第7話 心配、関心、そして安堵
木の実に草、植物の根。森の中で適当に採取した物を手にしてジョニーは少女の下へと帰還する。
≪ちょッ、女の子大丈夫なの!?≫
≪し、死んでない、ですぅ?≫
≪苦しそうな顔をしているようですし、亡くなってはいないと思います。≫
≪ジョニキ、さっさと戻ってこーいっ!≫
「おうおう、うるせえな」
≪ジョニー殿が戻ってきたでござる!≫
配信主の帰還に視聴者たちが安堵する。ジョニーは採取物を平たい岩の上に置き、乾燥植物を薪の山の下に放った。人差し指を立てて魔力を軽く集中してポッと火を生じさせ、
≪その子、大丈夫ですぅ?≫
「二日飲まず食わずだったようだが強壮薬を飲ませた、まあ大丈夫だろ」
≪昨日の洞窟からの帰りで見付けたん?≫
「いやいや、そんな偶然あるかよ。
やれやれとジョニーは肩をすくめた。
≪人の命が掛かっているというのに、その態度は良くないと思いますよ。≫
「ん?死んだとしても蘇生魔法でどうにかなるだろ。病気や寿命なら別だが」
≪え、生き返らせる事、出来るでござるか!?≫
「おう、当然……って、そっちじゃ無理なのか?」
≪無理無理ッ!というか魔法が無いッ!≫
「そういや、お前ら魔法に驚いてたな。すっかり忘れてたぜ」
ジョニーが当然可能と考えた命を失った人間の蘇生が、視聴者たちの世界では不可能。二つの世界の常識はやはり大きく異なるのだ。
「ぅ……う、誰、いっぱい……声が……」
配信者と窓の向こうの異世界人たちがやり取りしていると、苦しそうな声で少女が呻いた。薬によって多少体力が戻った彼女は重い身体をゆっくりと動かし、寝そべっていた平たい岩に座る。
「お、大分と良くなったみたいだな」
感心した様子でジョニーはニヤリと笑った。
と同時に、先程彼女が呟いた事を思い出す。
「……もしかして、だが。お嬢ちゃん、この声が聞こえるのか?」
≪ジョニー殿以外にも聞こえるのでござるか?≫
「あ、はい。ええと、でも姿が……?」
声の主を探して、薬士の少女はゆっくりと辺りを見回した。だが当然ながら、命の恩人以外の人間の姿は発見できない。しかし代わりに、彼女は不可思議な物を見付ける。
「これ、は?」
「窓だ。何か分からんが、異世界に繋がっている……らしい」
「いせかい……?」
少女は意味が分からず首を傾げた。
≪かわいいですぅ≫
≪圧倒的ッ、可憐!≫
≪流石に不謹慎ですよ、彼女は命の危機にあったのですから。≫
彼女の仕草に一部の不届き者達が騒ぎ出し、良識ある年長者がそれを諫める。顔の見えない間柄だが、ジョニーによって匿名の仮面を薄く剥がされた事でむしろ良い環境になっている様だ。
そんな騒がしいやり取りをしてると。
「あっ」
くうぅ、と可愛らしい音が奏でられた。その音の主は赤面し、少しばかり顔を俯かせる。
「はっはっは、そりゃそうなる、二日も飲まず食わずだからな。ちょっと待ってろ、何か食えるものを用意してやる。腹に優しい奴をな」
「す、すみません」
申し訳なさそうに少女は言った。
≪ってかジョニキ、料理できるん?≫
≪保存食焼くだけは料理と言わんぞッ!≫
「バカにしてるな、お前ら。こちとら冒険者だ、その程度出来るっての。そこらで拾った物を食えるようにする技術が無けりゃ、
≪なるほど納得ですぅ≫
ジョニーは視聴者に答えつつ、リュックサックから小型の片手平鍋を取り出す。それを傍らに置き、その上で拾ってきた緑色のレモンのような果実の皮をナイフで手際よく剥いていく。数枚が平鍋の中に落ちた所で一旦果実を横に置いた。
≪手際良いな……≫
≪実際に見ると少し驚きでござるな≫
言葉に違わず料理の実力があったジョニー、視聴者たちは驚きと感心をもって窓の向こうからその様子を見守っている。
「意外とは何だ、意外とは」
≪いや、料理できるタイプには見えんて、マジで≫
「ンだと、失礼な奴め」
文句を垂れながらも手は止めず、数種類のハーブを細かくちぎって鍋の中へと投入した。続いて細い木の根っこのような芋の皮をスルスルと剥き、真っ白なその中身をぐしゃりと握り潰して鍋へ放り込んだ。
≪結構、調理方法が乱暴ですね。≫
「この芋はお行儀よく切るよりも、勢いよく潰す方が良い味が出るんだ。冒険者の中ではこの調理法が一般的なんだよ」
≪ところ変われば料理の作法も異なる、という事ですね。実に面白い。≫
水筒から少量の水を注ぎ、先程横に置いた果実の残りの皮を全て除去する。鍋の上でそれもまたギュッと握り潰した。大量の果汁がぼたぼたと注がれる。
≪うわッ、それレモン?そんなに入れたらメッチャ酸っぱそう……≫
「確かに少し酸味は有るが、味はほぼ無いぜ。探索時の水分補給に便利なんだよ、コレ。まあ時々、異常に甘いのが混ざってるけどな」
≪甘いの、見付けたら大当たりですぅ≫
「いいや大ハズレだ、むしろ喉が渇く。歯が浮く位に甘い、甘いもの好きでも吐く位にキツイ、ってか知り合いは猛烈に吐いてしばらく動けなくなった」
≪そ、そんなにでござるか……≫
自分の頬を鷲掴むように手をやりながら、途轍もなく嫌そうな顔でジョニーは言う。それはつまり、彼も大ハズレを引いた経験があるという事だ。浮いた歯を思い出し、それが外れて落ちないように手で押さえているのである。
ジョニーは平鍋を火にかける。少し待つと潰した白い芋がトロリと蕩け、全体的に緩やかな粘りが生じた。スプーンで混ぜるように風魔法で鍋の中身を攪拌し、僅かな酸味を持つ果汁と香り高いハーブ、そして真っ白な芋を混ぜ合わせる。
プクプクと小さな気泡が出始めた所で、鍋を火から下ろした。
リュックサックに手を突っ込んで木製の器を二つ取り出す。鍋から完成した料理をトポリとぽりと流し入れた。最後に少しの甘みを持つハーブを添えて、ジョニーは一つ頷いた。
「うし、完成だ」
そう言って木製スプーンを真っ白な料理にドスリと刺す。
「ほれ」
「あ、ありがとう、ございます」
差し出されたそれを少女は受け取った。出来立ての熱を持った料理は暖かさを彼女の手に伝えて、飢餓からの解放を告げる。
≪おかゆみたいだな≫
「なんだ、そりゃ」
≪水を少し多めにして炊いたコメに、塩とか出汁とかで味付けた食い物ッスよ≫
「コメ?随分と珍しいモン食ってるな」
≪我々の主食でござる!≫
「ほぉ~、あンの硬くて碌に味がしないマズいのが主食とは、苦労してるんだな」
≪硬い?マズい?なに言ってるですぅ?≫
出来た料理を口に運びながら、ジョニーは異世界の住人たちの侘しい食事を哀れんだ。対する視聴者たちは彼の言っている事の意味が分からず、不思議そうにしている。
≪コメは私達の祖先の長年の努力で、今の美味しい物になりました。ジョニーさんの世界だと、そこまで品種改良はされていないという事ですね。≫
「ま、一般的な食い物じゃぁ
≪畑……?田んぼじゃなくて?≫
「タンボ?なんだそりゃ」
≪水田ではなく畑ということは
たった一人、最年長の元教師だけが違いについて納得した。ジョニー含め全員が首を傾げるが、これ以上考えても仕方ないと思ったのか、彼が食べている料理の味への質問へと会話は移っていった。
「美味しい……」
ポツリと少女が呟く。
ジョニーも視聴者たちも、人心地ついた彼女の表情を見て微笑んだのだった。
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