第4話 初配信終了

 時折パチパチと薪が火の中で爆ぜる。その度に炎が揺らめき、それに照らされているジョニーの影もまた揺れる。焚火に放られた薫製肉は、その中心で炎と灰に巻かれていた。


≪あー、あー、炭になっちまうぞ≫

「ふ、ならねぇんだなぁ、コレが」

≪火に強い魔物肉だからですぅ?≫

「その通り。この肉は火で活性化するのさ」


 知識的優位を取ったジョニーは笑い、薪を割って作った適当な棒きれで燃える事の無い肉を転がす。薫製によって表面の水分を失って毛羽立っていたそれは、次第にそのみずみずしさを取り戻していく。


「ふむ、そろそろかね」


 十二分に火の中で転がした所で、ナイフで刺して肉を焚火の中から取り出した。


「ほーれ、こうなるのさ」

≪おおおッ?≫


 窓の前に差し出したそれは、乾燥など一切していない。生の肉を炭火で焼いたのと同じように良い色味と焦げが付き、なんとも美味しそうに湯気を上げていた。


≪乾燥した保存食、だったよな?≫

「おうよ。だがな、この魔物肉は炎を吸って蘇るのさ」


 そう言いつつ、ジョニーは肉に齧り付く。歯が入った瞬間、豊かな肉汁が爆ぜ跳んだ。


≪うわ、旨そうッ≫

≪お腹が減るですぅ≫

「んぐ、むぐ。そうだろうそうだろう、けっけっけ」

≪最高に意地悪い笑いでござる≫

≪くれッ!≫

「どうやって送れば良いか分からねぇんだよなぁ。残念だなぁ、実に実に残念~」


 なげぜには貨幣として出現するが残念ながら一方通行、ジョニーが肉を視聴者たちに送り届ける事は出来ない。彼はその事実に直面して非常に残念そうに、否、途轍もなく嬉しそうに首を横に振った。


「さて、もう一切れ……ホイっと」


 薫製肉を再び切り分け、先程と同じように火の中にべる。


「お次はコイツだ」


 肉と一緒に取り出した小さな箱を開き、小指程度の大きさの小瓶を取り出す。紐をほどいて蓋にしている布を取ると、仄かに赤い細かな結晶がその顔を見せた。ジョニーは十分に火を吸った肉を回収すると、小瓶の中身を振りかける。


≪それは、岩塩でしょうか。≫

「お、そっちにもあるんだな。その通り。ただし、ちょいと良い塩だ」


 小瓶を窓の目の前に差し出す。焚火の灯りを受けて更に赤々とするそれは、まるで微細な宝石の集合体のようである。


≪ピンク岩塩という奴でござるな≫

≪あ~、時々ステーキ屋とかに置いてある奴ッ≫

≪旨そうだな、マジで≫

「実際、旨いぞ~。小瓶程度の量しか買えない位に高い塩だからな……」

≪ちょっとジョニーさんがしょんぼりしてるですぅ≫

「値札見ずに買っちまってな、予想外の出費だったんだよ。クソ、あンの商人め」

≪それはジョニーしゃんが悪いですぅ≫

「分かってるっての、そんな事。だがそれと腹の虫がおさまらねぇのは別だ、別!」


 憂さを晴らすかのようにジョニーは肉に齧り付いた。肉の表面に付いた塩はただ辛いだけではなく甘みもあり、素材の味を強く引き出してくれている。予想外の高い買い物ではあったが、そのリターンは十分得られてはいるのだ。


 しかしそれはそれとして、望まぬ買い物をした事については納得していない。ジョニーはとても堅実派なのである。金の使い方は己の決めた通りに、それ以外には基本的に使いたくないのだ。


「ふう、旨かった」

≪おや、もう食事終わりでござるか?≫

「ああ、保存食は大量消費するモンじゃないからな。小まめに小分けに、チマチマ食うのが正しいのさ」


 少し小さくなった肉塊を布で包み直し、小瓶が収められた小箱と共にリュックサックへと収納した。


「さて、あとは寝るだけだが」

≪まだ話し足りんて≫

≪もうちょっと話を聞きたいですぅ≫

「ま、構わんよ。何か聞きたい事はあるか?」


 腹に肉が入った事で気分が良いのか、ジョニーは穏やかに促す。


≪そうですね……ああ、そうだ。ジョニーさんは何故洞窟に?≫

組合ギルドで依頼を受けてな、コレを採りに来たのさ」


 横に置いていた採取物を手にして、ジョニーはそれを窓に近付けた。


≪百合、でしょうか?≫

「特殊な薬草なんだとよ。俺も薬草の知識はあるがコイツについてはよく知らん」

≪それでいいのか、ジョニキ≫

「良いんだよ、お目当てのモンが手に入ればそんな事は」


 ハッと鼻で笑って、彼は視聴者の言葉を受け流す。物の詳細を知っていたとしても依頼を達成できなければ意味が無い。こうして目的のものを入手できるという事こそが、冒険者として重要な事なのだ。


 以来の品をそっと元の場所に戻し、ジョニーは棒きれを手にして火の中で炭になりかけている薪を突く。山を作っていたそれは、がさん、と崩れ、火の勢いが少し弱くなった。


≪質問、ギルドとはどういったものでござる?≫

「ん?あー、何て言うかな」

≪冒険者ッ、冒険者ギルドッ≫

「なんだその珍妙な組合ギルドは、冒険者だけが集まって何すンだよ。商人だ、商人の組合」


 用途がどんどん増えていく棒きれに更に指し棒の役割を追加し、教壇に立つ教師の様にジョニーは窓に向かって先端を向ける。


≪なんで商人なんですぅ?≫

≪こっちのアニメとかじゃ冒険者ギルドだよな≫

「なんだその、あにめ、ってのは……いやいい、どうせ分からん。というか、そっちにも冒険者いるのか?」

≪ははは、ジョニーさんが思うような冒険者はいませんよ。創作の中の存在です。≫

「なるほど」


 彼は頷く。両者ともに相手の世界について知識を持たないのだから、色々な部分で認識の違いが生じるのも当然である。


「冒険者なんていうモンを生業にする奴は大なり小なりマトモじゃない、その仕事を理由が存在する。そして、そういう連中は基本的に信用が無い」


 指し棒で空中を当て所なくなぞりながら、ジョニーは説明を続ける。


「商人は金稼ぎや情報収集が得意だが力が無い。ああ、戦力の事な、戦う力だ。魔物とやり合える力があるなら城勤めの兵士になった方が立派だからな、そう出来ない理由があるワケだ」


 彼は指し棒で空中にクルリと円を描く。


「そんな両者の利害が一致したのさ。商人が持たない力を冒険者が担い、俺達に無い信用を商人が保証する。だから冒険者は商人組合に所属するモノなのさ」

≪なるほどッ!≫

「方々の困りごとを商人あいつらが集めて、冒険者俺達が解決する。いま俺がやっているようにな」

≪非常に分かりやすい説明、感謝するでござる、ジョニー先生≫

せ止せ。先生ってガラじゃねぇよ、俺は」

≪社交辞令でござる≫

「……ああそうかい」


 謙遜しようとしたが、そもそもその必要が無かった。肩透かしを食らったジョニーは、その居心地の悪さを紛らわすように火が小さくなった焚火を弄る。


≪ジョニーしゃん、明日は町へ戻るですぅ?≫

「ああ。依頼の品を届けて金を受け取って、安酒とツマミでイイ感じになって宿のベッドで寝る予定さ」


 彼はそう言って笑った。


「さてと、そろそろ寝るか」


 口に出してから、ジョニーはふと思う。


「この窓、どうやって消すんだ?」

≪いやこちらに聞かれましても……≫

≪そっちの魔法じゃねぇのかよ≫

「知らん、いきなり出現したからな。そっちから何かされたと思ってたが……」

≪一度ブラウザ閉じてみたでござるが、変わらんでござるなぁ≫

≪困りましたね。私達はPCなどを閉じれば良いですが、他の人が来る可能性もありますし……。≫

「おいおい、どうすんだコレ」


 ガシガシと頭を掻く。

 何の切っ掛けも無く、突然出現した窓。同じように突然途切れるのを待つにしても、それがいつになるのかが不明である。それをどうすればいいかなどジョニーには分からず、視聴者は更に分からない。


 窓を挟んで両者は頭を捻る。が、どちらの知識を総動員しても『そもそも分からない』ものへの対処など出来はしなかった。


 そんな中、一人の視聴者がコメントを打つ。


≪締めの挨拶、してみるですぅ?≫

「挨拶ぅ?さようなら、ってか?」


 怪訝な顔をしながらジョニーは首を傾げた。


≪あ~、確かにッ≫

≪コレが配信だってんなら、それが正解か?≫


 他の視聴者が賛同し始める。とはいえ解決策が見つからない以上、彼らの知識の中で『それっぽい』事を無理くり出しただけだ。


「で、締めの挨拶ってなにすりゃ良いんだ」

≪多いのは『チャンネル登録、高評価よろしく』でござるかね?≫

「ンだ、その呪文」


 聞いた事も無い言葉の羅列にジョニーは首を傾げた。


≪一度言ってみてはどうでしょうか。≫

「それで窓が消えなかったら恥ずかしいにも程があるだろ」

≪物は試し、と言うではありませんか。≫

「いやまあ、それはそうだが……。ええい、仕方ねぇ」


 覚悟を決めた彼は窓へと向き直る。


「あー……。ちゃんねる登録、こうひょうか?よろしくな」


 訳の分からない言葉をそのまま口に出した。


 と。


「お」


 彼の前にあった窓がフッと掻き消える、配信終了だ。


「ふぅ」


 突然の異常事態と異世界の住人という視聴者たちとの触れ合い。それらに気疲れしたようで、ジョニーは知らずに一つ溜息を吐いた。


「ま、中々楽しかったな」


 ククと含み笑いして、彼は火が小さくなっていく焚火に薪を追加する。


「あの窓、一体なんだったんだ……?」


 消失した謎の窓。

 それがあった場所を見ながら、ジョニーはポツリと呟いた。

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