第二節 日常

第5話 商人組合

 ぎい、と蝶番ちょうつがいが軋んで音を立てる。扉に付けられたベルがカランコロンと鳴り、来訪者を歓迎する。入口から建物の中を真っすぐ進み、一人の男が受付カウンターの前へと立った。


「ようこそ、ご用件は……なんだ、ダルトン、お前か」


 金ボタンの紫紺背広スーツに白ワイシャツ、赤ネクタイを着用している男性は、椅子に掛けたまま自らの前に来た者を見てうやうやしい態度を霧散させた。


「なんだとは何だ、カウフマン君。こちとら狭い穴倉から帰還したってのに」


 文句を言いつつ、ジョニーは洞窟の奥から持ち帰った薬草株をカウンターに置く。特に何も言わずに受付の男性はそれを手に取り、黒色スクエア眼鏡をキラリと光らせて手元の資料と実物をしっかりと見比べた。


「ふむ、問題は無いな。ご苦労」

「もうちょっと労ってほしいもんだな。愛想を寄こせ、愛想を」

「こちらは商人、無駄な物を店頭には並べんのだよ。要求するならば対価を」

「かーっ、クライヴお前は相変わらず……っ。あ~あ、可愛い女の子に受付してほしいぜ」


 肩をすくめてジョニーは嘆く。対してクライヴと呼ばれた男性は面倒臭げに溜め息を吐いた。苦情を受けた彼は眼鏡の蔓を指で押し上げ、面倒臭げに緑強めのターコイズブルーの瞳を宿す目で申立者をめ付けた。


「ダルトン、冒険者など信の置けない者しかいない。そんな連中の対応に女子を出せるか、問題を自ら呼び込むような事が出来るか。冒険者を制圧できる程の警備を雇える大都市ならばともかく、辺境の町アーベン組合ギルドにそんな余裕はない」

「へいへい、よぉ~く分かりましたよ」


 冒険者ジョニー。彼は物分かりの良い男なのだ。

 クライヴは手元の書類を確かめ、カウンター裏からいくらかの銀貨を取り出す。


「報酬だ、受け取れ」

「言われなくても受け取るに決まってんだろ」


 じゃらりとカウンターに置かれた労働の対価を引っ手繰るように回収し、ジョニーはそれを大切に財布の中へと収納した。少々浅ましいその様を見て、クライヴは溜め息を吐く。


「良い歳でその様はどうなんだ」

「うるせぇ、というかお前も同い年だろ。その接客態度はどうなんだ、この野郎」


 お互いに相手を言葉で刺すが、どちらも大して傷を負っていない。それもそのはず、このやり取りはいつも通りの日常なのだから。ジョニー・ダルトンとクライヴ・カウフマン、二人はある程度長い付き合いなのだ。


「これでもお前の事は信用しているんだ、ダルトン」

「そんなしかめっ面じゃ、欠片も信用が見えねぇんだが」

「悪いな、これは生まれつきだ」


 クライヴは肩をすくめる。


「アーベンはこの地方の中心都市、と言えば聞こえは良いが元より人の少ない辺境だ、商売的には旨味が少ない。それ故に冒険者が寄り付かず、ここで登録している連中の多くは、農家の六男坊七男坊や食い扶持を減らすために追い出された娘。つまりは消去法で冒険者となった者が殆どだ」


 誰も彼もが問題なく、楽しく優雅に暮らせれば幸せだ。しかしそんな事はあり得ない、人には格差が存在し、それぞれの事情が存在するのだから。この世は世知辛い、ジョニーもクライヴもそれを良く知っていた。


「だからアーベンの冒険者はしつが悪い、殆どが駆け出しだ。まあ、しばらく前に王国内に出現した大迷宮に人を吸われたというのも理由の一つだがな」

「大地震で生じたデカい地割れの中が洞窟でその先が遺跡になってた、って奴な。一攫千金を夢見たバカ連中が次々突入しているって聞いてるぜ」


 アーベンから遥か遠く。王都を挟んだ国内の反対側に存在するという大迷宮。サフィン王国のみならず、あらゆる地から冒険者が集結している場所だ。しかしそれは同時に、他の地域に冒険者がいなくなるという事を意味していた。


「今日も駆け出しが五人、死んで帰ってきた」

「あ~らら。そいつらは借金漬けになっちまうな」

「こちらも商売だ、蘇生魔法もタダでは無い。即時支払いにしないだけ優しいと思って頂きたい」

商人組合ギルドは実に慈悲深い事で」


 今度はジョニーが肩をすくめた。


「だからこそダルトン、お前のような熟練者は有難いのだ。どんな依頼でも堅実に遂行し、確実に達成して帰還する。これを成せる冒険者は案外と少ない」

「おやおや随分と褒めるな、明日は山が噴火するんじゃないか」


 お道化る彼にクライヴは鼻を鳴らして対応する。


「それに組合としては、大迷宮よりもこちらアーベンに着目している」

「あン?商売としてはあっち大迷宮の方が上がりが良いだろ、なんでまた」

「向こうは放っておいても儲かるからな。武器防具に道具は置いておくだけで飛ぶように売れ、毎日毎日死体が回収されてくる。新参も次々と現れ、それらも客になる」

「うはぁ、ぼろ儲け」

「対応するために人は必要だがな。対するこちらは発展途上で未知が多い、投資するには良い可能性を秘めているのだ。とはいえ今は碌な稼ぎにはなっていないがな」


 手近にあった資料を取り、眼鏡を光らせる。そこには大迷宮の存在する地域の情報が記載されており、アーベンとは文字通り桁が違う収支が載っていた。


「……で、何だ?」

「ふ、話が早くて助かるな」


 問うジョニーに対してクライヴはフッと笑う。随分長くなった付き合いだ、不自然な賞賛が何かに繋げるための枕詞である事は簡単に分かるのである。


 クライヴは一枚の紙を差し出した。ジョニーはそれに書かれた内容を確かめる。


「なになに……救助依頼?」


 そこにあったのは、一人の少女の似顔絵と森に行ったまま帰らないという文章だった。


「リーシャ・メディルツィン、十六歳の薬士くすりし。ふわりとしたウェーブが掛かった、背中に掛かる長さのロングヘアにライトパープルの瞳。服装は……首から胸元までが開いた、花の意匠のある膝丈の緑ワンピースに白手袋か。緑色のリュックサックを背負っていて茶色の編み上げサンダルを履いている、と」


 ジョニーは書いてある内容をすべて口に出す。あちらこちらに移動する可能性のある人間を探すならば、一目で判別できるようにしておいた方が良い。顔と名前、そして服装を覚えるために言葉として出し、視覚と聴覚で記憶するのだ。


「一つ聞きたい」

「なんだ」

「この、なんでここまで詳細に情報が?それに森に行ったまま帰らないって書いてあるが二日前だろ、こんなに早く救助依頼が出るのは珍しくないか?」


 大体の冒険者は一日二日で帰らないのは当然の事だ。他の者であっても二日程度ならば見かけなくても、それほど不思議ではないはずである。風邪でもひいて自宅で寝込んでいるとしても、それ程おかしくは無い。


「彼女は毎日、作った薬を店に卸していた。真面目で礼儀正しい少女だ、そんな人物が二日も現れない。となれば心配にもなろうもの、当然だが彼女の家にも依頼主が確認に行っているが不在だ」

「お前、この娘を知ってる様な口ぶりだな」

「組合から発注した薬を納品するために、此処に来た事もあるからな」

「ほぉん、となると若いのに中々優秀な薬士なんだな」


 商人組合が最も重要とするのは稼ぎよりも信用だ。そんな組合と直接取引が出来るという事は、それ相応の信用を得ているという事である。


「救助ってコトは、一日で迷宮領域ダンジョンから迷宮領域へハシゴかよ」

「即応してもらわねば間に合わんからな、さっさと行け」

「冒険者使いが荒い」

「お前らはそういう存在だ」


 ハッとクライヴは鼻で笑った。忌々しげな表情を浮かべたジョニーは、それでも依頼を遂行するために彼に背を向けて歩き始める。


 組合の出入り口の扉に手を掛けた所で、彼はふと思い出した。


「なあ」

「なんだ、まだ何か確認があるのか」

「いや、別の事だ」


 訝しむクライヴに、ジョニーは昨日の不思議な出来事を訪ねる。


「異世界と繋がる窓について、何か知ってるか?」

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