第3話 初配信

≪普段は何してるん?≫

「さっき言ったろ」

≪いや、そーいうのじゃなくて日常生活と言いますか≫

「日常生活ぅ?また説明し辛いコトを……」


 特に語る事のない毎日を、敢えて誰かに説明する機会などない。だが異世界の視聴者たちからすると、ジョニーのそれは非日常なのである。


「新しい飲み屋探したり、同業者と情報交換したり、次の依頼に向けて消耗品補充したり、ってトコか。ああ、後はこいつらの整備だな」


 そう言って自分の得物であるナイフと、胴を守るレザーベストを指した。


≪むむっ、じゃあ武器屋と防具屋が存在するでござるか≫

≪RPGでおなじみのお店がッ!?≫

「なんだ、その『あーるぴーじぃ』ってのは」

≪遊びの一つッす≫

≪説明しても分からないでしょうから、ジョニーさんお気になさらず。≫

「ああそうかい」


 視聴者がそうであるように、ジョニーの側から見た窓の向こう側の世界は理解の範疇の外にあるのだ。遊びの名称だ、と言われて詳しく説明されたとしても、意味が分からずに首を傾げる事になるのはほぼ間違いないのである。


 分からない事を必要以上に考えずに他へと切り替える頭を、冒険者としての経験からジョニーは持っている。大小の魔物蠢く魔境に潜る冒険者、一つ一つの疑問に関心を持って深く考えていては化け物たちの餌になってしまうのだ。


「デカい町……王都とかなら武器だ防具だで店が分かれちゃいるが、俺が拠点にしてるのは国の端っこの町だからな。得物やら防具やらを扱ってるのは鍛冶屋だ」

≪王都ッ!≫

≪そっか、異世界にも当然国はあるよな≫

≪質問でござる、ジョニー殿のいる国の名前が知りたいでござる≫

「サフィン王国」

≪住んでる町は何なん?≫

「アーベン」

≪返答が完結過ぎるッ≫


 あんまりにもあんまりな、質問に対する最適解だ。


「ふっ、お前らにおちょくられてばかりは癪だからな。お返しだ、この野郎」

≪おのれ、ジョニキ≫

「ンだ、その名前」

≪ジョニーたすアニキで、ジョニキ!≫

「やめろアホウ」

≪分かりましたっ、やめますん≫

「どっちだ、お前」

≪絶対にやめないよ?≫

「窓の向こうにいるお前をブン殴りてぇ」


 仕返し完了と思ったらまたもや視聴者のペース、ジョニーはチッと舌打ちした。


 分が悪いと考えた彼は、とりあえず視聴者を無視して中断していた野営の準備を再開する。リュックサックの底に入れていた薪を取り出し、それを山の形に組んでいく。


 ジョニーは小指ほどの長さの刃を持つ小さなナイフを取り出し、それを手近の岩肌に当ててガリガリと何かを削り取る。


≪何してん、ソレ≫

「あァ?火起こし知らんのか、お前」

≪こっちだと火は簡単に付くからなぁ≫

≪薪で火を付けるなど、一般的にはキャンプくらいでしょうか。≫

「ほー、そっちは便利なんだな。削ぎ取ってるのは苔、この茶色いのが火付きがいいんだ。大体どこの洞窟でも自生してるからな、冒険者にとっちゃ生活の知恵の一つってトコだな」


 喋りながらも彼は作業の手を止めない。山型に組んだ薪の下に火付き苔を二つまみ程度置いて、立てた人差し指をそれに接触させる。魔力が指先に集中し、ほんの小さな火が生じた。


 それはあっという間に燃え移り、苔が瞬く間に火の玉となった。蝋燭の先だけを切り取った様な火はジリジリと薪を炙り、少しするとその赤を分け与える。僅かな時間で全体に燃え広がり、薪の集合体を炎の山へと変化させた。


「これでよし」

≪もーえろよ燃えろ~よ~、炎よ燃えろ~≫

「なんだその歌」

≪なんだ、って……曲名なんだっけ?≫

≪燃えろよ燃えろ、ですよ。≫

≪まんまじゃねーかッ!≫


 よく知る歌のまさかの事実。視聴者たちはジョニーを放ってワイワイと騒ぎ出す。そんな中の一人が、ふと疑問を抱いた。


≪ん?あれ?ジョニキ、なんで『歌』だって分かったん?俺ら文字じゃんか≫

≪あ、そういや確かに≫

≪読み上げAIみたいに聞こえてると思ってたでござる≫


 すぐに他の視聴者も同意し始める。


「なんというか頭の中に流れてくるんだよ、見た事もねぇ文字と人間の声、みたいなモンが。しっかりと認識できちゃいないが何故か分かる。あと、どの文字が誰か、ってのも分かるな、不思議な事に」


 ジョニーは眉間に皺を寄せて考えつつ、今現在自分の頭の中で繰り広げられている現象を口に出した。


≪ほほー、不思議ぃ≫

≪ちなみに俺の性別は?≫

「男だろ」

≪正解ッ≫

≪あ、じゃあ私はどっちですぅ?≫

「男だな」

≪え~、私は女わよ、ですぅ≫

≪↑ジョニキ正解だな≫

「ちなみに、さっきからジョニキ言ってるお前は女だろ。それも結構若い、十代半ば、って所か?」

≪え≫

≪マジッ!?≫


 俺という一人称に粗野な文体。それをそのままとったならば、男性だと認識するというもの。顔も見えず、声も聞こえない状況では、それが当然とも言える。


≪ちょ、tちょtyちょ≫

≪焦っておられる≫

≪んあなんで?なんで分かるの?≫

「さっき言った通り『声』だ。お前らは文字を書いている、んだろうが、それが普通に声と認識できるんだよ。それに抑揚もあれば、お道化どけているのも分かる。顔が見えないだけで普通に会話している感覚だな、俺にとっては」

≪インターネットの匿名性、異世界に通じずですぅ≫

≪皆様、彼女にちょっかいを掛けないようにして下さいね。≫

守護まもらねば……ッ≫

≪偶然にもジョニー殿の初配信に集った同士、安心するでござる≫


 先程まで思うがままにワイワイと騒いでいた視聴者が一瞬で団結した。ジョニーの配信に集っている者たちは独特だが、最低限のモラルを持っているようだ。匿名という仮面を意図せず剥がされてしまった少女を、どうにかして安心させようとする優しい言葉で溢れている。


≪くっ、し、信用するからなっ!≫

「なんか良く分からんが、解決したか?」

≪そもそもジョニー殿のせいでござる≫

「俺が何をしたってんだ」

≪ジョニーさんが我々の顔を見る事が出来ないのと同じく、私たちも相手の顔は分からないのです。どこの誰か分からない仲間と集まって配信を見る、それが視聴者なのですよ。≫

「ふーむ……仮面集会みたいなモンだと思っておくか」


 ジョニーが思い浮かべたのは社交界のとある風習。豪商や貴族らが仮面で顔を隠して服装も変え、全く別の人間として気楽に優雅に酒を飲む会だ。参加者同士は相手の氏素性に気付いていても口外する事は厳禁という、鉄の掟が存在するのである。


「っと、さっさと飯の準備に取り掛かるか」


 火を起こした理由を思い出し、ジョニーはリュックサックの中に手を突っ込んだ。先程薪を取り出した時に一旦横にけていた布包み、それと小さな箱を取り出す。


 ジョニーが膝の上に置いた包みを解くと、中には掌二つ分程度の大きさの茶色い塊が入っていた。


≪むむむっ、それは何でござる?≫

「メシだよ、メシ」

≪流石にそれは分かるっての≫

≪何で出来てるか、どんなものかを、知りたいッ≫

「面倒臭ぇが、まあ教えてやるか」


 腿をまな板にして塊をナイフで切り分けながら、食事の準備のついでとばかりに話を始める。


「コイツは肉だ、魔物のな」

≪なにッ、魔物肉だとッッッ!?≫

「うるせぇ、黙れ」

≪酷いッ!≫


 ジョニーは段々と視聴者の求める反応を理解し始めていた。


「肉を薫製して保存食にしたモンだ。冒険者の間では一般的だな、金欠な駆け出しには手が届かん品だが」

≪高いん?≫

「さっきなげぜに貰ったろ、銅貨一枚。あれが二十枚でコレを買える」

≪二千円と考えると中々の値段ですね。≫

「ま、長いコト持ち歩ける品だからな、多少値は張るさ」


 少し硬い肉。輪切りにされたそれの中心は随分と赤い。


≪生肉……火、通ってるですぅ?≫

「当然だ、じゃないと腐るだろ。これは元の肉の色が出てるだけだ、元々火に強い魔物のモンだからな」


 一枚摘まみ上げ、それを窓の前に差し出した。薫製によって水分が抜けた肉は輪の外周部分が少しパサついているが、中心部の赤い所は生肉の様にみずみずしい。そのまま齧り付くには抵抗がある程だ。


「ンで、コイツを焼いていく」


 そう言ってジョニーは焚火の中へ、肉をポンと放り入れた。


≪ああッ!?肉が!≫

「まあ見てろって」


 視聴者の驚きと困惑を余所に、ジョニーはニヤリと笑った。

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