツィンといいますっ。その、アーベンで薬士をしていて、えっとその、いつもは町のお店にっ、作ったお薬を卸していて……」
窓と正対し、緊張した様子で彼女は己について話していく。先程まで好き勝手していた視聴者たちは大人しく彼女の言葉を待ち、身勝手な事を言わないようにしている。
「そういや聞きたいんだが」
≪ジョニー殿、邪魔でござる!≫
≪出てくるなですぅ!≫
≪リーシャちゃんのッ、お話がッ、聞きたいのッ!≫
「黙れ、阿呆ども」
配信経験一回のベテランとなったジョニーに対して、視聴者は容赦しない。しかし経験豊富な彼は、そんな連中を言葉でぶん殴って自分のペースへと会話を修正する。
「どんな薬を作ってるんだ?そこで焚いてた魔物避けみたいなものか?」
「あ、はいっ、それもありますっ!でもそれ以外にも色々作っていてっ」
自分の良く知る話題となった事で、目が泳ぎオドオドとしていたリーシャの顔がパァッと明るくなった。
だけならば良かったのだが。
「傷薬はこの薬草を煮出した汁でこの木の実を砕いた物を煮込むと出来るんですっ!あ、蛇毒にはこっちの草を刻んだ物に火を入れて水を少し加えてすり鉢でゴリゴリってすると作れますっ!頭が痛い人にはここには無いんですけど貼り薬が良くてお腹が痛い人には家で育ててる薬草から作った丸薬が効いてあと―――」
「おう、待った待った。その辺で止まれ止まれ」
先程までの緊張は何処へやら。話し出したと思ったら途轍もない早口で一気に自分の知識をブチ撒けた。その勢いに視聴者はコメントを忘れ、ジョニーすら口を挟む事が出来なかったほどの熱量である。
「あっ、ご、ごめんなさい。つい……」
制されて冷静になったリーシャは、耳まで真っ赤にして俯いた。そんな彼女の姿を見た視聴者たちがどんな反応をするかというと。
≪かわいいですぅ≫
≪ああ、癒されるッ≫
≪リーシャたんと出会わせてくれた神に感謝でござる……≫
≪↑もうダメだ、こいつら≫
≪なんと言うか、孫娘を見ているような気持ちになりますね。≫
ある者は薬いらずの彼女に癒され、またある者は配信に慣れていない初々しい彼女を微笑ましく見ていた。配信の楽しみ方は実に人それぞれである。
「はっはっは、熱中できる事があるってのは良い事だ。若者はそうじゃねぇとな」
≪うわぁ、ジョニキ年寄り臭ぇ≫
≪ジョニーさん、私が生徒に言っていた事を仰ってますよ。≫
「むぐっ。い、良いだろが、ンな事は」
≪指摘されて動揺してるでござる≫
≪アニキの心にクリティカルヒットッ!≫
斜に構えて視聴者の言葉を上手く受け流してきたジョニー。しかし、今回ばかりは真正面から一撃を貰ってしまった。ばつが悪そうに彼は頭を掻き、
そう、彼は窓の向こう側の人間の年齢をある程度認識できるのだ。先程までジョニーを笑っていた者たちは逆に追い詰められ、最終的には謝罪の言葉を吐く事になった。
「……ふふっ」
そんな彼らの愉快なやり取りを見て、彼女は笑う。
「お、笑ったな」
「ごめんなさい、可笑しくて。ふふふっ」
≪あああああッ、笑い方もカワイイッ!!!≫
≪可憐という言葉の具現化でござるなぁ……≫
視聴者が悶える、と同時に。
突然空中に出現した銀貨が二枚、ちゃりんと地面に落ちた。
「きゃっ、何か落ちて……?」
「おっ、なげぜにじゃねぇか」
≪リーシャちゃんの可愛さに、いつの間にか投げてたッ≫
「……てか、おい。投げるなら投げるで先に言え。ここの地面は石だらけなんだぞ、隙間に落ちただろうが面倒臭ぇ」
≪お金あげたのに理不尽ッ!≫
「ふふ、ふふふっ」
ガタゴトと、銀貨が吸い込まれていった辺りの石を退けながら文句を垂れるジョニー。視聴者は理不尽な言いがかりを受けて騒ぎ、リーシャは口元を押さえながら堪えきれずに笑いを漏らす。
それから少し話をして、本日の配信は終了となったのだった。
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