第一章
第一節 初配信
第1話 冒険者ジョニー
薄暗い洞窟の中。
男は身を屈めて、自分よりも少し低い天井を潜る。少し苔むした地面で足を滑らせないように注意を払いながら、彼は奥へ奥へと進んでいく。彼の横には魔法で生じさせた、火の玉のような灯りがフワフワと浮かんでいる。
「依頼は薬草株だったな」
ポケットに乱暴にねじ込んでいた紙切れを出して再確認する。
特殊な薬品として利用する薬草、それを栽培するための株が欲しいという依頼。ただ単純に薬草を摘んでくるのとは違い、根の保護や採取後に迅速に持ち帰る必要があったりと少々面倒である。
「よっ、と」
木の根を跨ぐ。
「はっ」
底が見えない地割れを飛び越える。
「おっと」
聞こえた物音を敏感に察知して、彼は物陰に身を隠した。
のそのそと紫鱗の
「冒険者、ってんなら戦うのが
小さく呟く。
「俺は堅実的なんでな、無駄な労力や危険は御免だ」
少し自嘲気味に言って、彼は蜥蜴が現れたのとは別の方向へと忍び足で進んでいった。
冒険者ジョニー。
彼は気ままに依頼を受けて日銭を稼ぎ、誰にも何にも縛られずに生きる男なのだ。
「ん、コイツだな」
幾度かの面倒事を避けて辿り着いた洞窟の奥深くの行き止まり。天井の亀裂から差し込む一筋の光に照らされて輝く、百合のような花が咲いていた。
ジョニーはヘタクソな絵とそれを見比べて依頼の物である事を確認し、採取に移る。引っこ抜いては根がダメになってしまう、周りの土ごと掬い上げるように掘り取るのだ。敷いた布にそれを載せ、球を作るように纏めて根を保護する。
「これでよし」
何の問題も無く、スムーズに採取を完了した。今まで多くの、そして多様な依頼を受けてはこなしてきた経験が活きている業である。
「む、日が暮れてきたか」
天井の切れ間から差し込む光が弱く、そしてそこから覗く空が赤く染まり始めているのに気付く。大して時間の掛からない依頼と踏んでいたが、途中の魔物を回避し続けた事で予想外に時を喰っていたようだ。
「無理は禁物だ、今日はここで一泊にするか」
ジョニーはそう言って、背負っていたリュックサックを降ろす。その中から布に包まれた、手のひらサイズの四本の杭を取り出した。親指くらいの太さで鉄製と思われるそれの中程には、白い宝石のような石が埋め込まれている。
歩んできた洞窟の道の地面と天井にそれを打ち込む。ちょうど四角形を作る形で設置された杭は
「さて、火起こしを―――」
≪なんだ?この枠≫
「誰だ!」
突然聞こえた何者かの声に、ジョニーはすぐさま反応して腰のナイフを抜く。だがしかし、彼の周囲には何者の姿も無い。
≪うわッ、うるせぇッ≫
「誰だ、何処にいる」
彼の声に圧力が生じる。ジョニーは冒険者として海千山千、その経験から姿を見せない相手が碌な存在じゃない事を良く知っていた。魔法が得意な不逞の輩の中には、姿を隠す術を持つ者もいる。奇襲もあれば、窃盗もあり得るのだ。
≪ドコって、画面のこっち側ですぅ……?≫
≪そっちこそ何処なんだよ、というか誰≫
「何を言ってやがる、一人、いや二人か」
≪同時接続は……十人ですね、十人います。≫
「十、だと?そんな人数が隠れられるような場所は……」
ジョニーは周囲を警戒する。といってもそれほど大きな空間ではない。岩陰はあるとしても直径十数歩程度の円形、十人も人間が隠れる場所は無く、魔法を使っていたとしても気配で分かる。
『自分達は十人いる』と何の緊張感も無く明らかにする意味がない。そもそも脅迫というには何者かの声に敵意という物が感じられないのだ。
そこまで考えて、ジョニーは気付いた。
「声……いや、声じゃない」
洞窟の中で声を出せば大なり小なり反響する。だというのに、謎の相手のそれはあまりにも綺麗に聞こえてくる。それこそ、頭の中に直接言葉を送られているかのように。
言葉を使わずに他者と意思をやり取りする魔法は存在する。だがしかしそれは、あくまで相手が見える状態という短距離でのみ可能となるもの。姿形が一切見えないこの状況で、それが可能となるとは思えない。
周囲を見回していると、彼は視界の端に見慣れぬ物があるのに気付く。
「っ、なんだ、これは」
半透明で長方形、手のひらを二つ広げたのと同じくらいの大きさの、言い表すならば『窓』だ。過去に見た事もない、そもそも何のためのどんなものなのかも分からない何かが、そこにあった。
「どんな魔法を使っている、答えろ」
≪え、魔法?まほうってあの魔法ですぅ?≫
≪尻から出るって有名なやつでござるな≫
≪↑それはちがう≫
訳の分からない事を言い合う、未だ姿が見えない相手。少なくとも謎の十人が自分に危害を加える気は無いと判断したジョニーは、警戒はそのままにナイフを鞘へと戻した。
「なんなんだ、お前らは」
ドスンと椅子に良さそうな岩に腰掛け、彼は腕を組む。口に出したのは率直な感想である。
≪なんだ、と言われましても≫
≪……人間ですぅ?≫
≪ここだと文字だろ、俺達≫
≪電子の海を優雅に泳ぐ、素敵な王子様たちだよ(はぁと)≫
≪↑漂流してる、の間違いじゃねぇか?≫
「ワケが分からん……」
手を額にやり、ジョニーは溜め息を吐く。
訳が分からないのもそうだが、それ以上に謎の存在達は真面目に対応しているのが馬鹿に思えるような調子なのだ。面倒臭くもなるというものである。
「で、お前らの目的は何だ」
≪楽しいものを見てぇ≫
≪面白いコトを知りたいッ≫
≪みんなでワイワイしたいでござる≫
≪ちくわぶ大権現≫
≪たまになげぜにポイんちょしたいでござる≫
≪知らない事を知りたいですね。≫
≪何か変なヤツいなかったか?≫
「なんなんだ、こいつらは……ん?」
ジョニーは意味不明な連中の言動に頭を抱えながらも、とある言葉を聞き逃さなかった。
「おい、なげゼニーってのはなんだ」
≪おや、なげぜににご興味がおありで。≫
≪まず、お金を用意しますですぅ≫
≪マウスクリック数回します≫
≪お金を剛速球で投げつけるッ(チャリーン)≫
≪↑こいつらの説明では分からんって≫
≪簡単に言うなら、大道芸人とかにお渡しするお捻りみたいなものですね。≫
≪↑それはなんとも今どきじゃない例え≫
≪失敬。私、六十代ですから。≫
≪↑大先輩、こんちゃすッ!≫
「お捻りなら、まあ分かるな」
ようやく自分の理解できる範囲へと降りてきた話。ジョニーは顎に手を当て、ふむ、と一つ頷いた。そしてそれと同時にニヤリと笑う。
「おい。その『なげぜに』だったか、それをやってみろ」
≪わぁ、ド直球な要求ッ≫
≪ここまで清々しいのは久しぶりに見たでござる≫
≪もはや
≪こわいよぉ、たすけてお兄ちゃん≫
「そういうのは良い、さっさとやれ」
≪では私が。≫
ほぼ追剥のような言動に、六十代と答えた大御所が応じる。少しばかり時間を掛けて、彼は少額の『なげぜに』を実行した。
「お」
チャリーン
銅貨一枚。
突然空中に出現したそれは、洞窟の地面へと自由落下して音を響かせた。
「ほうほうほう」
≪どういう技術ですぅ!?≫
≪百円が……ッ≫
出現した銅貨を拾い上げ、ジョニーはしっかりと確かめる。それは彼が良く知る、安酒一杯の対価であった。原理は全く分からないが『なげぜに』なるものを謎の存在達がすると銅貨が出現するとジョニーは理解する。
「良いじゃねぇか、良いじゃねぇか。おい、もっと『なげぜに』しやがれ」
≪こ、今月はお財布が……ッ≫
≪もやし生活になっちゃうですぅ≫
≪もはやカツアゲ≫
「なんだよ。
≪ある意味、妖精か?≫
≪むしろ魔法使いッ≫
≪↑こんにちは三十歳のひと、でござる≫
≪↑↑自己紹介ありがとうですぅ≫
≪↑↑↑そういうお店に、行ってきな(泣)≫
≪しまった、自爆したッ!≫
「なんなんだ、こいつら……」
真面目に会話をしていたと思ったら急にふざけ始めた。調子が狂うのは当然だが、何処か気の置けない友人とのやり取りの様にも感じる。会った、と表現するのが正しいのかは分からないが、この短い時間でジョニーは何となく彼らの事を理解し始めていた。
「ふーむ……。おい、誰か説明しろ。こっちはそっちの事が全く分からん。ああ、冗談や悪ふざけはやめろ、混乱するだけだ」
≪そうですな、では私が。≫
「おう、アンタが一番話が通じそうだ、助かるぜ」
ほぼ唯一まともな大御所の申し出にジョニーは安堵の笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます