第2話 配信というもの
ジョニーは聞いた。
自分の常識の範疇を遥かに超える、理解不能にも近い説明を。
いんたーねっと、なるものがある。
世界中に張り巡らされた『つうしんもう』で、文字や『しゃしん』という絵を遠くへ一瞬で移動させられるという。魔法の類かとジョニーは聞いたが、それは全て人間が造り上げた技術だと答えられた。
ぱそこん、すまほ、たぶれっと、というものが存在する。
それはいんたーねっとを使うための何かであり、遠くの誰かと連絡を取り合える道具らしい。それの『がめん』なる窓で世界の反対側の国の景色を見る事も出来る、いまその窓からジョニーを見ていると説明された。
はいしん、という行為がある。
いんたーねっとを使って『えいぞう』というものを他の者が見られるようにする事、らしい。今まさにジョニー自身が自覚なく行っている事がそれである、と説明されたが彼にはよく分からなかった。
なげぜに、という行為についてジョニーは前のめりに聞いた。
はいしんを見ている者を『視聴者』というらしいが、その者たちが感謝などの意味を込めて、えいぞうを送っている者に金銭を渡す行為だという。本来なら実物が出現するなどという事はないのだと聞かされた、それゆえに先程コインが出現した事に視聴者たちは驚いたのだ、と。
「むぅ、頭が痛ぇな」
「だが、何となく分かった」
大御所の説明はかなり丁寧だった。別の何かを例として挙げたり、ジョニーが絶対に理解できない『いんたーねっと』や『ぱそこん』などについては『そういうものがある』程度に留めたり。そのおかげで彼はぼんやりと、この状況について理解する事が出来た。
「実に分かりやすかった、授業感謝するぜ、旦那」
≪その言葉、教師冥利に尽きますな。しばらく前に引退しておりますが。≫
「なんだ先生だったのか、道理で教えるのが上手いはずだ。しかしまあ別の世界、異世界か」
ジョニーと『がめん』の向こうの者達、それぞれが住む国や世界について話をしても殆ど同じ物が無い。彼と大御所のやり取りの中で生じた多くの齟齬、それが導くのは『世界そのものが違う』という結論だった。
つい一時間前ならば一笑に付すような話だが、今は多少なりと信じられる。世迷言と切り捨てるには、大御所や他の者たちの話が現実味を帯び過ぎているのだ。それは逆も同じで、視聴者たちもまたジョニーの世界が別世界である事を理解した。
≪異世界、まさか見る事が出来るとは≫
≪信じられん、いやマジでッ≫
≪あ、そうだ、魔法!魔法見てみたいでござる!≫
≪↑それな!
「あぁ?魔法?」
図々しいお願いをされてジョニーは嫌そうな顔をした。
「なんで俺がお前らの要求に従わにゃならんのだ、嫌だね」
≪残念無念……、お見せ下さればなげぜにを差し上げようと思ってたでござるが≫
「よし、俺は心が広い、特別に見せてやろう」
≪手のひらドリル回転ッ≫
≪なんか扱い方が分かった気がするべ≫
好き勝手言う連中の事など気にせず、彼はいそいそと準備を始める。
「そうだな、じゃあこんなのはどうだ」
ボゥッ
≪おおっ、ファイアーッ!≫
上を向けて軽く広げた手のひら、その中心の空中に赤々とした炎が生じた。何の燃料も無くそれは燃え続け、薄暗い洞窟の中を照らしながら揺らめく。
≪それ、攻撃にも使えるですぅ?≫
「おう、当然。まあ魔物にブチ当てるなら、ちゃんとした火炎魔法を使うがな」
≪ほ~≫
≪つまり今燃えてるのはちゃんとした魔法じゃない、と?≫
「ああそうだ。こんなのは生活に使う程度の魔法、薪に火をつける程度の役割だ。誰でも使える、子供が親の手伝いをする時に使うようなモンさ」
手を軽く振ってパッと炎を消す。出すも消すも自由自在、まさに魔法である。
≪そう言えば、さっき魔物って言ったですぅ?≫
≪あ、俺も気になってたッ!どんなのがいるの、
「どんなの、と言われてもなぁ……」
顎に手をやりジョニーは唸る。自分の身近に当然のようにいるモノを改めて説明しろ、と言われても難しいのは当然だ。猫や犬を言葉で、それを知らない相手に教えるのが困難なように。
「あー、そうだな。鼠、は分かるか?」
≪ちゅーちゅー鳴く、あのネズミですぅ?≫
≪改めて考えると案外見た事無いッ≫
≪そだな、動物園以外で会った事ないわ≫
≪拙者はゆめのくにで≫
≪↑やめろっ、消されるぞッ≫
≪このアカウントはBANされました≫
≪↑おかしい奴を亡くした……ッ≫
「……はぁ。知っているという認識で続けるぞ」
ただ一言、知っているとだけ解答すればいいのにそうしない。異世界の住人達はすぐさま道を逸れて明後日の方向へと飛んでいく。制御するのは不可能で成り行きに任せるしかない、ある程度放置して話を進めた方が良いとジョニーは学び始めている。
「大体、この位の大きさの鼠の魔物がいてな」
両手で彼は大きさを示す。それが作った形は小型犬より大きく、中型犬より小さいくらいである。
≪でけぇ!≫
≪ネズミでその大きさ、こちらで近いのは……カピバラでしょうか。≫
≪↑なるほど、想像しやすい分かりやすいですぅ≫
「なんだ、そっちにも似たのがいるのか」
≪ぬぼーっ、としてて暢気そうな癒しの大鼠さんですぅ≫
「うん、全く似てねぇな。こっちのは凶暴も凶暴だ」
異世界の大鼠と自分の世界の魔物、大きさは同じでもまるで違う。ジョニーは窓の向こう側に存在するという、見た事もない癒しの鼠を想像する。己の世界に可愛らしい魔物がいないわけではないが、総じて人間には敵対的なのだ。愛でるなどという行為は、単なる自殺行為である。
「ま、そんな鼠は大した魔物じゃないがな。駆け出しに毛が生えた程度の冒険者が力試しに挑むような奴だ。時々ボッコボコにされて帰って来る、
ジョニーはクククと含み笑う。
噛み傷と打撲を全身に負った若者が組合事務所の端っこで膝を抱えていたの見て、あまりにも情けない姿に同情して飯を奢ってやった事を思い出す。それからしばらく自分の事を兄貴と呼んで、後ろをチョロチョロとついて回ってこられて面倒であったのも良い思い出である。
一端の冒険者になって頑張っている、と先日その若造は組合伝いで手紙を送ってきた。元気にやってるようで何より、とジョニーは酒を一杯呷ったものだ。
≪そーいや、名前は?聞いてなかった≫
「ああ、そうだな。……というかお前が先に名乗れよ」
≪ネットリテラシーから、本名非公開じゃい≫
「ンだと?訳の分からねぇ事言いやがって。俺だけ名を明かすのか?」
≪まー、でも配信って『そういうもの』だろ≫
「訳が分からん」
常識が違うというのは面倒だ、ジョニーは溜め息を吐く。だが『なげぜに』を得るの為の努力の一部として考えるならば、名を明かす程度の事はさして問題ではない。そう考えて、彼は窓に向き直る。
「俺はジョニー、ジョニー・ダルトンだ。歳は三十……二になったか。まあ見ての通り、穴倉やら遺跡やらの
≪なんと現実的ッ≫
≪異世界情緒の欠片も無ぇ≫
≪拙者たちと大して変わらないでござるなぁ≫
「なんだなんだ、自己紹介しろって言っておいて文句言うんじゃねぇよ」
チッと舌打ちしてジョニーは姿勢を元に戻した。わざわざ丁寧に自分の事を説明しただけ損である。
≪でも親近感が湧いたでござる≫
≪それな≫
≪妙に馴染み深さがあると思ったが、そういう事か~≫
そんな彼の不満を余所に、視聴者たちはジョニーの事を好ましく思ったようだ。
≪次ッ、質問よろしいでしょうかッ≫
「どうせこの後は穴倉の中で飯食って寝るだけだからな。退屈しのぎになる、なんでも聞きやがれ」
彼は半分諦め、異世界の住人の問いに答えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます